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人間嫌いの転生貴族 ~散々恋破れたので美少女に言い寄られてもなびきません~  作者: 藍色黄色


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第77話

更新が遅くなってすみません


 翌朝になってまた同じ場所に出撃した。日が傾き、戦果を上げられずまた拠点に戻る。


 そんなサイクルを繰り返す間も体調不良で離脱する者が続出した。去り行く仲間を何人も見送って、外から新しい仲間が流入する。


 今日も変わらない朝を迎えた。俺は朝食のパンでお腹を満たしてテントを後にする。


 突っ立っている友人を見つけて口を開いた。


「おはようございますワタキさん」

「……おはよう」


 俺は思わずまゆをひそめる。


 陽気でお調子者な年上の男性がずいぶんとおとなしい。


「寝不足ですか? 駄目ですよ。いくら戦況が停滞しているとはいえ、魔法が直撃したら怪我しますよ」

「ああ、そうだなぁ」

「ゴメスさんや他のみなさんはまだ来てないんですか?」

「……ああ」


 先程から気の抜けた返事ばかりだ。


「風邪でも引きました?」

「ああ、そうかもなぁ」


 これまで脱落していった人たちの姿が脳裏に浮かぶ。


 まさかワタキさんも?


 遠くで号令がかけられた。ワタキさんがおもむろに靴裏を浮かせる。


「具合が悪いなら無理をしない方がいいのでは」

「無理はしてねえよ」

「でもふらふらしてます。そんな状態じゃ危ないですって。一度街に戻って休養を取った方が」

「それは駄目だ。妹が怪我して動けねえんだよ、おいらが稼がねえと」


 誰にでも事情はある。


 この世界に公共福祉はない。動けなくなったらそれで終わりだ。家族の分まで働く、その想いを否定はしない。


 でも具合が悪かったら注意力が散漫さんまんになる。ワタキさんまで動けなくなったら本当に終わりだ。


 俺は先回りしてワタキさんの歩みを止めた。


「妹さんがいるなら、なおさらこんなところで無理すべきじゃないでしょう。ワタキさんが言わないなら俺が指揮官に報告してきます」

「やめろ」


 ガシッと肩をつかまれた。 


 眼前で青白いくちびるが言葉をつむぐ。


「おいらお前と違って魔法が得意じゃねえからよ、報酬のいい依頼なんてそうそう受けられねえんだ。頼む、指揮官には黙っといてくれ」


 俺は言葉に詰まる。


 本当は立っているのもつらいだろうに、真剣なまなざしはなおも力強い。


 大事な家族のために働かせてくれ。真正面からそう訴えかけられたら、俺は首を縦に振るしかなかった。


 俺たちは仲間と合流して先日のように移動する。


 周りを見渡すと色の悪い顔がちらほら見られる。


 ざっと見て半数近い。体調不良に襲われているのはワタキさんだけじゃないようだ。


 それでも音を上げる人はいない。


 冒険者稼業は実力主義。一度抜けたら依頼者からの信用を失う。街に戻れば同じ依頼を受け直すのは困難だ。街に戻る前に稼ぐだけ稼ぐ。その意思がひしひしと感じられる。


 健常なメンバーでカバーできるだろうか。どうせ遮蔽物に隠れながら魔法を撃つだけだ。大事にいたらないとは思うけど。


 不安の念を渦巻かせているといつもの爆発音が聞こえた。いつも通り停滞した戦模様が広げられているようだ。


 俺は現場に駆けつけた。持ち場に着こうとして違和感を覚える。


 前線が下がっている。


 破壊の跡で多少景観が変わっているものの、原形をとどめる地形が仲間の後退を裏づける。


 俺の班の指揮官が前任指揮官に歩み寄る。


「おい、何故下がっている」

「今日は魔物の攻めが激しいんだ。飛び交う魔法の数も数倍に増えてる」

「ほう」

 

 指揮官がつぶやいて、微かに口角を上げる。


「つまり我らの兵糧攻めが効いて来たということだな。化け物どもめ、ついに焦り始めたと見える」

「だろうな。何にせよ気を抜くなよ。俺の班ではすでに十人近く負傷者が出てる。死に物ぐるいになった獣ほどやっかいな敵はないぞ」

「分かってるって」


 俺たちの指揮官はずいぶんとのんきだ。


 数年も経ったのにどうして今さら。疑問はわくが、それはこの際どうでもいい。


 今回は事情が違う。体調不良をおして参加した仲間が半数近くを占める。相手の攻撃が激しい中で戦うのは危険だ。


「ワタキさん、やっぱり街に戻った方が」

「何言ってんだ、おいらはやれる。やれるんだよ」


 ワタキさんが足を前に出す。


 他の冒険者もぞろぞろと動き出した。俺も持ち場について杖の柄を握る。


 魔法の撃ち合いをすること数分。前任者の言葉が事実であることを知るには十分な時間だった。


 先日までとは明らかに飛来する魔法の数が違う。


 それでいて魔物が遮蔽物から出てこない。今まで通り大岩や高所を利用して姿を隠しながら攻撃を仕掛けてくる。


 兵糧攻めによる飢餓で焦っている相手の動きじゃない。高所の利を活かした攻め立てはどう見ても理性ある者の動きだ。


 加えてやはりと言うべきか。今日は味方の動きが悪い。


「左翼! 弾幕が薄いぞ!」


 指揮官が怒鳴った時は一時的に魔法の弾幕が復活するものの、すぐにまた薄くなる。


 無駄弾でも牽制になる。それができなければ押し込まれる。


 魔物側もこちらの動きが悪いことに気づいたのだろう。攻撃の手がより一層激しさを増す。


 後退して体勢を立て直すが焼け石に水だ。迎撃の手が弱いこともあって、攻めの勢いが決壊したダムのごとく止まらない。


「ぐあっ!」


 離れたポイントで悲鳴が上がった。


 目に見えた崩壊が始まった。あちこちで地面の上を転がる仲間が続出する。介抱しようとした仲間が魔法で吹っ飛ばされる。


 それは俺の友人も例外じゃなかった。


「ワタキさん!」


 呼びかけてもうつ伏せの友人は返事をしない。


 俺は火球で牽制しながらワタキさんのもとへと走る。


 またたく間に俺の視界内が虹色を帯びた。


 すごい弾幕だ。万能反射装甲エンシェントアーマーがなかったら俺も肉塊に成り果てていただろう。体を見せたら死ぬ。今日の現場はそういう地獄に成り果てている。


 俺はワタキさんの近くで腰を落とした。背中越しに魔法を受け止めつつ、魔法で強化された腕力をって友人を担ぎ上げる。


 再び岩の陰に隠れて状況を視認する。


 ざっと見ても三割以上が殉職したか気を失っている。


 俺が元いた世界の部隊は三割損壊で全滅あつかいだった。一人の負傷者を連れ帰るのに二人必要と計算されていたからだ。


 この世界には身体能力を向上させる魔法がある。三割全滅の話をそのまま適用はできない。


 でも魔物が俺たちの撤退を黙って見送るはずがない。しんがりを務める人員はどうやったって必要だ。


 俺は深く空気を吸い込んだ。


「隊長、ここは退きましょう!」

 

 離れた岩陰で隊長を務める男性が目を見開いた。


「バカを言うな、これ以上前線を下げられるか! 我々の手で押し戻すんだ!」

「これ以上は本当に全滅しますよ! 部隊を壊滅させた無能になりたいんですか!」


 隊長に責任があるのは分かるけど根性論じゃどうにもならない。居座れば日が落ちる前に大半が亡き骸として転がる羽目になる。


 隊長がくやしげに奥歯を噛みしめた。


「撤退、撤退だ! 動ける者は負傷者に手を貸せ! 腕の自信のある者はしんがりを務めろ!」

「了解!」


 俺はワタキさんの身柄を仲間に預けてしんがりをつとめる。


 撤退を始めて数分後、ゲゲゲゲゲゲと特徴的な笑いが上がる。


 振り向くと、遮蔽物から出た魔物が裂けた口で弧を描いていた。


「あれは」


 見覚えがある。魔王国にて研究員として働いていた頃、改造された魔物の資料を閲覧する機会があった。


 サキュバスの異能を強化して、寝ている男性から生命力を奪うことに特化した改造種族。冒険者や兵士の体調不良が続出するのはそういうわけか。


「そりゃ食料いらないわけだな」


 改造された魔物の多くは狂暴性が増して魔族でも制御できない。各地に捨てられた個体が生態系をくずす話を聞いたことがある。


 そういった魔物は魔族にとっても駆除の対象。魔物は本能的に危機を理解して各地に散らばる。


 辺境伯軍に囲まれていれば魔族は手を出せない。


 冒険者や兵士といったエサが体調不良で離脱しても、また新しいエサが勝手に補充される。この戦場は奴らにとってパラダイスだ。

 

 事情が分かっても打つ手はない。俺たちは拠点まで逃げ帰るのに手一杯だった。

 

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