419話 令嬢の憂鬱
「ふぅ」
私室に戻り、ナナカはため息をこぼす。
椅子に深く座り、天上を見上げた。
「なかなか思うようにいきませんね」
ケルベロスが討伐されたのはなによりだ。
あんなものを放置していたら、どれだけの被害が出たか。
そしてなによりも、自分の裏の顔がバレてしまうかもしれない。
事前に阻止することができた。
なによりだ。
「ただ……肝心のあの子が見つからないのは困りますね」
ケルベロスなんてものはおまけだ。
本当の目的は別にある。
「聖獣の幼体……必ず手に入れてみせます。私の……」
――――――――――
「名前をつけた方がいいんじゃない?」
ふと、リコリスがそんなことを言い出した。
今はナナカの屋敷に滞在して、のんびりと体を休めているところだ。
依頼は終わり。
でも、まだ頼みたいことが出てくるかもしれない。
それとお礼も兼ねて泊まっていってほしい、と言われて……
そのまま好意に甘えることにしたんだ。
「名前って?」
「その猫? のことよ」
「にゃー」
小さな翼をぱたぱたとさせつつ、猫が鳴いた。
自分が呼ばれたことを理解している様子だ。
とても賢い。
「そうですね。確かに、いつまでも名前がないと不便ですね」
「あっ、ショコラっていうのはどうかな?」
「パフェ!」
なんで甘いものなんだろう?
「あ、うん。それについては同意だけど……でも、この子を飼うってことでいいの?」
猫を抱き上げた。
にゃんと鳴きつつ、じっとこちらを見返してくる。
暴れることはない。
じっとしてて、人懐っこい感じで鳴く。
「フェイトは反対ですか?」
「うーん……この子の正体がさっぱりわからないから、なんとも」
レナが言うには、魔獣に関係しているかもしれない。
ただ僕は、聖獣っぽさを感じていた。
どことなくスノウに似ているような気がするんだよね。
まあ。
魔獣も聖獣も、元を辿れば同じ存在。
僕とレナの感想は異なっているものの、どちらも的外れというわけではないのかもしれない。
「おとーさん、この子、飼いたい!」
「えっと……」
アイシャにキラキラとした目を向けられた。
尻尾がぶんぶんと振られている。
ついつい反射的に頷いてしまいそうになって。
でも、待て待てとストップをかけた。
「こほん。すでにスノウがいるから、あまり意味のない問いかけかもしれないけど、生き物を飼うっていうのはとても大変なことで大事なことなんだよ」
「うん」
「アイシャは、ちゃんとこの子の世話ができる?」
「がんばる!」
できる、じゃなくて、がんばるか。
うん。
理想的な答えだと思う。
「じゃあ、いいよ」
「やったー! おとーさん、大好き!」
ひしっと抱きつかれた。
「じゃ、名前を決めましょ! あたしの名前をちょっとあげて、レコリス、なんてどうかしら?」
「紛らわしいよ」
「メロンなんてどうでしょう?」
「だから、なんで甘いもの?」
「クロワッサン!」
「食べ物から離れようね」
「オンッ!」
「ごめん。なんて言ってるかわからない」
……なんて。
あれこれと話をして、
「よし。今日からお前は、マシュマロだ」
結局、甘いものの名前になってしまった。
でも、毛が白くふわふわしているから、これはこれでいい名前なのかもしれない。




