346話 逃げるしかない
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
ぽつぽつと雨が降ってきた。
それはほどなくして土砂降りに変わり、一気に服が濡れてしまう。
でも、そんなことは気にしていられない。
それよりも周囲の気配を探り、敵の位置を見つけないといけない。
それができないと……死だ。
「まさか、あんなに強いなんて……」
ゼノアスのことを考える。
巨大な大剣を己の体の一部のように扱う。
隙はゼロ。
苛烈な攻撃を連続で繰り出してきて、その動きは大胆かつ繊細。
避けることも防ぐことも難しい。
「うっ……ぐぅ」
走り続けていると、脇腹の辺りに激痛が走り、よろめいてしまう。
体の内側に響くような鋭い痛み。
存在感を主張するかのように、痛みがどんどん強くなる。
たぶん、肋骨のどれかが折れたか、あるいはヒビが入ったんだろう。
奴隷だった頃、何度か骨折をしていたから覚えがある。
「我慢……しないと!」
ものすごく痛い。
ともすれば気絶してしまいそうだ。
でも、ここで足を止めるわけにはいかない。
この状況でゼノアスに追いつかれたら、そこで終わりだ。
「こんなこと……情けないな……」
短時間だけど、レナと互角に渡り合うことができた。
神を騙る魔物を倒した。
暴走する領主と決闘をして、打ち勝つことができた。
僕は強くなった。
奴隷だった頃の弱い僕じゃない。
そう思っていたのに……
「僕は……なんて弱いんだろう……」
ゼノアスに手も足も出なかった。
攻撃を防ぐのが精一杯。
まともな一撃を与えることができず、こうして敗走するだけ。
なによりも情けないのが……
「……怖い……」
手が震えていた。
どうにか止めようとするものの、止まらない。
ゼノアスと戦った時、彼に勝てるイメージを持つことができなかった。
負ける未来しか想像できない。
吹き飛ばされる。
踏み潰される。
両断される。
そんな死のイメージばかりで、なに一つ、前に進むことができない。
怖い。
怖い。
怖い。
情けないことに、僕の心は恐怖に支配されてしまっていた。
「早く……早く、逃げないと……!」
少しでも遠くへ。
ふらふらになりつつも、痛む体を前に動かして……
「見つけたぞ」
「っ!?」
恐る恐る振り返ると……
出会った時と変わらない、無表情のゼノアスがそこにいた。
「さあ、続きをやろう」
「う……く……」
「……」
震える僕を見て、ゼノアスから途端に闘気が消えた。
失望を瞳に宿して、ため息をこぼす。
「貴様ならば、と思ったが……どうやら見込み違いだったようだな」
「う、あああ……」
「ここで散れ」
ゼノアスは死神のように冷たく告げて、大剣を振り上げた。




