211話 懐かしい天井
「……ん?」
ふと、目が覚めた。
目を開けると、見慣れない天井が。
見慣れないけど……
でも、どこか見覚えがある、懐かしい天井だ。
「……あ、そうか」
スノウレイクに帰ってきたんだっけ。
それで、そのまま家に泊まったんだ。
家は大きく改装されていたけど、でも、僕の部屋はそのままで……
懐かしい気分で、ぐっすりと眠ることができたんだ。
「んーっ!」
起き上がり、そのままぐぐっと背伸びをした。
寝起き特有の気だるい感じが吹き飛んでいく。
代わりに、朝のさわやかな空気を取り込み、頭をしゃっきりとさせた。
「帰ってきたんだよね……」
こうして家で一晩を過ごしたけど、まだ実感が湧いてこない。
夢を見ているようだ。
奴隷に落ちた頃は、こうして家に帰れるなんて思ってなくて……
何度も父さんと母さんの夢を見たものだ。
でも、ソフィアに助けてもらった。
その後も、リコリスやアイシャに助けてもらった。
そうして今、ここにいる。
「うん!」
人の縁というものは大事だ。
とても奇妙なもので、そして、時に温かい。
この手に得た絆を、これからも大事にしていきたいと、改めてそう思った。
ギィ。
そんなことを考えていると、扉がゆっくりと開いた。
改装したばかりらしいけど、立て付けが悪いところは変わっていないらしく、少し音がするんだよね。
姿を見せたのはアイシャだ。
犬耳をピクピクさせつつ、尻尾をふりふり。
そのまま僕のベッドの近くにやってきて……
「あ」
目が合う。
すると、なぜかしょんぼりした顔に。
「おはよう、アイシャ」
「おはよう、おとーさん」
「えっと……どうしたの? なんか、落ち込んでいるみたいに見えるけど」
「おとーさんを起こそうと思って……」
「ああ、なるほど」
でも、先に起きていた。
自分の仕事がなくなってしまい、残念に思っていたのだろう。
「えっと……ね、眠いからまた寝ようかなー」
大根役者だなあと苦笑しつつ、僕はベッドに横になった。
布団をかぶり、すかーすかーと寝息を立ててみせる。
「あっ」
薄目で見てみると、アイシャはうれしそうな顔に。
トテトテとこちらにやってきて、横になる僕の体を揺する。
「おとーさん、起きて。朝だよ、起きて」
「うーん」
「起きて、おとーさん」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
ゆさささささ!
ぶんぶんぶんぶん!!!
「えっ、ちょ……」
「おきてー!」
僕を起こすため、アイシャは僕を揺する。
何度も揺する。
獣人の、ちょっと強い力で、それこそ全力で揺する。
「おとーさん!」
「うわわわっ……!?」
これはたまらないと、僕は慌てて起きた。
「お、おはよう、アイシャ」
「おとーさん、起きた?」
「う、うん。ありがとう、起こしてくれて」
「えへへー」
にっこりと笑うアイシャ。
かわいい。
「おじーちゃんとおばーちゃんが、ごはんを作ってくれているよ」
「え? ……あ、父さんと母さんのことか」
アイシャからしたら、おじいちゃんおばあちゃんになるんだよね。
そういうイメージがまったくなかったせいか、一瞬、誰のことか迷ってしまった。
「すぐに着替えていくよ、って伝えてくれる?」
「うん」
アイシャは尻尾をぱたぱたと振って、部屋を出ていった。
子供は元気だなあ。
僕はもう、朝からあんなふうにはしゃぐことはできない。
「……うーん、アイシャと一緒にいるから、精神的に老けたのかな?」
そんなことを思いつつ、軽いショックを受けて……
まあ、それはそれで幸せな老け方なのかも。
なんて自分を納得させて、着替えるのだった。




