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29話 負けるくらいなら

 レクターの対処をさせられてしまい、シグルドは逃げる時間を得た。

 彼はアタッカーなので、体力は十分にあるだろう。

 すでに街を抜け出している、という可能性もある。


 ただ、僕はもう一つの可能性を考えていた。


 シグルドは非常にプライドが高い。

 病的と言ってもいい。


 そんな彼が、やられっぱなしで黙っていられるだろうか?

 ソフィアが一緒にいたら、さすがに手を出してくることはないだろうけど……

 僕一人なら?

 奴隷、無能と侮る僕だけならば?


 その予想は……的中する。


 魔物や獣の侵入を防ぐため、街は、ぐるりと壁に囲まれている。

 出入り口は、東西南北の四つ。


 ただ、大災害が起きた時などに備えて、普段は使われていない非常口が存在する。

 そこに移動すると……


「おらぁっ!!!」

「っ!」


 物陰からシグルドが飛び出してきて、問答無用で斬りかかってきた。

 巨大な大剣を叩きつけるようにして、僕を両断しようとする。


 ただ、それは読んでいた。


「ふっ!」

「なぁ!?」


 下からすくいあげるようにして剣を跳ね上げる。

 刃がシグルドの剣の腹を叩く。


 ギィイイインッ!!!


 ガラスをまとめて数十枚叩き割るような音。

 シグルドの剣が半ばから折れた。


 一方、僕の剣は無事。

 頑丈と聞いていたけど、これほどとは。

 改めて、この剣を貸してくれたソフィアに感謝だ。


「くそっ、バカな……なんで、てめえが俺の攻撃を防いでいるんだよ? ありえねえだろ。無能のくせに、なんでなんでなんで……!!!」

「僕は、模擬戦でシグルドに勝ったはずだけど?」


 落ち着いて、そう言うことができた。


 以前は、彼に対する恐怖があった。

 ただ、それはシグルドの実力を恐れていたわけじゃない。

 長年の奴隷生活で酷い扱いを受けていたから、逆らうことが難しく、体に恐怖が染みついてしまっていたのだ。


 でも、今は違う。

 その恐怖と苦痛は、ソフィアの温かい心が癒やしてくれた。

 僕に自信をつけてくれた。


 もう、こんなヤツは怖くない!


「おとなしく投降するつもりは……ないみたいだね」


 シグルドは獣のような目をしていた。

 ここで終わるなんてことはありえない、絶対に諦めてたまるものか、まだまだ上に上り詰める。


 ……そんなことを考えているように見えた。


「もうすぐソフィアも駆けつけてくるよ。いい加減、諦めない? なにを思って、こんなバカなことをしたのか、いまいちわからないけど……シグルド達は、もう冒険者に戻ることはできない。おとなしく罪を償うんだ」

「罪ぃ……? ははっ、この俺に罪があるだと? ……ふざけるなっ!!!」


 突然、シグルドが激高した。


「俺は、Aランクパーティー『フレアバード』のリーダーだ! 誰もが一目置く、一流冒険者だ! そんな俺に罪がある? そんなわけないだろうっ!!! ふざけたことを言うな! 俺が悪いわけねえ、全部全部全部、てめえのせいだろうが! てめえが、てめえが俺達に歯向かうから、生意気なことをするから、だからっ!!!」


 シグルドに対する恐怖は克服したはずなのだけど、それでも、一瞬、気圧されてしまう。

 それほどまでに、彼が抱える想いは歪んでいた。


 ここまでなんて……


 唖然とするものの、すぐに我に返った僕は剣を構え直した。

 もう言葉では止まらない。

 実力行使あるのみだ。


 そして……今度こそ、僕は過去に決着をつける。


「……俺に勝てるつもりか?」

「つもりとか、そういうのはどうでもいいんだ。勝つ。それだけだよ」

「くそっ、まだ生意気なことを……いいぜ! ここで、グチャグチャに叩き潰してやるよぉおおおおお!!!」


 シグルドは小瓶を取り出して、ドロリと粘度の高い液体を飲み干した。


「それは……?」

「ぐううう……はっ、ははは! コイツは、力を何倍にも引き上げる薬だよ。俺の切り札さ。まあ、理性が飛ぶから、使う機会なんて今までなかったんだけどな……でも、今しか、ねえ……!!!」


 シグルドの筋肉が膨れ上がり、その体が一回り大きくなる。

 血管が浮き上がる。

 目が充血して、赤くなった。


「ぐっ、があああ……この力が、あればぁ、てめぇごとき……!!!」

「そんなものを使って僕を倒したとしても、逃げられるわけが……」

「負けるよりはマシだ!!!」


 口から泡を散らしながら吠えて、


「いくぜぇ……ぶっ潰れろぉおおおおお!!! ぐぉおおおおおっ!!!」

「っ!?」


 再びの突撃。


 とても単純な動きで、技術というものがまったく感じられない。

 しかし、その速度はさきほどと比べ物にならなかった。

 まるで、ソフィアと対峙しているかのようだ。


 驚異的な速度で迫るシグルドは、折れた剣を鈍器のように扱い、叩きつけてくる。


「ぐっ!?」


 避けることは難しく、剣を盾のように使い受け止めた。


 ズンッ、と全身に圧力がかかる。

 巨人に押さえつけられているかのようだ。


 スピードだけじゃなくて、パワーも桁違いに上がっている。


「おぉおおおおおっ!!!」


 理性が飛んできているらしく、その瞳に、もう正気の色はない。

 デタラメに拳を振り回してくるだけだ。


 以前、模擬戦で激突した時は、ソフィアには遠く及ばないものの、それなりの剣技を見せていたのだけど……

 今は、技術の欠片もない。

 強引に力をぶつけてくるだけだ。


「でも、これは……くうううっ、けっこうキツイかも」


 子供がダダをこねているような感じで、シグルドはデタラメな動きで剣を叩きつけてくる。

 もう片方の手も鈍器のように使い、殴りつけてくる。


 技術はないのだけど、パワーとスピードは圧倒的だ。

 対処することが難しい。


「だけど!」


 技術がないため、定期的に隙が露出する。

 わずかな時間ではあるのだけど、カウンターに移る機会がある。


 慎重に見極めて……


「ここだ!」


 シグルドの剣をギリギリまで引きつけてから避けて、横を駆け抜けるようにして、ヤツの分厚い脇腹を斬る!


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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「鏖殺」は「皆殺し」の意味なので、対象がフェイト単独の場合には適さない言葉です。 不良・ヤンキー物作品に出る「全殺し(=半殺しからの発展型形容)」とは異なります。 単語を変更される方が…
[良い点] おもしろかったです! 続き期待します
[一言] このままあの世にいかしてやるのも慈悲の気も。 どうせ裁判死刑か、犯罪奴隷落ち当たりでしょ、奴。
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