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人間嫌いの転生貴族 ~散々恋破れたので美少女に言い寄られてもなびきません~  作者: 藍色黄色


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第78話



 俺たちは拠点に戻った。


 俺は怪我人を医療班に任せて、再構成された班に参加した。下がった前線を押し返すべく無事な仲間と応戦した。


 俺たちは日が落ちるまで戦ったが、下がった前線を押し戻すことは敵わなかった。


 夜のトバリが落ちてから食事にありついた。


 いつの間にか毎日の楽しみになった食事だけど、場の空気はズンと重苦しい。前線が押し戻されたことや大勢の怪我人を出したことが気落ちを招いたようだ。


 炊き出しのしょっぱさを共有できる友人はいない。俺は一人黙々と食器を鳴らす。


「カムル殿、少し時間をもらえないでしょうか」


 俺は食器を握る手を止めて振り向く。


 カルヴァン辺境伯の近衛を務めている男性だ。俺は素直に従って辺境伯のいるテントにおもむいた。


 近衛にうながされてテント内に足を踏み入れる。


 白髪の混じる男性と二人きりにされた。


「カムル君、率直に聞かせてくれ。今の戦況をどう見る」

「厳しいかと存じます。ここから持ち直すのは困難でしょう」


 戦局は長い間停滞していた。数年続いたそれが一気に傾いたんだ。


 戦果を求めて集った者は一気にモチベーションを喪失する。神に真実を告げられた時の俺みたく、今までの時間は何だったのかとうつにおちいる者が続出するだろう。


 戦局停滞の蜜を目的に集まった人たちは、そもそも初めからやる気がない。


 状況が悪化した今負傷するリスクは跳ね上がっている。今夜にでも街に戻る者が出るはずだ。


 最初の一人が出たらもう止められない。前線を押し返すどころか戦力の維持すら難しくなる。


「私も同じ考えだ。今の戦況は色々な意味で厳しい。このままでは我々はここを放棄する羽目になる」

「私を招集なさったのはそれが理由ですね」

「ああ。恥を忍んで君に頼みたい。この状況を打開する魔法があるなら使ってくれないだろうか」


 カルヴァン辺境伯の方が爵位は上だけど、彼とニーゲライテ男爵家の間に主従関係はない。断ろうと思えば断れる。


 しかし今回の事例はそれですむほど簡単じゃない。


 争いの戦勝者には戦利品がつきまとう。上からの報酬や略奪が恩恵をもたらし、それが参戦者の出世や暮らしの安定につながる。


 俺たちが参加しているのは、土地開発が成功することを前提にした作戦だ。


 作戦が失敗した場合は王からの報酬がない。カルヴァン辺境伯は今までの戦闘で支払ったコストを回収できない。辺境伯が財政難におちいれば支払い遅延や不払いが発生する。


 俺はまだいい。たくわえはあるし気楽な独り身だ。街に戻って別の依頼を受け直せば事足りる。


 でもワタキさんのような人たちはどうなる。


 負傷した身じゃ家族を支えられない。福祉がないこの世界において、彼らに待ち受ける結末は知れている。


 俺は目を閉じる。


 たき火を囲んで夕食を食べた光景が脳裏に浮かぶ。


 ここに来たばかりの俺を明るくむかえてくれた彼らの笑顔。あれを守れるなら、俺は。


「分かりました。使いましょう」

「本当か⁉」

「はい。ただし三つ条件があります。魔法を使うことは私と辺境伯だけの秘密にしてください。それと魔法の余波で土砂くずれが予想されます。それらしい言いわけを用意して怪我人を含めた全員を避難誘導してください。最後に、戦った人にはちゃんと報酬を支払ってあげてください」

「了解した、三つの条件を全てのもう」

「ありがとうございます」


 俺はチェアから腰を浮かせた。


「夕食の途中なので戻ります。身支度を整えたらまたここに来ますので、避難誘導が完了したら教えてください」

「分かった。カムル君、きみの協力に感謝する」


 俺は一礼してテントを後にした。



 ◇



 俺は調味料の効いた食事を腹に収めて辺境伯のテントに戻った。嘲笑する小宇宙(コズミックパワード)の柄を抱くようにひざを抱える。


 出入り口となる垂れ幕の向こう側で靴音が聞こえる。辺境伯傘下の兵士が避難誘導を進めているのだろう。


 我ながら逆だろうとは思う。


 あらかじめ作戦開始地点に待機して、避難誘導が完了した合図を受けて魔法を放つ。それが一般的な物事の流れだ。

 

 それを実行するには色々な事件にまれすぎた。

 

 依頼の報酬額は一定。報酬を支払う側からすれば対象は少ない方がいい。動けない負傷者は見捨てられるんじゃないか。そんな懸念が俺の頭をかすめた。

 

 だから先に避難誘導させる。ワタキさんたちがいなくなったことを自分の足で確認してから現場におもむく。カルヴァン辺境伯に失礼と思うがこれだけは譲れなかった。


 周囲が静けさに包まれる。


 それから何分経っただろう。辺境伯の近衛が現れた。


 作戦参加者の避難が完了したことを告げられて、俺はチェアから腰を浮かせた。近衛にも避難するように告げてテントを後にする。


 外は嘘のように静まり返っている。


 この静けさは嫌いだ。生き物の気配を感じないこの空気にひたっていると、どうしてもあの光景を思い出すから。


 きっとこの感覚は一生消えない。俺が魔王国で抱えた業は、文字通り息を引き取るまで俺を責め立てる。


 背負おうとして背負いきれるものじゃない。せめて自分の手で救えるものは救いたい。


 その決意をもって目的のポイントまでたどり着いた。俺は杖を掲げて灼き焦がす光(サテライトブレイザー)の術式を発動する。


 エンシェントドラゴンと戦った時から改良された術式が、はるか遠方の夜空に偽りの雲を生む。


 今頃魔物は空を見上げて何だ何だとうごめているだろうか。リティアの両親もそんなふうに戸惑っていたんだろうか。


 意図せず呼吸が荒くなる。嫌な汗が額からほおを伝って流れ落ちる。やめろやめろと何かが俺に訴えかける。


 俺はそれを理性で抑え込んで魔法を発動させた。

 

 遠方が急激にまばゆさを帯びた。爆音に遅れて突風と大地の揺れが襲い来る。


 俺は地面に伏せて突風をしのぐ。万能反射装甲エンシェントアーマが飛んできた瓦礫を迎撃して視界を虹色にゆがませる。


 圧力の喪失を確認して腕を下ろすと遠方に炎が散在していた。


 そこは辺境伯軍が突破できずに長い時間を費やした難所。それが轟音とともに形を変えて崩壊する。靴裏から伝わる地響きは、逃げ惑う魔物たちを嘲笑っているかのように止まらない。


 あの惨状がフラッシュバックする。


 スラムでのおびただしい死体、リティアの悲痛な叫び。それらに頭の中をうめつくされて、胸の奥から急激に何かが込み上げる。


 俺は木陰にうずくまって、うめきながら地面を汚した。

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