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82話 最後に立ちはだかるもの

「よし、一階に出た!」


 どこからともなくドクトルの私兵が湧いてきて、なかなか面倒だったのだけど……

 なんとか、一階まで戻ることに成功した。


 そこで、気がついた。


「この音は……」


 この屋敷を中心にして、戦争が繰り広げられていた。


 雄叫びや悲鳴。

 剣と剣がぶつかる音。

 魔法が炸裂する音。


 地下にいたから気づかなかったけど、地上はひどい有様だ。

 魔物の大群に飲み込まれたかのように、屋敷は荒れ果てている。

 それだけの激戦が繰り広げられているのだろう。


「クリフの援軍だよね? よかった、ちゃんと派遣してくれたんだ」


 今までの経験のせいか、もしかしたら……と疑うところがなかったわけじゃない。

 なので、クリフがきちんと約束を守り、ドクトルの不正を暴くために行動してくれたことをうれしく思う。


 できれば、ドクトルも捕まえて貢献したいのだけど……

 でも、ごめん。

 今はアイシャの安全を優先させてもらうよ。


「アイシャ、しっかり僕に掴まっていてね?」

「ん」


 ぎゅっと、小さな手が僕の背中を掴む。


 この手を、もう二度と離したりしない。


 そう誓い、僕達は、戦場と化した屋敷を駆ける。

 廊下をまっすぐに進み、いくらかの角を曲がる。


 ほどなくして玄関ホールに出た。

 あとは、正面ドアから外に出ればいいのだけど……


「やあ、待っていましたよ」


 最後の難関として、ドクトル・ブラスバンドが待ち構えていた。


 その手に持つのは、漆黒の剣。

 その身にまとうは、漆黒の鎧。


 完全武装で僕達の前に立ちはだかる。


「いやはや、やられてしまいましたよ。キミは、これほど大胆な決断はできないと見ていたのですが……やれやれ、私の人を見る目も衰えてしまいましたかな」

「僕が、あなたのような悪人に本気で協力するとでも?」

「私が悪人ならば、キミは協力しなかったでしょう。しかし、私はそこらの盗賊のような悪人ではない」

「……どういう意味?」


 一連の悪事には、ドクトルなりの信念がある、ということだろうか?


「私のしてきたことは、確かに悪事でしょう。しかし、私腹を肥やすために悪事をしてきたわけではないのです」

「なら、なんのために?」

「もちろん、人々の幸せを守るために、です」


 そう言うドクトルは、本気で言っているかのようだった。


「なんの力を持たない人々が幸せになるには、優れた統治者が導いてやらなければなりません。私には、その統治者たる資格がある! 優れた素質がある! 故に、人々の上に立ち、導いていく義務があるのです」

「……まさか、そのために必要なものを手に入れるために、悪事に手を染めた?」

「その通りです。世の中、綺麗事ばかりではやっていけませんからね。上に登るためには、金が必要なのですよ」

「そんな無茶苦茶な……人を幸せにするために、人を苦しめるなんて……」


 なんて矛盾。


 しかし、ドクトルは己のしていることになにも疑いを抱いていないようだ。

 絶対的に自分が正しいと、信じ込んでいる。


 この人は……ダメだ。

 価値観が独善すぎる。

 魔物と同じで話がまったく通じない。


「今回のことで、けっこうな痛手を受けましたが……しかし、まだ挽回は可能。目障りな動きをするクリフを含めて、反逆者を根絶やしにすればいい。そうすれば、私に逆らう愚か者は消える。おや? そう考えると、これはこれで良い機会なのかもしれませんね」

「……」

「そこで、改めて提案するのですが……今からでも遅くはありません。私の元につきませんか?」

「そんな提案、受け入れるとでも?」

「キミには才能がある。あの剣聖を超えるような、とてつもない才能が。殺してしまうには惜しい」

「……」

「そして、その娘を利用すれば、さらなる力を手に入れることができる」

「アイシャを?」

「強くなりたくありませんか? 誰にも負けることのない、絶対の力を手に入れたくありませんか? ならば、私の手を取るのです。さあ、一緒に……」

「断るよ」


 楽しそうにペラペラと喋るドクトルの言葉を遮り、即答した。


 片手で剣を構えて、片手でアイシャをしっかりと支える。


「あなたは、なにか勘違いしているみたいだけど……僕が欲しいのは力なんかじゃないよ」

「ふむ? ならば、なにが欲しいのですか? 金ですか? 女ですか? 名声ですか?」

「あなたには絶対にわからないものだよ。だから、あなたの仲間になるなんていうことは、絶対にない」


 言い放ち、剣の切っ先をドクトルに向けた。


 ドクトルは、無言でそれを見て……

 ややあって、ため息をこぼす。


「やれやれ……私に敵対するとは、なんて愚かな。見どころがあると思いましたが、それは力だけ。心は、とことん未熟のようですね」

「これで未熟って言われるのなら、未熟でいいよ。あなたのような、卑怯で汚い大人になんてならない」

「交渉決裂ですね」


 ドクトルの顔から笑みが消えた。


「存分に殺し合いをしよう……と言いたいところですが、その前に、その娘は背中から下ろした方がいいのでは?」

「その間に、アイシャをまたさらうつもり?」

「そうしたいところですが、あいにく、私の部下は外の相手で手一杯でしてね。ここにはいませんから、安心してください。ただ単に、巻き込んでしまうと私が困るのですよ」


 どうして、ドクトルはアイシャのことを気にかけるのだろう?

 純粋に心配している、なんてことは絶対にないだろう。


 奴隷として扱われていない。

 やけに待遇が良いなど、気になるところはある。


 ただ、それらの謎の解明は後回し。

 今はドクトルという壁を乗り越えることを考えよう。


「アイシャ、部屋の端に机が見えるよね? あそこに隠れてくれないかな?」

「うぅ……で、でも」

「大丈夫、怖がることはないよ。ちょっとだけ待ってて。そうしたら、僕が外に連れ出してあげるから」

「……うん」


 涙目になりながらも、アイシャは僕の背中から降りた。

 何度も振り返りつつも、部屋の端にある机の影に隠れる。


 ひょっこりと顔を出して、こちらを見る。

 すごく心配しているみたいだけど、でも、僕の言いつけを守り、動く様子はない。


 これなら、思う存分に戦える。


「さあ、覚悟してもらうよ!」

「……くっ、ははは、あはははははっ!!!」


 ドクトルが笑う。嗤う。嘲笑う。

 おかしくて仕方ないというかのように、表情を歪ませる。


 その顔は……

 さながら、悪魔のようだった。


「才能があるとはいえ、まだ雛鳥も同然。そのような小僧が、吠えてくれますね」


 ドクトルが剣を構えた。

 瞬間、強烈な圧が吹き荒れる。


「愚かにも私に逆らったこと……煉獄にて後悔するがいいっ!!!」

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【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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