表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/7

第1話 火ノ崎灼也、死亡

 カチッ、カチッ。


 スマホの電波も通らないコンクリの牢屋に、乾いたプラスチックの操作音が響く。


 ダンジョンが出現して三十年。

 多くの英雄が生まれる中、『火属性の名家』として知られる火ノ崎(ひのさき)家。


 その長男でありながら、剣も魔法も、何の才能もなく、欠陥品の烙印を押された少年、火ノ崎灼也(ひのさきしゃくや)


 ボロボロのベッドしかない牢屋で、壁にもたれるようにして座り込み……型落ちのゲーム機のボタンを押している。


 壁際の清掃作業用のコンセントに充電ケーブルをつなぎ、短いコードの範囲で、体育座りをしている。


 かつてはマットな質感だったであろう黒い筐体は、手脂と摩耗でテラテラと光り、十字キーの塗装は完全に剥げ落ちている。


 酷使されたAボタンに至っては陥没したまま戻りが悪く、強く押し込まなければ反応すらしない。


「……あ、左スティックがドリフトした」


 灼也は掠れた声で毒づきながら、親指でスティックを強引に押し込み、グリグリと回してニュートラル位置に戻そうとする。


 画面の中では、彼が三年かけて築き上げた広大な城塞都市が広がっている。数万の兵士、堅牢な城壁、そして彼を「王」と崇める国民たち。


 現実の彼は、実の親にすら見捨てられた『燃えないゴミ』だが、この四インチの液晶の中にだけは、彼の居場所があった。


「……」


 ただし、灼也が何を口にしようと、それを聞く相手はいない。


 言葉は必然的に少なくなる。


 その時、ギギイィ……と、重い鉄扉が、錆びた音を立てて開いた。


 食事の時間ではない。入ってきたのは、配膳係のメイドではない。


 黒装束を身に包んだ、大柄な男の三人組だ。


「立て、欠陥品」

「?」


 ゲーム機の液晶から目を離さず、灼也は首をかしげる。


「当主様からの慈悲だ。広い場所に案内してやる」

「……?」


 三年前、ここに閉じ込められてから、一度も出たことがない。

 そんな自分に対して、慈悲とは、いったいどういう風の吹き回しなのか。


 骨と皮だけの体になった自分に、何の用があるのか。

 骨と皮だけの体では抵抗できないというのも、事実ではあるが。


「……わかった」


 ボタンを押してコマンドを選んで、セーブをする。

 ボタンを軽く押してスリープモードにすると、暗部の男たちが、彼を強引に立たせた。


「歩け」


 腕を引っ張られて、背中を小突かれる。

 だが、ゲーム機は、手放さない。


「……広い場所って、どこ?」


 廊下を歩きながら、灼也は暗部の男たちに問う。


「……広い場所だ。口を開かず歩け」

「……」


 案内されるのは、広間か、それとも父親の執務室か。


 灼也はそのどちらかだろうと思ってたが、そのまま、外に出た。


「?」

「おい、これに入れ」

「これ……ロッカー?」


 鉄の箱だ。

 何の変哲もないロッカーだ。


 とはいえ、本来、人が入るようなものではないが。


「良いから入れ」

「あっ……」


 無理矢理に入れられて、閉じられる。

 完全に真っ暗になった。

 しかも……。


「あー……」


 地下牢でまともな食事をとっておらず、運動もしていない体は、力を入れてロッカーを叩くことも、大声を出すことも出来ない。


 というより、ロッカーの内側には分厚い鉄板が仕込まれており、叩いたとしても、うんともすんとも言わないだろう。


「……ん」


 ロッカーが運ばれている気がする。

 一体、どこに連れて行かれるのか。


 ……先ほど、広い場所と言っていたが、あれは『屋敷の外』ではなかったらしい。


「……」


 手持ち無沙汰になったのか、ゲーム機の電源ボタンを軽く押す。

 再び、ゲーム画面が明るくなった。


「……もしも、お前だったら……」


 細い声で、ゲーム内の自分に目を向ける。


 赤いシャツの上から黒いコートを身に着けた、銀髪の青年だ。


 彼の周囲には、彼を慕うモンスターたちが並ぶ。


 当然、灼也の思いは彼らに届かないし、モンスターたちはゲームのデータに過ぎない。


「はぁ……ん?」


 ポチポチとボタンを押していると、ロッカーが降ろされた感覚がした。

 電源ボタンを軽く押してスリープモードにしたあたりで、ロッカーが開いた。


「出ろ」


 暗部の男が灼也の体を引っ張り出す。


「……ここ。ダンジョン?」


 三十年前、世界中に出現した、モンスターたちの巣窟たち。

 そんなダンジョンの一つだ。

 崖下から湿った空気が流れて、灼也の体を撫でる。


「……広い場所って、ここ?」

「ああ。そうだ。まぁ、もっと広い場所に行けるかもな」

「え……がっ」


 腹に、鋭い痛みが走る。

 視線を下げると、そこには、ナイフが、深々と刺さっていた。


「づっ……こ、これ、暗部用の……」

「ほう、覚えてるのか。まあいい。悪く思うなよ。お前の妹、天姫(あまき)様の婚約が決まったんだ」

「こ、婚約? ……え? アイツ、十三歳……」

「それは三年前だ。今は十六歳。結婚はできないが、名家の婚約ならむしろ普通だ」


 暗部の男はフンッと鼻を鳴らした。


「相手はあの剣聖の一族、御剣家の次男、刀悟(とうご)様だ」

「み、御剣?」

「あちらは潔癖でな。『欠陥品の兄が戸籍に残っているのは生理的に無理だ』と仰る。火ノ崎の門出に、お前は要らないんだ」


 もうすぐに死ぬ灼也に対して遠慮はないということなのだろう。

 明け透けだが、それが、彼に刺さる。


 灼也は乾いた笑いを浮かべようとして、ゴボッと血を吐いた。


「……お、俺が死ぬってこと。天姫は、知ってるのか?」

「お前が『ダンジョンの中で、事故で死ぬ』と伝えられる予定だ。お前が死んだあと、天姫様が海外留学から帰国し、刀悟様と正式に婚約が成立、当主の座は刀悟様のものとなる」

「……」

「なんだ?」

「何か、企んでるのか? 『当主の座は刀悟様のものとなる』って、一番うれしそうに言ってるぞ」


 暗部の男は眉間にしわを寄せた。


「これから死ぬお前に言っても意味がないことだ」

「そう……か……あっ」


 ズルッと、足を踏み外した。


 自分が、崖に立っていることすらわかっていなかった。


「……任務完了か」


 暗部の男のそんなつぶやきが聞こえた気がした。


 崖の上が遠ざかり、暗部たちがゴミの行方を見届けるような、冷ややかな目線を感じる。


 ……それは、灼也には、どうでもよかった。


(……俺は、死ぬ……でも……)


 ゲーム機を握る手は、むしろ、強く。


(お前だけは、放さない)


 血まみれの手で、強く、強く。


 最後の楽園。小さな箱庭だけは。


(もしも、次があるなら、お前たちと、ゆっくり過ごせるだけで……)


 ……その時だった。


 腹の傷から溢れ出した灼也の大量の血液が、ゲーム機の充電端子へと流れ込んだ。


 バチッ。


 ショートしたような音が鳴り、画面が明滅する。

 しかし、電源は落ちず。


 ……心臓が止まると同時に、青白い光が画面から溢れて、体を包んでいき。


 火ノ崎灼也は、深淵に消えていった。

作品を読んで面白いと思った方、もっと多くの人に読んでほしいと思った方は、

ブックマークと高評価(★★★★★)、よろしくお願いします!

とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ