325.次はアレかな?
本日1話更新です。
今週末は連続で更新できそうです。
なんかもう私の頭の中は、ポテチとフライドポテトでいっぱいになっちゃった。
いや、もちろん唐揚げも試作したいけど……コロッケならいけるかも。パン粉、確かまだあったよね? お芋ばっかりになっちゃうから、かぼちゃコロッケでもいいかな。ありあわせのお野菜で天ぷらを揚げてもいいし。玉ねぎと人参でかき揚げにするだけで美味しいもん。それにもちろん、キャラメルだって作っちゃえるよね。
そうだわ、明日はとりあえずお昼までたっぷり寝坊して、それからマルゴたちと一緒にお料理をしよう。帰ったらマルゴと相談して何を作るのかを決めて……うーん、キャラメルは冷まして固めるのに時間がかかるから、最初にキャラメルを作っちゃうかな。それからポテチかフライドポテトを揚げられれば……。
すっかり気分は明日のお楽しみになっちゃってたんだけど、それでも私は頑張ってそのウキウキ気分を顔に出さないように気をつけた。だって公爵さまが眉間にがっつりシワ寄せて、しかもすっかりへの字の口でむくれちゃってるんだもん。
だからー、ちゃんと試作したら公爵邸へ持ってってあげますってば。
レオさまやメルさまには貴族のルール上お届けできないんだよ、学院に通いながらオールスター試食会なんてムリなんだし、公爵さまにだけ持ってってあげるんだからそれで我慢してよー。
もうホンットに大急ぎでこの商会店舗の厨房を調えてもらって、公爵さまにこっそりお料理をさせてあげないと、だわ。でなきゃ、いつまでたっても我が家の厨房が狙われちゃうの、間違いナシなんだもんな。
そりゃ公爵邸の、公爵さま専用の厨房が使えるのならいいんだけど……でもテッドさんだっけ、公爵さま専属の料理人さんは公爵さまがアレなことを知らないって話だし。
それに私はいままで一度も、あの『身内』以外の人と公爵邸の中で会ったことがないけど、たぶんそれなりの人数の使用人がいると思うんだ。それも、公爵さまに対していい感情を持ってない使用人たちが。そういう人たちに、公爵さまが自ら厨房に入って何かしてた、なんて知られちゃうのは絶対マズイよね。
公爵さまのそういう事情を考えると、ホントになんとかしてあげたいっていう気持ちは、私にもちゃんとあるのよ。
ああ、そうか……私もこういうの、事前にしっかりお話ししておいたほうがいいのかも。
今度公爵邸へ行って、公爵さまのあの居間に迎えてもらったら、そういう話をしてみよう。それでもう、我が家の厨房に突撃するのはやめてくださいって、正直に言ってみよう。
公爵さま本人にとっては不本意だったかもしれないけど、でもアレなことまで私にバラしてくれちゃったんだし、私もここは腹を割って率直にお話しすべきだよね。
公爵さまって中身がアレだろうが本当に本物の公爵さまなんだから、そんな人が我が家の厨房に居たら私もめちゃくちゃ気を遣うし、我が家の使用人もみんな緊張しまくっちゃって大変なんだってば。公爵さまだって、お料理に浮かれちゃって、うっかり素を出しちゃったりなんかしちゃったらめちゃくちゃマズいでしょ?
などと私が考え込んでいる間に、今日の話はまとまったようです。
「ではエグムンド、本日の其方の用件は以上でいいだろうか?」
「はい、閣下。私がお伝えすることは以上でございます」
「ゲルトルード嬢、きみの用件はどうなのだ?」
公爵さまに問われて、私はちらっと、日本の食パンみたいな四角いパンが焼ける角型の焼き型をお願いしようかと思っちゃったんだけど……とにかくいまは精霊ちゃんのアタッチメントを優先してもらいたいし、角型はまた今度でいいかと思った。どうせなら、サンドイッチ用のパン切りガイドも一緒にお願いしたいし。
だから私は笑顔で答えた。
「そうですね。本日わたくしのほうからお願いすることもお話ししましたので」
いやもう、揚げ物道具セットに口金だもんね。おまけにひまわり油も大量にもらっちゃったし。ええもちろん、油もがっつりいただいて帰りますわよ。ホントにほっくほくよ。
エグムンドさんも笑顔で答えてくれちゃう。
「はい、調理用魔道具の部品の製作と、それにゲルトルードお嬢さまにお使いいただく商会紋の腕輪の製作でございますね。それからトゥーラン茶のお取り寄せ。トゥーラン茶は、当商会で商品としてお取り扱いできるかも確認いたします」
「よろしくお願いしますね、エグムンドさん」
「本日はいくつかの契約を無事に済ませることができて、非常によかった」
公爵さまが言い出してくれて、私もうなずいちゃう。
「はい、公爵さまには感謝申し上げます。エグムンドさんも、本当にいろいろとありがとう。これからもよろしくお願いしますね」
「もちろんでございます、ゲルトルードお嬢さま」
はー、今日はホントに実り多い1日だったんじゃない?
学院の算術選抜クラスでもいい感じに話を持っていけたし、大型契約も無事締結、それに私の財産を守る方法についてもちゃんと手を打ってもらえた。
それは確かに、いろいろと考えさせられちゃうこともあったけどね……ホンットに領主ってそんなレベルの連中がふんぞりかえってるのかよ、って感じだわ。
ああもう、我が家の領地の家令が訪ねてきたら、本当にじっくりいろいろと相談しなきゃ、だわねえ……。
と、私はそこで視線を感じて……ヒューバルトさん!
そうだよ、ヒューバルトさんだよ!
うわー、どうだったんだろう、我が家の収納魔道具を取り返してきてくれたんだろうか?
これで我が家の収納魔道具が戻ってきたのだとしたら、本当に万々歳なんだけど!
私と視線が合ったところでヒューバルトさんがにこっと笑い、なんかそれを合図にしたかのようにアーティバルトさんが公爵さまに耳打ちした。
「うむ、そうか……」
公爵さまはうなずいて、それから私に言ってきた。
「ゲルトルード嬢、申し訳ないが本日もこれから我が家に立ち寄ってもらえるだろうか。少々相談したいことができた」
へっ? 相談したいことって、ナニ?
と、一瞬思った私の前で、公爵さまの視線がちらっとヒューバルトさんに流れた。
なんか……なんかわかんないけど、ヒューバルトさん絡み……ってことは、我が家の収納魔道具の話だよね?
そういうことなら……と私は笑顔でお答えした。
「かしこまりました。それではこれから、公爵邸におじゃまさせていただきます」
うーん、今日も帰りが遅くなっちゃうよ。だけど我が家の収納魔道具に関することなら、ここは素直に公爵さまに従っておかないと。
でも、ホントになんなんだろう?
ヒューバルトさん、もしかして収納魔道具奪還に失敗しちゃった?
とりあえず、いまこの場で話すことができない内容のようなので、私は公爵さまに続いて席を立った。
エグムンドさん以下、クラウスとエーリッヒも一緒に玄関まで見送りに出てくれた。
私はゲオルグさんが御者をしてくれる馬車に、ナリッサと一緒に乗り込む。スヴェイは後ろの立ち台だ。公爵さまも自分の馬車にアーティバルトさんと、それにヒューバルトさんも一緒に乗り込んだ。
2台の馬車は、そのまま公爵邸へと向かった。
公爵邸に到着すると、いつものようにトラヴィスさんとマルレーネさんが出迎えてくれる。
ひとしきり歓迎してもらってから、マルレーネさんが公爵さまに言っちゃうんだ。
「もちろんゲルトルードお嬢さまがお越しくださるのは嬉しいです。けれど坊ちゃま、何かお急ぎのご用件がお有りなのでしょうか? そうでなければ、さすがにこれほど連日ゲルトルードお嬢さまをお迎えしてしまうのは……」
「急ぎの用件があるのだ」
眉間に思いっきりシワを寄せちゃった公爵さまに、マルレーネさんが眉を上げる。
そんでもって、公爵さまの後ろに控えているヒューバルトさんの姿に、マルレーネさんだけでなくトラヴィスさんも何かを察したようだ。
「さようでございましたか。それでは、ゲルトルードお嬢さまを居間へご案内いたしましょう」
ここでまた、スヴェイだけ取り残されちゃう恰好になっちゃうのよね。
スヴェイはにこやかに私たちを見送ってくれたけど……ホントにごめん。
そりゃもう、公爵さまの近侍の弟とはいえ商会員でしかないヒューバルトさんも公爵邸の居間に入れるのに、私の近侍的な立場であるスヴェイが私に付き従えないって問題だよねえ。
うーん、コレについては、やっぱ公爵さまと相談して、スヴェイには口外法度の魔術式契約を結んでもらうようにすべきかも。
ただ、公爵さまとしてはどうしても、自分の秘密を知る人間は少ないほうがいいに決まってるからね……難しいなあ……。
その公爵さま、今日はご自分の居間で腰を下ろしても、なんかずっと眉間にぎゅっとシワを寄せたまま難しい顔をしてる。
ふだんならここで、とりあえずお茶にしましょうか、くらいの台詞が出てきてもいいんだけどな……今日も私がおやつを持ってないわけがないって、公爵さまはそう思ってるはずだし。実際、私はおやつを持ってるし。
そう思いながらも、私も席に腰を下ろした。
そして今日は、いつものメンバーに加えてヒューバルトさんがいる。
しかも、そのヒューバルトさんだけじゃなく、その場のみなさん全員になんとなく微妙な緊張感が漂ってるのよね。
ええもう、なんだろう?
こういうのって、ズバッと訊いちゃったほうがいいよね?
「ではあの、まず、ヒューバルトさんの用件からお話しいただくのがいいでしょうか?」
思い切って私がそう言うと、ヒューバルトさんが……いつものあのうさんくさい笑顔じゃなく、なんかこうすごく無理してるような笑顔で答えた。
「はい、では……私の用件からお話しさせていただきます」
そう言ってヒューバルトさんは姿勢をただし、妙に改まった口調で言い出したんだ。
「ご尊家の……クルゼライヒ伯爵家ご所有の収納魔道具について、現在のご当主でいらっしゃいますゲルトルードお嬢さまに申し上げることがございます」





