305.ゲットだよ!
本日1話更新です。
「……失礼しました。女子生徒がいらっしゃるというのに、このようなお話をしてしまって」
ぎょっとしちゃってる私と、それにドロテアちゃんに向かって、エルンスト先輩は頭を下げてくれた。
「いえ、どうかお気になさらず」
すぐにドロテアちゃんが答える。「けれど、お聞きするだにひどいお話です。そのような状況であったことは、国軍に陳情なさったのでしょうか?」
「……父も兄も、さんざん迷ったのですが……陳情しませんでした」
「それは何故?」
苦々し気に答えたエルンスト先輩に、すぐさまバルナバス先輩が問いかける。
「いくら討伐遠征に来ていただいたといっても、それではあまりにもあまりではないか」
「魔物を一部討ち漏らした、と言っただろう。討伐対象は魔狼の群れだったんだが」
エルンスト先輩が歯噛みしながら答える。「まず魔物の討ち漏らしがあったことを陳情すれば、おそらく再度討伐部隊を送ってもらえたと思う。けれどそのとき、あの下品な連中が、それは申し訳なかった、ぜひ責任をとりたい、などと心にもないことを言って再び遠征してくるのでは、と」
うわー……それは、あり得そうだよね……。
ああいうゲスでクズな連中って、そういうところだけ変に知恵が回るから。
「それこそ、口先はどうあれ、よくも自分に恥をかかせてくれたなとばかりに、さらにひどいふるまいをされてしまう可能性が高い。そんなことをされてしまったら、我が領は冗談ではなく本当に冬を越せない状態になるかもしれなかったんだ」
がっくりと肩を落とすエルンスト先輩に、その場の誰もが口をつぐんでしまった。
いやもう、あまりにも場の空気が重くなりすぎて、エルンスト先輩はなんだか情けない顔で笑ってくれちゃった。
「まったく、魔物討伐依頼を出して、いったいどなたが遠征してくださるのかふたを開けてみなければわからないというのは、だな。討伐に来てくださるかたを指名することはできないし」
ナニソレ、要するにガチャなんだ? それじゃ本当にやりきれないよ……。
でも、マジでその、討伐遠征を名目にしてヨソの領地を荒らすだけ荒らしていったっていうソイツが、あのDV確実クズ野郎だったとしたら?
「あ、あの、エルンストさま?」
私は思い切って訊いてみた。
「その、婚約者に逃げられたという、しかも侯爵家の跡取りだといわれるご令息というのは……ご領地名が『ブ』で始まり、ご家名が『ヘ』で始まるかたではありませんか?」
眉を上げたエルンスト先輩が、盛大に苦笑した。
「いや、ゲルトルード嬢、さすがにそれを明言するわけにはいきませんよ」
否定しない、ってことは、当たりだと思って間違いなさそうだよね?
私は思いっきり笑顔で言っちゃった。
「もしそのご令息が、ご領地名が『ブ』で始まりご家名が『ヘ』、さらにご本人のお名前が『ド』で始まるかたでいらっしゃるのであれば、ぜひわたくしに貴領の陳情書を預からせていただけないでしょうか?」
えっ、とばかりに、エルンスト先輩の目が見開いた。
私はさらに笑顔で言っちゃうからね。
「陳情書をわたくしに預けていただければ、わたくしからわたくしの後見人であるエクシュタイン公爵さまにお届けします。そうすれば、公爵さまは貴領の陳情書を、間違いなく国王陛下に直接、届けてくださいます」
「いや、まさか、そのような……」
なんかもう茫然としちゃってるエルンスト先輩に、私は畳みかけちゃう。
「エクシュタイン公爵さまが国王陛下の義理の弟君にあたられること、つまり王妃殿下の実弟でいらっしゃることはご存じですよね? なにより、エクシュタイン公爵さまはご自分の責務をきちんと果たされるかたです。ご自分と同じように討伐遠征に赴かれた他家のかたがそのような無体を働いているなどと、決して見過ごされるようなことはありません」
まだちょっと詳細は話せないから、ここはもう思いっきり公爵さまを持ち上げちゃおう。でも、バルナバス先輩のお話を聞いた後だから、説得力はかなりあると思う。
「そもそも、それぞれのご領地が、同じように魔物の討伐依頼を国軍にお出しになられたというのに、遠征に来られたかたによってそれほどまで違いがあるというのは、あまりにも不公平ではありませんか。エクシュタイン公爵さまはたいへん公平なかたですし、それに義兄でいらっしゃいます国王陛下もたいへん公平なかただと、わたくし日ごろ公爵さまからおうかがいしておりますので」
ハンバーガーいっぱい欲しいって無茶ぶりはされちゃうけどね!
「まさか、本当に……?」
茫然としていたエルンスト先輩の顔に赤みがさしてきた。
「本当に、お願いできるのでしょうか、ゲルトルード嬢?」
「おまかせください」
もう思いっきり、胸を張っちゃったよ、私は。
その私を見返すエルンスト先輩の青い目が、ぎゅっと一度閉じられ、そして開かれた。
「お願いいたします、ゲルトルード嬢。領地の父と兄に大至急陳情書を私に送るよう、連絡をいたします」
「はい、お急ぎくださいませ。こういうことは迅速に、周囲に知られてしまう前に、行うべきだと存じますので」
最後のほうは声を落として言っちゃった私に、エルンスト先輩が力強くうなずいた。
「ありがとうございます。大至急手配いたします」
そしてエルンスト先輩は、その場のみんなに頭を下げる。
「そういうことで、私は大至急行うべき事案ができました。本日はこのまま失礼させていただきます。申し訳ありませんが、ファーレンドルフ先生によろしくお伝え願います」
「ああ、しっかりその事案に対応してこいよ!」
「ファーレンドルフ先生が来られたら、ちゃんと伝えておく!」
身をひるがえして教室を出ていくエルンスト先輩に、バルナバス先輩やほかの先輩たちもエールを送った。
よっしゃ、あのDV確実クズ野郎の『余罪』ゲットだよ!
なんかホンットに、ああいう輩はつつけばいくらでも『余罪』なんて出てきそうだよね。エルンスト先輩からの陳情書をもとに、ほかにも討伐遠征に行った領地を調査すれば、当然同じようなことをしてきてるに決まってるし。
やっぱ、ああいう自分の地位を振りかざして暴力さえふるえば誰でも自分の思い通りにできる、なんて思ってるような輩を、権力の座に就かせていちゃダメだよ。
だいたい、領主のくせに領地の収支すらまともに計算してないなんて連中がいっぱいいるって、ホンットにどうなのよ。そんなろくでもない領主たちに対して、今回のあのDV確実クズ野郎の侯爵家への懲罰がけん制っていうか、少しでも抑止力として働けばいいのに、って思っちゃう。
と、私は内心ガッツポーズからの、どや顔になりそうな自分を押さえつつ満足してたんだけど。
バルナバス先輩が私に言ってきた。
「ゲルトルード嬢、友人であるエルンストに代わって私からもお礼申し上げます。本当にありがとうございます」
「いえ、わたくしはただお取次ぎをさせていただくだけです」
私はしっかり笑顔で答えちゃう。「ただもう公爵さまにお取次ぎさせていただいて、それから後のことは、すべて公爵さまにおまかせすることになりますので」
「それでもやはり、お礼を言わせてください」
ていねいに頭を下げて、バルナバス先輩はさらに言ってきた。
「いまここでゲルトルード嬢がお申し出くださらなければ、エルンスト、いやハインヴェルン領のみなさんはずっと泣き寝入りという状態でいらしたでしょう。本当に感謝申し上げます」
「とんでもないことです。本当にまだわたくしがお申し出をしたというだけで、結果はこれからですから」
バルナバス先輩は笑顔でうなずいてくれた。
「ええ、けれどあの誠実なエクシュタイン公爵閣下でいらっしゃれば、間違いなく良きように取り計らってくださいますでしょうから」
「わたくしも、それを期待しておりますわ」
公爵さま、なんかめっちゃ高評価でいらっしゃいますよ?
まあ、それだけのことをちゃんとしてきてるんだよね、あの公爵さまは。確かにいろいろ残念なところはあるけど、しっかり信頼できるところもあるお人柄だし。
「本当によかった。きっといい方向に進んでいくよ」
ペテルヴァンス先輩も言い出してくれて、なんかすっかりその場が和んじゃった。
だからね、私はそのときまったく気が付かなかったの。
ドロテアちゃんとドラガンくんが、すっごくビミョーな表情を浮かべちゃってたってことに。
毎週末更新できているこのペースを、なんとか維持できるよう頑張ります~~。





