第4話 転売ヤー事務所。壊滅
死霊神タナトスが、右手に巨大な鎌を、左手に赤ワインの満たされたグラスを持って、男たちに接近する。
それに対して、半グレの男たちは、ナイフや拳銃をタナトスに向けた。
「死ね! この骸骨が!」
『生きているわけでも死んでいるわけでもないがね』
放たれた銃弾は、その全てが霧のようにタナトスの体をすり抜けて背後の壁に着弾した。
「なっ……」
「チッ、ならナイフだ!」
一人が懐に飛び込み、剥き出しの肋骨の間にナイフを突き立てようとする。だが、それも手応えなく空を切った。
「なんだと!?」
『何故、銃弾はダメだったのにナイフは問題ないと思ったのか。理解に苦しむよ』
「うるせえ!」
『うるさいのは君だ』
タナトスが、挨拶でもするかのように軽く鎌を振り下ろす。
明らかに首を刈り取るような軌道を描いたそれが男に直撃すると、刃が食い込む代わりに、衝撃波が男を真後ろへと弾き飛ばした。
「ぐあああああああッ!」
「な、何だ今のは!? 斬ってねえぞ!」
壁に叩きつけられた仲間を見て、男たちが額に汗を浮かべて疑問を口にする。
『私は生かすも殺すも自在だ。死ぬほど痛いが、死にはしない。……安心したまえ、私の主は意外と倫理観にうるさくてね』
「当然だろ。ゲーム機を取り返すために人を惨殺するのは良くないからな。まあ、ボコボコにするくらいなら問題ない」
『傷害罪で訴えられたら負けそうな気もするが』
「お前はどっちの味方だ!?」
アルバスに冷静なツッコミを飛ばす死神に対し、恐怖を通り越して困惑した男が叫ぶ。
『何を言う。私はそういうキャラだ。――さて、主も急いでいるようだ。これ以上は時間の無駄だな』
タナトスが鎌を横に一閃。
その瞬間、近くにいた男五人が、物理法則を無視した圧力によってまとめて吹き飛んだ。
「ぐああああっ!」
「うおおおおっ!」
近接攻撃力が異常と言えるレベルに達したタナトスの一撃。
狭い事務所の屋内。そこはもはや死神の独壇場だった。
「チッ、召喚士を狙え! 本体を叩けば消えるはずだ!」
生き残った男たちが、銃口をアルバスに向けて発砲。
逃げ場のない室内で銃弾が彼の体に吸い込まれるが……。
着弾の瞬間、弾丸はエネルギーを失ったかのようにポトリと地面に落ちた。
「な、なんだ!? 当たっただろ今!」
「あー。悪いな。俺のコート、物理攻撃無効だから」
「なんそりゃ……ぐあっ!」
ゲームの仕様を現実で突きつけられ、困惑した男たちの顔面に、タナトスの鎌の石突きが叩き込まれる。
もはや一方的な作業だ。
「お、おい、これがどうなってもいいのか!」
その時、一人の男が叫んだ。
彼は手のひらの近くに火の玉を出現させ、奪ったゲーム機が積まれている傍に陣取っていた。
「ゲーム機が目当てなんだろ? 一歩でも動いてみろ、コイツを全部燃やすぞ!」
アルバスは足を止めた。
男は勝機を見出したのか、顔を歪めて笑う。だが、アルバスの視線はひどく冷ややかだった。
「……『素早く飛ばす訓練』をするのが普通のはずだ。手のひらの上で待機させるなんて、相当な修練をしないとできないだろ。その努力を何に使ってるんだお前は」
「う、うるせえ! 動くなって言ってんだよ!」
魔法技能の授業で教わるのは「放つ」ことだ。
制御の難しい炎を手の近辺で維持するのは、配信者の解説動画にもない、彼独自の技術かもしれない。
だが、その希少な技術を、ただの「脅しの道具」という安っぽい盾として使った。
「俺がうるさかろうが、お前が惨めなのは変わらんよ。あと、俺に集中してていいのか?」
「えっ……あっ」
次の瞬間、男が維持していた火の玉が、ボッと音を立ててかき消えた。
いつの間にか背後にいたタナトスが、鎌を振って魔法の構造そのものを断ち切ったのだ。
「――ッ、ぎゃあああああああッ!」
魔法を強引に消された反動と、至近距離で放たれた死神の威圧。
男は情けない悲鳴を上げて壁まで吹っ飛んだ。
これで、事務所にいた全員が床を這いずり、うめき声を上げる惨状となった。
「ふぅ……。タナトス、ご苦労」
『礼には及ばんよ。だが主よ、あのような輩にいちいち技術論を語ってやるのは優しすぎではないかね?』
「……別に優しくしたつもりはない。ただ、あいつが持っていた唯一の『才能』が、あんな無様な使い方をされているのが、あまりに滑稽に見えただけだ」
アルバスは転がっている男を一瞥もせず、山積みの『パンドラ4』へと歩み寄る。
「よし、全部あるな。……タナトス、適当な箱に詰めて運ぶぞ。証拠隠滅なんて面倒なことはしないが、こいつらが警察に泣きつく前に、さっさとおさらばだ」
アルバスは300万円が入った封筒を取り出すと、そこから一万円札を7枚取り出して、テーブルに置いた。
「価格、確か6万ちょっとだったかな? 釣りは要らん。じゃ、これはもらっていくよ」
ゲーム機が入った箱を一つ手に取った。
『転売価格だと20万だ。それを考えると、3倍以上の金額で売っていたことになるな……なんとも罪深い』
「……どこで知ったんだ? タナトス」
『こいつらのポケットに入ってたスマホで確認した』
「俺よりも現代社会に適合してないかお前……」
三年間、地下牢でゲーム機を弄り続けていた彼よりも明らかに適合している。
「まぁいいや、とりあえずゲーム機と金はある。さっさと近くのホテルにでも行って、データを移行しよう」
アルバスは元々使っていたゲーム機を見る。
充電は、残り、2パーセント!
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
箱を弄りながら事務所を飛び出した。
『随分暴れたからな。サイレンを鳴らす車が近づいているようだし、ここにずっといると面倒なことになるのはわかるが、開封しながら飛び出すとは……なんとも忙しない』
「うっせえな! くそっ、上手く開けられない! カッターかハサミが欲しい!」
地下牢の中で三年間過ごしていたため、『箱の中身を取り出す』のがなかなか下手だ。
『私の鎌で開けようか?』
「ゲーム機が死んだらどうするんだ!」
『私を何だと思ってるんだ……まぁ混乱しているようだし、影でのんびりさせてもらおう』
急ぐ現代人と、のんびりする死神。
現代社会の皮肉と言われればそれまでである。




