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没落伯爵令嬢は家族を養いたい  作者: ミコタにう


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326.その理由

本日1話更新です。

※たいへん非人道的な内容ですのでご注意の上お読みください※

 ヒューバルトさんは、ひとつ深く息を吸い、そして深く吐き出した。

「結論から申し上げますと、ご尊家の収納魔道具は、やはり前の執事であったゴディアス・アップシャーが持ち去っておりました」

 やっぱりそうよね。それ以外、考えられなかったもの。

 うなずいた私に、ヒューバルトさんは続ける。

「ゴディアス・アップシャーはご尊家を辞した後、現在は彼の兄が治めているディーダン領の領主館に戻っておりました。私は彼を訪ね、そして直接話をして、何故彼がご尊家の収納魔道具を無断で持ち去ったのか、その理由をただしてまいりました」


 私の前で、ヒューバルトさんは一度視線を落とし、それからそのアクアマリンの目を上げて私に据えた。

「ゲルトルードお嬢さま、これから私がお話しする内容は、決して気分のいいものではございません。どうかお気を強くお持ちになってください。また、その内容につきましては、いまこの場にいるすべての者が、決して口外することはないとお約束申し上げます」


 なんか……なんか、とんでもない話をされちゃうの……?

 何をどう考えてもまたあのゲス野郎が、何かとんでもないことをやらかしてた、それ以外にはないと思うんだけど。

 いったいどんなことを言われちゃうのか……胸の奥がぎゅっとなっちゃったけど、それでも私は神妙にうなずいた。

「わかりました」


 ヒューバルトさんもうなずき返してくれる。

 そして彼は、腰に下げていたポーチから何かを……同じような感じの手のひらサイズのポーチを取り出した。

 これってまさか……我が家の収納魔道具?

 取り返してきてくれたの?


 思わず身を乗り出しちゃった私に、ヒューバルトさんが静かに口を開く。

「ゴディアス・アップシャーがこの収納魔道具を持ち去ったその理由は、この収納魔道具の中に、彼の『隷属契約書』が収納されているからだそうです」


 一瞬、間が抜けたように、私はぽかんと口を開けそうになった。

 だって、レイゾク契約書……?

 いや、あの、レイゾク……隷属契約書?

 隷属契約書って……隷属契約書って、つまり、ゴディアスはあのゲス野郎の奴隷にされてた、ってこと……!


 サーッと、本当に文字通りサーッと私の体から血の気が引いた。

 だって授業で聞いたことがある。

 人を強制的に奴隷にしてしまえる、つまりあるじとして契約した相手の命令に従わなければ、なんらかの身体的な懲罰が自動的に発動する、そういう禁止魔法があるって。


 かつては戦争の捕虜にその隷属契約を結ばせることで、絶対的に服従させ使役してたんだとか。さらには隷属契約を結ばされた捕虜が、契約の解除も破棄もされずに自国へ送り返されて、自国の指導者の暗殺を実行させられた例もあるんだとか。

 あまりにも恐ろしい話だったから、なんだかひどく印象に残ってて……いまでは我が国だけではなくこの大陸のほとんどの国で禁止されている、禁忌の魔術式契約だって……。


 でも、まさか、そんな……いや、でも、だから……だから、ゴディアスはあんなに嫌がってたのに、我が家を辞めることができなかったんだ……!

 私の中で、その事実がつながっていく。

 だからゴディアスはあんなにいつもいつも、ものすっごく嫌そうな顔で、やりたくもないことをやってるんだって態度を隠そうともせずに周りに当たり散らして……どんなに辞めたくても辞められなかったんだ、あのゲス野郎の奴隷にされてしまっていたから。


 それはもう、間違いなく、あのゲス野郎がゴディアスを騙してサインさせたんだわ。ゴディアスは罠に嵌められたっていう状態だったんだと思う。

 なんてこと……!

 まさかあのゴディアスにそんな事情があったなんて……役立たずの恰好だけの執事だとか、私もかなりひどいことを思ってたけど、ごめん、本当にごめん! 謝って済むことじゃないのはわかってる、でも……でも、本当にごめんなさい!


 まったくあのゲス野郎は……本当に、本ッ当にゲスの極みのクズのカスだわ。どうしようもないゲスのクズだと思ってたけど、まさかここまで……。

 本当になんでそんな恐ろしいことができるの?

 人の人生を勝手に踏みにじってるってことだよ? ゴディアスの人生をめちゃくちゃにしちゃったってことだよ!


 当然あのゲス野郎は、ゴディアスにお給料なんかびた一文払ってないでしょ。自分が命じたことは、それがどんなに汚いみじめなことであろうが絶対に拒否されることはないし、そもそもゴディアスが自分に逆らうことは絶対にないってわかってるから、やりたい放題にしてたはず。

 あんなゲス野郎の罠に嵌められちゃって、一生そこから逃げられない状態にされちゃって……絶望しないほうがおかしい。きっと、隷属契約について口にすることも、自分の命を断つことも禁じられてたんだわ。だからもうゴディアスは、あのゲス野郎の言いなりになるしかなくて……そんな状態で何年も、我が家で働かされていたなんて……!


 本当になんということをしでかしてくれたんだろう、あのゲス野郎は。犯罪行為で他人を奴隷にして縛りつけ、自分の思い通りにして踏みにじり続けてたんだよ。

 これってもう、隣接領地とのお取引を一方的に止めちゃったとか、領内の森に現れる魔物を放置してたとかっていうのとはまったく別次元の、絶対にやってはいけないことじゃないの!


 どうすれば……どうすれば、つぐなえる?

 いまさら何を、ってゴディアスは思うだろうけど……それでもこれはあまりにもひどい。ひどすぎる。文字通り非道の行為だもの。明らかな犯罪なんだもの。

 私は血の気の引いた顔をうつむけ、本気で頭を抱えてしまう。


 本当に、本ッ当に、あのゲス野郎が死んでくれてよかった。

 あのゲス野郎が死んでくれて、ゴディアスはどれほど安堵しただろう。これで自分は自由になれる、って……。

 あれ?

 でも、それじゃあなんで、ゴディアスは収納魔道具を……隷属契約書が収納されている収納魔道具を持ち去ったの? 契約者が死んで契約そのものが無効になったのであれば、隷属契約書を収納魔道具ごと持ち去る必要なんてないよね?

 むしろ、私にその隷属契約書を取り出させて、俺はこんなひどいことをされてたんだ、いったいどうしてくれるんだ、って詰め寄ってくるはずじゃない?

 もしかして……主として契約した者が亡くなっても、契約そのものは無効にならないの……?


 またもや私の体からサーッと血の気が引いた。

 もしかして本当に、契約者が死んでもなお、生前に出した命令は生きている、なんてことは……だからゴディアスは契約書を収納魔道具ごと持ち去った……?

 えっ、あの、どうすれば……何をどうすれば、その隷属契約って破棄できるの?

 っていうか本当に、ゴディアスの隷属契約書はいまも効力を持ってるの?


 私は頭を抱えていた両手を外し、顔を上げた。

 目の前のヒューバルトさんは、私が『隷属契約書』の意味とその内容を理解するのを、静かに待ってくれていた。

 もう間違いなく、私は真っ青な顔になっていたと思う。

 それでも、ぎゅっと一度奥歯を噛みしめ、私は口を開いた。


「ヒューバルトさん、その隷属契約というのは……契約者が死亡しても、効力を失わないものなのですか?」

 私は喉を鳴らす。「そうでなければ、ゴディアスがわざわざ収納魔道具ごと、隷属契約書を持ち去った理由がわかりません」

 ヒューバルトさんが静かに答える。

「ゴディアスの隷属契約は、現時点では無効になっています」

「じゃあ、なぜ……?」


 なんでゴディアスは、無効になった隷属契約書をわざわざ持ち去ったの?

 だって収納魔道具そのものは、彼には使えないんだよね? 血族契約魔術が施してあるから……現時点で我が家の収納魔道具を使えるのは、私とアデルリーナだけのはず。


 ヒューバルトさんはまた一度視線を落とし、それから再びそのアクアマリンの目を私に向けて口を開いてくれた。

「そもそも奴隷というものは、財産だと考えられていたのです」

 何を言い出したんだろう?

 いぶかってしまった私に、ヒューバルトさんは続ける。

「財産なのですから、代々その一族に所有されるものだと、そう考えられていたのです。そのため隷属契約書には、血族契約魔術も同時に施されているのです」


 隷属契約書に血族契約魔術も施されてるって……?

 その意味を私が吞み込める前に、ヒューバルトさんが言った。

「つまり、ゴディアスの隷属契約は更新が可能なのです。契約者であった先代クルゼライヒ伯爵のご息女である、ゲルトルードお嬢さまによって」


 ドンっと胸を……何か硬いもので突かれたような衝撃が、私を襲った。

 だからゴディアスは……私がゴディアスを自分の奴隷にするかもしれないと思って……。

 私がそんなことをするわけがないじゃない!

 と……叫びたくなると同時に、私はゴディアスにまったく信用してもらえていなかったんだ、という苦い思いが込み上げてくる。


 ヒューバルトさんはそのまま、淡々と説明を続けてくれた。

「隷属契約書の場合、契約者の個人名が記載されていますから、血族契約魔術が施されていても自動的に更新されるわけではありません。けれど、契約者の直系の子女であるゲルトルードお嬢さまは、その契約者名をご自分のお名前に書き替えることができるのです。アデルリーナお嬢さまも、魔力が発現されれば書き換えが可能になります」

 そこでひとつ、ヒューバルトさんは息を吐く。「また、隷属契約書が現存している状態で隷属者であるゴディアスが死亡した場合、契約者は彼の直系の二親等以内の親族または同母のきょうだいをゴディアスに替えて隷属させることが可能です。その場合は、隷属者本人の署名も必要ありません。契約者が隷属者の名前を、該当者に書き換えるだけで契約が成立します」


 なん、なんなの……なんなの、それ?

 そんなことができてしまうなら……あのゲス野郎が死んでも、それで終わりじゃなくて……。

 私の胸ひとつで、ゴディアスは一生奴隷として縛られてしまうだけじゃなく、自分が死んだ後まで自分の家族にその重荷を背負わせてしまう、ってこと? それも、本人は何も知らないうちに、勝手に一方的に隷属させられてしまうだなんて……。


 あまりのことに、私はなんだかもう頭が上手く働かなくなってきた。

 だってこんなこと、絶対に許されていいはずがないじゃない。あきらかにおかしいよ、人をモノとして……財産として、その家族まで奴隷として縛りつけるなんて……そんなこと、絶対にあっていいはずがないじゃない……!


1巻書き下ろしSS『理解できないご令嬢』の内容回収回でした。

続きは明日更新します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 国に禁止されてるならクズが死んで契約が無効になってる時に袋奪って即司法に訴え出れば良かったのでは。 もし契約した経緯に何か隠さないといけない自身の罪があったとしても、相手が死んでる以上…
[気になる点] どっかの侯爵家も嫡男のやらかしで降爵され、さらに余罪ポロポロでお取り潰しまでもってかれそうになってるのを考えると… 主人公の亡き父親がやらかした事とはいえかなりのモノで話が進むにつれて…
[一言] 当人同士で終わらない契約書はヤバすぎる。 というか、強制的に従わせる上、条件付きで同意なしで他人に移すことも可能とか。 そりゃ禁止されるわ。 そういや、奴隷は財産扱いってことは、ゲルトルー…
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