百二十二.聞け諸君よ、逃げるは狸の本分よ
最終話 2/2
前に一話投稿しております。そちらをお先にどうぞ。
ラクーン808の草原。
二つの毛玉が重なって、一つの狸玉となっている。
その狸玉の片方はもちろん僕で。
もう片方はもちろんキンヒメだ。
僕はキンヒメの首筋に顎を乗せたまま、クワア、とあくびを一つしてから口を開く。
「平和だねえ」
そう。
平和なのだ。
坩堝の森はどこまでも落ち着いていて、太陽は中天で地を暖めて、風はゆったりと木々を揺らしている。
異世界からの侵略戦争の名残はカスほどもない。
「本当に、やっとこうやってゆっくりできますねえ」
「忙しかったねえ。人間世界ってのは本当に忙しないんだからなあ。狸にああいうのはやらせたらダメだよう」
「ふふ、私たちずっと人間の姿でしたしねえ」
僕たちは後処理でアークテート王国に滞在している最中、人間世界での後処理だから当然だけれど、ずっと人間の姿で対応していた。
でも僕らは狸でずっと人間でいる事は結構ストレスになっていた。
唯一安らぐのは定宿となった貴族牢の中だけ。ヤンデが他国の王族が滞在するような部屋を用意してくれたけれど、身の支度を他人にされるのは正体がバレるってんでお断りした。
やっぱりあそこがなんだかんだ安らぐんだよねえ。
でもそれも終わった。
僕らは坩堝の森に帰ってこれたのだあ。どやあ、疲れたあ、たぬき疲れたあ。
と、いうわけで。
今は平穏と惰眠と陽光を貪っている。
ぐう。
「ああ! こんなとこで! ずるいのじゃあ! わらわも混ぜてほしいのじゃあ! 仲間外れは嫌じゃあ」
ぎゃあ。
そんな平和は大声にすぐに破られる。
声の主はわかっている。ヤンデ・ローズ前女王だ。
「おひいさま、仲間外れになんてしてませんよ。あなたがいつまでも寝ているからでしょう?」
キンヒメが優しく諭す。
「キンヒメ様あ、イジワルはやめてほしいのじゃあ。なでなでするから、わらわも仲間に入れておくれえ」
優しいキンヒメに、ヤンデは甘えた声でねだる。
「いいですよ、こっちに来て私を撫でてください、おひいさま」
そう言って、僕のアゴの下からするりとキンヒメは抜け出して、僕らのそばまでやってきたヤンデの膝の中にもふりとおさまった。僕はアゴ枕がなくなってスカスカとした空間をさみしく思いながら、仲良くしているキンヒメとヤンデを見る。
なんでヤンデがこの森にいるかってえと。
ヤンデがそう望んだからだ。
女王を引退したヤンデは、僕らにくっついて坩堝の森までやってきた。
僕は何度か断ったが、泣いて叫んで、置いていったら死にかねない勢いだったので、キンヒメの許可を得て連れてきた。キンヒメははじめから連れていく気だったらしい。なぜかキンヒメはヤンデに甘いんだよなあ。
ヤンデが女王を引退した理由は色々とあるけれど。
一番大きいのは侵略戦争時に孤軍奮闘で国を支え続けた事がトラウマとなった事だった。はじめはガッチさんもヤンデが女王に戻る事を望んでいたが、ヤンデが書類を見ると過呼吸を起こしてしまう事がわかった。
流石に書類を見れなければ王の実務は難しい。
お飾りの女王になる事も提案されたが、これをヤンデは烈火の如く怒って拒否した。
プライドが許さないらしい。父親が傀儡の王だったのがヤンデにとって相当嫌な事だったらしく、それと同じ道を通らなければならないのなら、死ぬとまで言って拒否した。
それに加えて、その原因となったガッチさんに対しても、放蕩おやじを演じていた理由が分かっても、それでもどうしても仲良くできないらしい。となると王城にも残りがたいし、かといって元々女王としてこの国をここまで強くしたヤンデが市井に落ちるわけにもいかない。
ヤンデは行き場をなくして、結果、僕とキンヒメに同行する事を泣いてねだったのだった。
まあ、ガッチさんとユーリさんから療養という名目で頼まれているというのもあるし、それになにより、僕もキンヒメもヤンデに情が移っていたので、この森に受け入れる事になった。
名目上は人間の世界と、坩堝の森との外交大使という事になっている。
が、当然ヤンデがそれ関係の仕事をしているのを見た事はない。そりゃあ書類仕事ができなきゃ外交大使は難しいだろう。でも、全く仕事をしていないわけじゃない。
森にやってきたヤンデは、来て早々、人間用の家屋を建て、そこに狸撫屋という屋号で店を開き、文字通り狸を撫でて満足させるという、ご褒美なのか、仕事なのか、ちょっとわけのわからない事を生業としながら日々を過ごしている。
いいリハビリになってるんだろう。
日々、ヤンデは元気になっているし、狸の毛並みも艶々になっていく。
「んふう」
腕前のほどは今現在撫でられているキンヒメの満足そうな顔を見て分かる通り、狸撫屋は大繁盛しており、こっちにきて数日で狸の言葉も覚えて、今や完全にラクーン808に受け入れられている。あっという間になんでもできるようになったヤンデを見て、優秀な人間は何をやっても優秀だなあと半ば呆れているのである。
そんな僕らを坩堝の森の風が優しく撫でる。
僕は全部を解決した空を見上げる。小さく鳳の影が飛んでいるのが見えた。知り合いかどうかはこの距離じゃわからない。
匂いでわかるかなー? と半ばふざけて伸ばした鼻先に、暖かい太陽の温もりが降り注いでくる。
なんて事ない生活だけど幸せを感じる。
前世では昼間に空気の匂いを嗅いで太陽の温もりを感じることなんてなかった。
あの頃は何もかもが嫌いだったし怖かった。
朝も昼も嫌いだったし、夜なんてただただ恐怖でしかなかった。
でも今は違う。
朝起きて、飯を食い。
昼は散歩をして、日当たりのいい草原でキンヒメとゴロゴロとして。
夜は家族とご飯を食べて、月を見ながら穴倉で眠る。
そんな小さな事の全てに僕は幸せを感じる。
だって。
僕はこれから何をしてもいいんだから。
空を悠々と飛び回る友達と遊んでもいいし。
魔族に色んな魔法を教わって、新しい忍術の開発をしたっていい。それを家族に教えるのもきっと喜ばれるだろう。
キンヒメと旅行に出かけてもいいし。人間の世界で食べ歩きだってできる。そうだよ、これから先の人生でいっぱい食べたいものがあるんだ。
それもこれもどれもあれも。
前世では何一つできなかった事が、狸になって全部できるようになった。あんなに必死で向かい合っても、全てがから回って叶わなかった事がこっちでは全部できる。
異世界からの侵略者として送り込まれた僕だけれど。
考えようによっては苦痛に満ちた世界から逃がしてもらえたとも考えられる。
苦しんで苦しんで、耐えきれなくなって、逃げた先で幸せになる事だってある。
だって逃げるは狸の本分なんだから。
逃げられてよかった。
そんな気持ちが胸に満ちて、満足したからか、むふうと鼻から息をあふれ。
その反動で森の空気を吸いこむ。
その森の中の匂いの一つに記憶が反応して。
ふ、と急にお米が食べたくなった。
前世の主食だったアレだ。
この世界にあるのかないのかわからないけれど。
食べたくなってしまったらしょうがない。
うん。
次の目的はこれに決まりだな。
思い立ったが吉日、狸はいつでも気まぐれなんだ。
僕はすっくと立ち上がって、キンヒメに旅行の相談をしに行くのだった。
了
これにて本作完結となります。
というわけで、よろしければ完結祝いとして。
ページ下部から一つでも五つでも良いので★をいただけますと幸いです。
お代は見てのお帰りでm(_”_)m
それではまた次の作品でお会いできればと思います。




