104.厨房の攻防
本日2話目の更新です。
「これは駄目だろう。いくらなんでも、狭すぎる」
厨房に入ったとたん、公爵さまが思いっきり駄目だしをしてきた。入り口から一歩中へ入って、厨房の中をぐるりと見まわしただけで、だよ。
そんでもって、なんかもう思いっきり不満そうに、公爵さまってば言い放ってくれちゃった。
「いまのご当家の厨房と比べると、あまりにも狭すぎる。これでは、試食の席につくこともままならぬではないか」
試食の席って!
試食の席って!
大事なことなのでもう1回言っちゃうよ、試食の席って!
公爵さま、ご自分が我が家の厨房へ試食に来ることが、すべての前提なんですね! この新居でも厨房に乗り込む気、満々なんですね!
なんかもう、さっきまではめっちゃ公爵さまのこと見直してたのに、台無しなんですけど!
いやもう、私の後ろでヒュッと気温が下がったの、気のせいじゃないと思うよ。振り向かなくてもわかるもん、またナリッサの笑顔がめっちゃ怖くなってるな、って。
それに、公爵さまの後ろの近侍さん、アーティバルトさんなんてうつむいてるけど我慢しきれなかったみたいで肩がひくひくしてるし。
公爵さま、そもそもここにあるのは試食のためのテーブルではなく、調理のための作業台でございます。
って、言っちゃっていいんでしょうか?
と、私も一瞬考えちゃったけど、さすがにそこまでストレートに言っちゃうのはマズイかもと思った。曲がりなりにも相手は公爵さまだからね。だから、せいいっぱい笑顔を貼り付けて言った。
「公爵さま、もし、試食にお招きする場合は、客間にてお召し上がりいただきますので」
「それでは、調理しているところを見られないではないか」
ナニ即答してくれてるんだよ!
調理してるとこを見たいって、そんなの自分チの厨房で見せてもらえよ!
「公爵さま、通常、厨房のようすなどは、お客さまにお見せするようなものではございませんので」
口元をひきつらせながらも、ちゃんと言えてる私、偉いよ。
なのに、それも台無しにしてくれちゃったよ、この人。
「私は後見人なのだから、親族扱いであろう? 親族であれば」
「親族でいらしても、厨房になどお招きしないと存じますが?」
親戚のおっちゃんやおばちゃんを台所に入れるんかい!
法事でもなんでも、親族の集まりだってお座敷で会食してもらうよ! 台所でごはん作りながら味見してもらったりなんかしないよ!
私の言葉に、公爵さまはふいっと目を逸らしてくれちゃった。
もしかしてこの人、親族は厨房にも入るっていうのが『貴族の常識』だと、私に思い込ませようとした? 私が『貴族の常識』を知らないのをいいことに?
油断も隙もあったもんじゃないわ。
ホンットに、せっかく見直したのに超台無しだよ!
「しかし、この狭さではやはり困るだろう」
視線を戻してきた公爵さまが言い出した。「レシピには挿絵を入れるのだから、絵を描くホーフェンベルツ侯爵家のメルグレーテどのには、厨房に入ってもらう必要があるのではないか?」
ん? 戦法を変えてきたわね?
そりゃゆくゆくは、調理の手順も図解してもらえればとは思ってるけど……でも、そうしたらやっぱり、侯爵家夫人な絵師さんには厨房に入ってもらう必要が、ある?
私が一瞬、迷ったのを見逃さず、公爵さまはさらに言い募る。
「やはり、調理の手順から確認したほうが、よりよい挿絵が描けるのではないか? それであれば、厨房を拡張してもっと大きなテーブルを置けるようにすべきだろう」
いや、いやいや、言いくるめられちゃダメだよ、私。
そもそも、仕事で絵を描くために厨房に入ってもらうのと、試食のために厨房に入れろって言ってるのは、完全に別モノだからね。
「公爵さま、今後もし、ホーフェンベルツ侯爵家のメルグレーテさまにここで絵をお描きいただくことがございましても、実際にお料理を召し上がっていただくのは別室へご案内してから、になりますので」
にこやか~に私がそう言うと、公爵さまはムムッと口端を下げた。
私はさらに一押しする。
「それはもう、せっかく描いていただいた絵を、試食のさいに汚してしまうなど決してあってはなりませんので。召し上がっていただくのは、どうあっても別室になります」
公爵さまの口元がさらにムムッと下がる。
ふふふん、勝った。
私がそう思ったとたん、公爵さまはなんかもう開き直ったように言い出した。
「それでは、客間ではなく、すぐとなりにある朝食室を使うのはどうだ?」
公爵さまは後ろの壁に振り返る。「この壁の向こうが朝食室であったな? この壁を取り払ってしまえばよいのだ。そうだ、それがいちばん良い」
…………いや、いやいや、待って、ナニ言ってるの、この人?
私は理解が追いつくまで、3秒くらいかかっちゃった。
壁を取り払う?
壁をぶち抜いちゃって、あくまで厨房が見える形にした上で、朝食室で試食させろって言ってんだよね?
はあ? ナニソレ、厨房と朝食室をくっつけちゃうとか……あれ? キッチンとダイニングをくっつけちゃうってことか?
なんかあまりのことに、私の頭の中がちょっとバグっちゃった気がする。
いや、でも……壁を全部取っ払ちゃうのではなく、ちょっとこう、窓を開ける感じで対面式キッチンっぽくカウンター付けたら……かなり、便利じゃない?
だって、そうしておけば、カウンター越しにお料理を出せるから、いちいちワゴンで運ぶ必要がなくなる。新しいメニューを試作してるときも、朝食室にお母さまとアデルリーナにいてもらえば、すぐ味見してもらえるよね?
揚げ物なんかしてるときは、2人に厨房にいてもらうのはちょっと危ないんだし、カウンターに開閉できるよう戸を付けておけば必要に応じて閉じちゃえるわけで……それってめちゃめちゃ便利な気が……。
「うむ、我ながら実に良い案だ。すぐに壁を取り払う工事の手配をしよう」
私が黙り込んじゃったものだから、公爵さまは私が納得したと思い込んだらしくて、すっかり上機嫌になっちゃってる。
「アーティバルト、すぐに業者の手配を」
「お待ちくださいませ、公爵さま」
ビシッと、私は公爵さまの指示に割り込んだ。「壁をすべて取り払ってしまうのは賛成いたしかねます」
公爵さまは眉間にシワを寄せまくって私を見おろした。
私はその公爵さまの顔をしっかりと見上げて、きっぱりと言った。
「壁を取り払うのではなく、窓をつけましょう」
「窓?」
さらに眉間のシワが深くなった公爵さまに、私はいままとめた自分の考えを説明した。
「そうです、窓です。腰高の窓を、この壁のここからこれくらいの広さで開けて」
私は壁に向かって大きさを示す。「そして窓の下にこれくらいの幅の棚を作ります。そうすれば、いちいちワゴンを使わなくても、お料理をそのまま窓からとなりの朝食室に出すことができます。さらに、窓に戸を付けて開閉できるようにしておけば、必要に応じて窓を閉じて厨房が見えないようにできますし」
公爵さまの眉間のシワが開き、その目がぱちくりと瞬く。
私は構わずにまくしたてた。
「そうですね、ただ我が家の料理人の意見も聞いてみなければ。それに母と妹とも相談したいと思います。ええ、我が家では朝食は家族で集まって食べますから。自室に運ばせたりはいたしません。ですから、そこはわたくしの独断では決めかねますので」
私は公爵さまににっこりと笑みを向けた。「そういうことで、よろしくお願い申し上げます。公爵さま」
「あ、う、うむ。相分かった」
公爵さまが私の勢いに押されたようにうなずいてくれちゃった。
ええ、ここはひとつ、カウンター付きの対面式ダイニングキッチンでよろしくお願いします。
ただし、公爵さまを試食のためにそのダイニングキッチンまでお招きします、とは、一言も申し上げておりませんが、ね。ふふふーん。
あくまでブレない公爵さまw





