23.待ちかねた手紙
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翌日も朝から私は、ナリッサと一緒に荷運びを2往復した。さらには、衣装箱の少なさ偽装、げふんげふん、いくつかの衣装箱の中身をクローゼットに移し、空箱も持ち帰った。
うむ、順調である。
そして、ナリッサがまた寄り道して仕込んでくれたおやつをたっぷりと食べた(重要)。ちなみに、ビスケットにがっつりジャムを塗るというぜいたくなおやつだった。厨房ではカールたちも大喜びで食べたに違いない。
午後からは、クラウスが来邸する予定になっている。魔石やリネン類を購入するお店を紹介してもらうんだ。それに、以前から話していたお勧めの料理人も連れて来るとのことで、面接も行うことになった。
「どのような料理人なのでしょうね?」
「クラウスの話では、貴族家での経験もある女性だということですけど」
「美味しいお食事を作ってくれるといいですね」
居間でお母さまやアデルリーナと話していると、ヨーゼフが郵便物を持ってきてくれた。お母さま宛の手紙が2通届いていた。
「まあ、ヨアンナからだわ!」
お母さまが歓声をあげ、ヨーゼフに封を切ってくれるよう促す。
ヨーゼフが封筒から取り出した便せんを受け取るお母さまの手元を、私も思わず覗き込んでしまう。
「よかった……! ヨアンナはとても元気そうだわ」
ヨアンナからの手紙には、我が家を辞めた後はベアトリスお祖母さまの紹介でレットローク伯爵家の領主館に勤めることができ、伯爵家未亡人の大奥さまにずっとお仕えしてとてもかわいがっていただいていたこと、その大奥さまが先年お亡くなりになったけれど、いまもそのままレットローク伯爵家の領主館に勤めていること、さらには結婚して家庭を持ち子どもも生まれたことが書いてあった。
「ヨアンナが結婚して、子どもにも恵まれただなんて……本当によかった……」
お母さまは本当に嬉しそうにしみじみとつぶやいている。
ヨアンナのお相手は、同じ伯爵家領主館に勤めている庭師だそうな。子どもは男の子で現在4歳と書いてある。
そしてヨアンナは、我が家の当主が亡くなったことを、お母さまからの手紙を受け取るまで知らなかったそうで、『たいへん驚いております。できることならまたコーデリア奥さまにお仕えしたいです。お声をかけていただいて感激しています。けれど、いまは自分の家族もいるので、王都へ引越すことは難しいと思っております。本当に残念です』と綴っていた。
「そうね、家族がいて、お仕事に困っているわけでもないのであれば、無理に我が家に呼び寄せることはできないわね……」
お母さまは嬉しさ半分、寂しさ半分というようすでつぶやいている。
私もお母さまから便せんを受け取り、自分でも読んでみたのだけれど、ヨアンナがいま現在幸せに暮らしているのなら、無理に呼び寄せないほうがいいだろうなと思った。
けれど、ナリッサは違うようだった。
お母さまと私に断ってヨアンナからの手紙を読んだナリッサは、どうやら違うことをそこから読み取ったようだ。
「僭越でございますが、私の感じたことを述べてもよろしいでしょうか」
「もちろんよ、同じ侍女である貴女の意見も聞きたいわ」
答えるお母さまに目礼し、ナリッサは話し始めた。
「こちらのお手紙には、ご当家のご当主がお亡くなりになったことを、奥さまからのお手紙を受け取るまで知らなかったと書かれています。いくら地方の領主館に居るのだといっても、貴族さまの間で名門伯爵家ご当主の急逝は話題になっておりますから、まったく知らなかったというのは不自然です。しかもいまは収穫期で、レットローク伯爵家のかたがたも領地にお戻りのはずです。伯爵家のかたがたが話題にされれば、使用人も当然その情報を得て互いに話題にするものです」
ナリッサは確認するように手元の便せんに目を落とし、また顔を上げて続ける。
「そこから察するに、レットローク伯爵家領主館におけるヨアンナさんの現在のお立場は芳しくないのではないでしょうか。伯爵家未亡人の大奥さまにとてもよくしていただいていたごようすですので、大奥さまがお亡くなりになったことで領主館の中で孤立されている可能性がございます」
えっ、孤立って……つまり、ヨアンナはいま伯爵家領主館で、すごく肩身の狭い思いをしてるかもしれないってこと? 話題や情報をほかの使用人たちと共有できないほどに?
私はナリッサの言ったことを反芻して、確かにその可能性はあると思った。
お亡くなりになられた大奥さまが伯爵家内でどのようなお立場だったのかはわからないけど、ヨアンナが特にかわいがられていたのだとしたら、ほかの使用人から妬みを買っていたことも考えられる。ヨアンナに何の落ち度もなくても、一方的に攻撃的な感情を向けてくる人というのは間違いなく存在するのだから。
実際、ナリッサだって自分のことは一切言わないけど、私のお気に入りの侍女だということでほかの使用人たちから嫌がらせをされていたことを私は知っている。ほかの使用人たちと話題や情報を共有できないっていうのは、ナリッサ自身の実感なんだろう。
私はできるだけナリッサを守ろうとしてきた。伯爵家大奥さまもそうだったに違いない。だけどその大奥さまはお亡くなりになってしまった……。
「お母さま、もう一度ヨアンナに我が家に来る気はないか、誘ってみましょう」
お母さまも思案しているような顔になっている。
私はさらに言った。
「ヨアンナの夫も子どもも一緒に我が家に来てもらえばいいのです。ヨアンナの夫は庭師だというではないですか。小さいとはいえ新居にもお庭があるのですから、夫婦で来てもらえば庭師を雇う問題も解決ですよ。4歳の息子だって、一緒に来てもらってなんの問題もありません。むしろ、カールやハンスにいい弟ができるではありませんか。新居の3階には使用人のための4人部屋がありますから、そこに家族で住み込んでもらえばいいのです」
「そうね、そうしましょう」
お母さまもきっぱりとうなずいてくれた。
私たちはすぐヨアンナに手紙を書くことにした。
ヨーゼフに言って紋章入りの便せんを持ってきてもらうと、お母さまと相談しながら、そしてナリッサの意見も聞きながら書いていく。
こちらとしてはヨアンナに家族そろって住み込んでもらいたいこと、ちょうど庭師を探していたので家族で来てもらえればとても助かること、ただし小さな庭なので庭師のほかに下働きもしてもらうかもしれないこと、さらには具体的にどの程度お給金が支払えるかについても書くことにした。
「もしヨアンナが承諾してくれたら、すぐにこちらから迎えの馬車を送ると書いておきましょう」
私がそう言うと、お母さまはパッと嬉しそうにうなずいてくれた。
「ええ、そうしましょう。それならヨアンナたちも安心して王都へ出てこられるわ」
ナリッサもうなずいてくれる。
「まだ小さい子どもがいるのですから、郵便馬車を乗り継いで王都まで引っ越すのは大変でしょう。ヨアンナさんもとても喜んでくれると思います」
レットローク伯爵領まで貸馬車を迎えに行かせるとなると、往復で10日くらいかかるだろうか。その間の貸し切り料金は確かにちょっと痛い出費になるけど、お母さまがこれほど呼びたがってるヨアンナが来てくれるなら安いものだ。
それにさっきも言った通り、庭師問題も解決する。伯爵家領地のカントリーハウスならお庭も広大だろうから、新居のお庭なんて文字通り猫の額みたいな感じなのでその点は申し訳ないんだけど。
さらに、我が家に住み込みの男性が増えることも歓迎だ。ヨアンナの夫がどんな人かはまだわからないけど、庭師なのだからそんなに線の細い人ではないだろう。用心棒とまではいかなくても、やはりちょっと心強い。
しかも夫婦者として住み込んでもらえるなら、貴族の外聞的にもまったく問題がない。
ホント、いいことずくめである。
手紙を書き終えたところで、私は念のために言った。
「庭師のことはクラウスにも相談していますから、一度クラウスに確認をとってからこのお手紙を出すようにしたほうがいいかと思います」
「まあ、貴女の言う通りよ、ルーディ」
お母さまはくすくすと笑った。「侍女の件でもクラウスには面倒をかけてしまっていますものね、庭師についてもクラウスに話す必要があるわね」
「ご配慮、ありがとうございます」
クラウスの姉であるナリッサが頭を下げた。





