195話 災厄
「ガァアアアアアッ!!!」
ブルーアイランドを覆い尽くすかのように、獣の声が響いた。
その声は刃のように鋭く。
怨霊のようにおどろおどろしく。
そして、激しい怒りに満ちていた。
「な、なんだあの化け物は!?」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
「くそっ、暴徒の対処で手一杯なのに、こんなやつが現れるなんて」
「なんなんだよ、今日っていう日は、いったいどうなっているんだ!?」
その獣は災厄と呼ぶ以外にない。
巨大な体は、歩くだけで大地を揺らして。
鋭い爪は、石や鉄を簡単に貫いて。
漆黒の毛は鎧のように固く、刃を通さない。
冒険者や騎士、憲兵達は絶望する。
こんなヤツ、いったいどうすればいい……?
――――――――――
「追いついた!」
走ること少し……
街の中心部で暴れているスノウに追いついた。
すでに戦闘が開始されていた。
冒険者や騎士達が武器や魔法で攻撃する。
剣、斧、槍、弓、槌……
火、水、土、風、雷……
ありとあらゆる攻撃が撃ち込まれるものの、スノウは健在だ。
どれもダメージを与えることができていない。
「ガァッ!!!」
スノウは怒りに吠えて、突撃した。
単なる突撃だけど、あの巨体でそんなことをされれば、それだけで即死級の兵器となる。
冒険者や騎士達は、慌てて散開。
ドガァッ!!!
スノウは頭から2階建ての建物に突っ込み、崩落させた。
巨大化したばかりだからなのか、自分の体をうまくコントロールできていないみたいだ。
おかげで、というべきか、まだ死者はいなさそう。
ただ、怪我人はたくさん。
崩落した建物に巻き込まれそうになったり……
飛んできた瓦礫がぶつかり、血が流れたり……
次々と脱落者が増えていく。
問題はそれだけじゃない。
ある程度の数を減らしているものの、暴徒は未だ健在で、暴れ続けている。
憲兵達が主導になって、市民達の避難をさせているが、スノウのせいでうまくいかない。
……状況は非常に厳しい。
「フェイト、どうするのよ!?」
「……おとーさん……」
「……」
リコリスの焦り顔なんて、初めて見たような気がする。
アイシャは泣きそうになっていて、すがるようにこちらを見ていた。
少し考えて、結論を出す。
「リコリス、アイシャをお願い。少しなら、守れるよね?」
「そりゃ、まあ……フェイトは、どうするつもりなのよ? もしかして、スノウを……」
「うぅ……」
リコリスは気まずい顔になり、その先の台詞は口にしない。
でも、アイシャはそれだけで察したらしく、さらに表情が歪んでしまう。
そんな娘の頭を、ぽんぽんと撫でた。
それから、安心させるように笑顔を向ける。
「大丈夫だよ」
「おとーさん……?」
「スノウを殺したりなんかしない。でも、放っておくことはできないから、どうにかして止めてみせるよ」
出会ったばかりだけど……
でも、スノウは家族だ。
見捨てるなんてことはしない。
切り捨てるなんてこともしない。
絶対に助けてみせる!
「とはいえ……」
今のスノウは、たぶん、SSSランク級の力を持っているだろう。
ソフィアならなんとかなるだろうけど、僕だと力不足。
たぶん、返り討ちに遭う。
「それでも」
僕だって、男だ。
大事な娘の涙を止めるため。
大事な家族を取り戻すため。
ここで立ち上がらなければ、なんのために剣を持っているのか?
なんのために冒険者になったのか?
「よし……いくよ!」
僕は、雪水晶の剣をしっかりと握りしめて、暴れるスノウに向けて突撃した。




