312.ご配慮お願いします
本日1話だけの更新になります。
後半ちょっとしんどい内容なのでご注意ください。
どうやら本気で褒められ慣れてないっぽい公爵さまを、あんまりいじっちゃうのは申し訳ないかなと、私はちらっとは思ったんだけどね。
でもマルレーネさんは大喜びしちゃったの。
「まあまあ、坊ちゃま、そのように他領のみなさまに感謝していただけるほど、しっかり討伐をなさっていたなんて!」
「マルレーネさんはご存じなかったのですか?」
私の問いかけに、マルレーネさんはちょっと不満そうに答えてくれちゃった。
「坊ちゃまは、そういうことはちっとも話してくださらないのですよ」
「べ、別に当たり前のことをしているだけよ。取り立てて話すようなことではないでしょ」
おおお、公爵さまってば照れてます。
「でもその当たり前のことを、当たり前にしていない討伐部隊が多いのではないですか?」
つい私は言っちゃった。「先ほどのあの侯爵家のクズ、いえ子息の場合は別にしても、バルナバスさまやエルンストさまのお話からは、討伐に来ていただいた方がたをご領主がおもてなしすることが前提になっているように感じましたよ」
「そ、それは、まあ……」
また挙動不審になって公爵さまは言葉に詰まっちゃったんだけど、それでも言ってきた。
「わたくしの場合は、他家で飲食をしないことが知られているわけだし……」
「それでも、討伐部隊のみなさんを労うために、討伐後にはいわば宴会を、公爵さまが自費でご提供されているわけでしょう? それによって討伐先のご領地もうるおうというお計らいなど、なかなかできることではないと、わたくしは思います」
うーん、公爵さまってばさらに挙動不審になってます。
「本当にね」
アーティバルトさんもにやにやしながら言ってきた。「だからフィーの討伐部隊は、兵卒たちにはすごく人気があるんだよ。軍のちょっと上のほうの連中は……要するに上位貴族家出身の士官たちだけどね、ずっと野営でずっと持参した食事しかないってことにすぐ文句を言うんだけど」
「でも、今後あの布を使って食事や天幕などの改善が進めば、討伐部隊のみなさんの野営ももっと楽になられるのではないですか?」
「それは俺も、フィーもすごく期待してる」
ええもう、精霊ちゃんには頑張ってもらいましょう!
って、今日もこんなに遅くなっちゃったから、これから商会店舗に寄って帰るのはちょっと難しそうよねえ……マルゴが選んだパウンドケーキの角型の追加依頼もあるけど、精霊ちゃんにお願いしているハンドブレンダーのアタッチメントも、できるだけ早くエグムンドさんに依頼したいんだけどな。
そのことを公爵さまに話すと、公爵さまも今日はもう商会店舗には寄らずに帰宅したほうがいいと言われた。
「さすがにこうも毎日、まだ学生のお嬢さんをこんなに遅くまでお預かりしているのは、貴女のお母さまに申し訳ないわ」
「いえ、それもこれも、わたくしがいろいろとご相談させていただいているからですし」
ホンットに昨日も今日も、基本的にあのゲス野郎の後始末についてのご相談だからねえ。
「それはいいのよ。わたくしはルーディちゃんの後見人ですからね」
そう言ってくださった公爵さまは思案する。「そうね、もし可能であれば明日の放課後、一緒に店舗へ行きましょうか。国軍と魔法省との契約についても、そろそろ正式に文書を交わす必要があるし」
「そうですね、そうしていただければ……」
答えながら私は、また変なフラグが立ってしまわないことを祈っちゃったわよ。
「それに明日の放課後が難しければ、明後日は学院もお休みでしょう? お休みの日に商会店舗へ行くのでも……」
公爵さまがそう言いかけたんだけど、マルレーネさんがぴしゃりと言ってくれちゃった。
「坊ちゃま、お休みの日くらいはゲルトルードお嬢さまにゆっくりさせておあげなさいませ。ゲルトルードお嬢さまは、朝から学院へ通われているのですよ? その後、こうして毎日ご相談ごとのためにお時間を費やしておられるのですから」
はい、お休みの日はお家でゆっくりしたいです。
ありがとう、マルレーネさん。キャラメル作ったらお持ちしますね。
と、私が内心思っていたら、マルレーネさんはさらに言ってくれる。
「それに先ほどの、ご自身の固有魔力に関してゲルトルードお嬢さまがお母さまとお話しになるさいには、ご必要であれば坊ちゃまよりむしろ、レオポルディーネお嬢さまにお立合いいただいたほうがいいのではございませんか? 固有魔力は母方、つまり女性側から継がれることがほとんどなのですから」
マルレーネさんの言葉に、公爵さまも『あー』という表情になった。
「そうね……そうかもしれないわ。そもそもレオお姉さまは、コーデリア夫人とあれほど仲が良くていらっしゃるのだし……」
確かにそうだわ。お母さまもどうやら自分の固有魔力についてよくわかってない感じだし、同じ女性でなおかつ仲良しのレオさまのほうがいろいろ相談も質問もしやすいと思う。
私は、正直にお願いすることにした。
「それにつきましては、まず母と少し話をしてみます。母はおそらく、学生時代から気心が知れているレオさまにお立合いというか、ご相談させていただきたいと望むのではないかと思います。その場合は、レオさまにお願いできますでしょうか? お気遣いいただいた公爵さまには、まことに申し訳ないのですが……」
「それは気にしなくていいわよ」
公爵さまがすぐ答えてくれる。「貴女のお母さまのお気持ちがいちばん大事ですからね」
「ありがとうございます」
ホントにこの公爵さまは、こういうところがありがたいのよね。自分を押し付けてこず、いつもこちらの事情に配慮してくださる。特にこういう地位の高い男性の場合、なかなかできることじゃないと思うわ。
だからもう、やっぱり私は正直に言っちゃう。
「ただ、その母と少し話す、ということも、しばらくお時間をいただいていいでしょうか? 母には、その、まずは領地の魔物討伐に関して報告する必要がありますし……その上、わたくしの固有魔力に関して、前当主が国へ申告していなかったという話をするのは、母にとって少々心の負担が大きいのではと思うのです」
だって、お母さまは絶対、自分を責めちゃうと思うのよ。
子どもの固有魔力についての国への申告って、親の義務であり責任だもんね。自分はその義務も責任も果たせなかったって……果たせるような状況ではまったくなかったことも、お母さまだってもう頭では十分わかってるはずなんだけど、それでもやっぱり自分を責めずにいられなくなっちゃうだろうから。
「わかったわ」
公爵さまはやっぱりすぐうなずいてくれる。「ルーディちゃんがいい時期を見計らって話してくれればそれでいいから。レオお姉さまにも伝えておくわ。それに、国への申告についても後見人であるわたくしのほうで準備しておきます」
「ありがとうございます、公爵さま。本当に感謝いたします」
あーよかった、ホンットに助かります。
私はホッと息を吐きそうになっちゃったんだけど、そこでマルレーネさんがぽつりと言ったのよね。
「それほどまでに、コーデリアさまは深く傷ついておられるのですね……」
うーんどうしようかな、と一瞬迷ったんだけど……私はやっぱりこれについても正直に伝えておくことにした。だって今後も、私はこの場のメンバーにぶっちゃけた話をいっぱいしていくことになると思うからね。これについてはちゃんと理解していてほしいもの。
なにより、理解してもらえればちゃんと配慮してくださる人たちだから。
「前当主が自分の妻を、つまりわたくしの母を籠の鳥にしていたことは、みなさまご存じだと思いますが」
私の言葉に、マルレーネさんもトラヴィスさんもうなずいてくれた。
うなずき返して、私は続ける。
「母は本当にずっと、ただの飾りとしか扱われてこなかったのです。というか、母をただの飾りでいさせるために、前当主は母という人間を徹底的に否定していたはずだと、わたくしは思っています。自分が所有する飾りに傷をつけたくないから実際に手を上げることはなくても、言葉の暴力で母を貶め続けていたはずです。それこそ、お前は役立たずの能無しだ、お前になんかできることは何もない、お前はただその見た目さえあればいいんだ、お前の意見や考えなどなんの価値もない、くらいのことは、母に直接言い続けていたはずです」
その場の誰もが、ぎょっとした顔で私を見てる。
ええ、でも絶対あのゲス野郎はそういう暴言をお母さまに浴びせかけ続けてたはずなの。だってDVをする奴の常套手段だもん。家庭という本当に小さなカゴの中に閉じ込め、自分の優位性をとことん植え付けるために相手を否定しまくるっていうのは。
相手の思考も感情も徹底的に否定し、人としての尊厳を踏みにじりまくる。そうすることで、お前は単なる所有物だ、お前は何もかもすべてこっちの思う通りにならなければいけないんだ、というウソを徹底的にたたき込む。
そんなことを毎日毎日やられちゃうとね、人はもう自分で立ち上がれなくなっちゃうんだよ。DV被害者の人たちが自分から逃げ出すこともできなくなるのって、そういうことなの。
そんな状況の中でお母さまは、私やリーナを守るために戦ってくれたんだよ。それがどれほどすごいことなのか。
「毎日毎日そうやって、自分という人間を否定され続け、実際に周りも自分をモノとしか扱ってくれない。そんなことを何年も何年もされ続けていたら、どれだけ強い心を持った人であっても、間違いなく心の均衡が崩れます。それでも母は、ギリギリの状態で踏みとどまって、わたくしや妹を守り続けてくれたのです。母が守ってくれていなければ、わたくしはいま生きてここにいることはできませんでした」
私はきっぱりと言う。「母は長年、前当主に自分という人間を踏みにじられ続け、いまも苦しみ続けています。わたくしはもうこれ以上、母にはどんな負担もかけたくないのです」
ごめんなさい、当事者がここまで言っちゃったら、誰もなんにも言えなくなっちゃいますよね。
ホントにみなさん、シーンとしちゃった。
だけど、公爵さまがためらいながら……本当にためらいながら、訊いてきた。
「ルーディちゃん、貴女がそう思う……貴女のお母さまが、前当主からそのようなことを言われていたはずだと思っていると、言えてしまうということは……貴女も、同じようなことを言われていた、ということなのかしら?」
「はい」
これまたごめんなさい。即答です。
「わたくしも、さんざん言われました。実際にわたくしを廃嫡して妹に跡を継がせると公言していたくらいですから、わたくしのことを徹底的に否定し、さんざん暴言を浴びせかけてきました」
うーん、さらにごめんなさい、だわね。
こういう話って、聞かされちゃってる人は本当にどう反応していいかわからないと思う。ドメスティックバイオレンスに虐待だもんね。どう転んでも、絶対楽しい話にはならないもの。
そんでもこういう話をしちゃったんだから、最後まで言わせてもらいます。
「けれどわたくしの心も、母が守ってくれました。母が守ってくれたのは、身体的なことだけではないのです。母はいつも笑顔でわたくしを抱きしめ、どんなささいなことでも褒めてくれました。わたくしが何を言っても、何をしても、母は決して否定しませんでした。わたくしの前で、母は自分の不幸を嘆くようなこともいっさいしませんでした。母に会える時間は限られていましたが、常に母の愛情に包まれていたからこそ、わたくしは無事に育つことができたのです。母にはどれほど感謝しても感謝しきれません。だから今度は、わたくしが母を守る番なのです」





