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360話 乙女の戦い

「……」


 レナは無言で剣を構えた。

 その切っ先はリケンに向けられている。


 リケンの瞳に失望の色が宿る。


「愚かな。ここまで説いて、しかし、自分がなすべきことを理解できないとは」

「うるさいなあ。なすべきこととか、勝手に決めないでくれる? それ、ボクが決めることなんだけど」

「同盟に属する人斬りが普通の生活を送れるとでも?」


 レナは、今までたくさんの人を殺してきた。

 黎明の同盟のために、その手を血で汚してきた。


 たくさんの恨みを買っているだろう。

 いつか復讐者が現れるかもしれない。


 でも……


「知らないよ、そんなこと」


 普通の生活を送れるかどうか。

 これからのことなんてわからない。


 わからないからこそ、今を一生懸命に生きるのだ。

 後悔のない道を選んで、前に進んでいくのだ。


「ボクは、ボクにやれることをするだけ。今、正しいと思う選択を取るだけ……それだけだよ」


 レナが思うことは、ただ一つ。


 黎明の同盟を止めるとか。

 好き勝手してくれたリケンに復讐するとか。

 そういうことはどうでもいい。


 ただ、フェイトのことだけを考える。


 初めて好きになった人。

 心の全てを奪われた人。

 その人の力になりたい。


 だから……


「ボクは戦うよ」


 乙女は恋のために戦う。


「もういい」


 リケンは失望のため息をこぼしつつ、ゆらりと動いた。

 暗殺剣を発動させるモーションだ。


「お前は失敗作だ。もういらぬ……死ね」


 ふっと、リケンの姿が消えた。

 レナの感覚を惑わして、魔法を使ったかのように視覚外へ移動する。


 レナは完全にリケンを見失った。

 彼の言う技術は頭では理解したものの、感覚ではまだ理解していない。


 その姿を追いかけることはできず。

 気配を捉えることもできない。


 こうなると、もはやレナにできることはない。

 罠にかかった獲物のようなものだ。

 リケンに好きに調理されてしまうだけ。

 数秒後には彼の刃に倒れているだろう。


 ……そうなるはずだった。


「よし、そこ!」

「なっ……!?」


 レナはくるっと回転した。

 その勢いを乗せて刃を振る。


 そして……

 背後に回り込んでいたリケンの腹部を裂いた。


 確かな手応え。

 リケンは剣を落として、腹部の傷を手で押さえつつ、地面に片膝をつく。


「バカな……どうして儂の居場所が……」

「見えてなかったよ? 気配も感じなかったよ?」

「ならば、どうして……」

「癖なんだよねー」

「なん、だと?」

「リケンって、ここぞっていう時は相手の背後を取るよね? いつもいつもいつも、背後から奇襲をしかけるよね? だから、後ろから来ることはわかっていたんだ。ボクを確実に仕留めるため、リケンが一番慣れた方法で……背後からの奇襲をしかけるだろう、って。というか、そうなるように誘導していた自信があるよ。背後からの攻撃は、わざと食らうようにしていたからね。あ、見失ったフリも同じ」

「な……」

「あとはタイミングの問題だけど、これも簡単。いくら姿が見えなくて気配が感じられないとしても、人が動けば空気も動く。全方位、遠くまで空気の動きを察知するなんて無理だけど、背後限定なら、集中していれば問題ないんだよね。で、リケンはボクの狙い通りに背後にやってきて……というわけ」


 しばらくの間、レナはリケンと一緒にいた。

 だからこそ、彼の弱点とも呼べる癖に気づくことができた。


 レナを未熟者と侮り、慢心を抱いたリケンの負けだ。


「そんなわけで……」

「ま、待て!? 儂はこのようなところで……」

「ボクの勝ち♪」


 レナはにっこりと笑い、剣を振り下ろした。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[気になる点] リケン終わり? [一言] あっけなさ過ぎる 唯、死合いってそういうものですね。 スポーツでは無いのですから ・・・
[良い点] 自分より三下だと思ってた相手にやられる程、滑稽なものはないな。
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