164話 獣人研究家
数日後。
再び獣人研究家の家を訪ねてみると、中から生活音が聞こえてきた。
「よかった、帰ってきているみたいだね」
「はい。また留守だったらどうしようと思っていましたが、一安心です」
アイシャについて、なにか新しい情報を得ることができるだろうか?
期待しつつ、扉をノックする。
「すみま……」
「おわぁあああああ!!!?」
ガラガラガラドガシャーン!!!
ノックをした直後、悲鳴が聞こえてきた。
ついでに、なにかが崩落するような音。
「え?」
「今、なにが……?」
僕とソフィアは、思わずぽかんとしてしまう。
アイシャはちょっと怯えていた。
「このあたしを待たせるなんて、なってないわねー」
リコリスはマイペース……
というか、ちょっと偉そうだった。
「今の、なんだろう……?」
「なにかが起きたことは間違いないと思いますが……もしかして事故が?」
だとしたら大変だ。
すぐに状況を確認した方がいいかもしれない。
でも、その場合は強引に立ち入らないといけないわけで……
どうしよう?
「はいはーい、今出るよー」
迷っていると、そんな呑気な声が聞こえてきた。
よかった。
なにか起きたことは間違いないだろうけど、怪我をしたとかそういうわけじゃなさそうだ。
「はい、こんにちはー」
扉が開いて、メガネをかけた女性が姿を見せた。
見た目は幼く、十二歳くらいに見える。
背も低く、体も細い。
そんな姿なのに、とても大きな白衣を身に着けていた。
ダボダボで引きずってしまっているのだけど、それを気にしている様子はない。
「どちらさまかな?」
「あ……僕は、冒険者のフェイト・スティア―ト」
「私も冒険者で、ソフィア・アスカルトと言います。この子はアイシャちゃん。それと、妖精のリコリスです」
「こんにちは」
「はい、どうも丁寧に。私は……おっ……おおおおおぉ!!!?」
突然、女性が大きな声をあげた。
ぐぐっと詰め寄るようにして、アイシャに強い視線を注ぐ。
その目は、ぴょこぴょこと揺れる耳と、ふりふりと動く尻尾に向けられている。
「あなたは獣人!? 獣人だよね!?」
「は、はい……」
「うひゃあああああ!!! まさか、ウチに獣人がやってくるなんて! すごい、すごすぎる! なんていう日なの、今日は! 女神さまに感謝よ!」
「あう……」
ものすごいテンションが高くなり、狂喜乱舞という言葉がぴったりといった様子で、女性がはしゃぐ。
正直、異様だ。
アイシャはちょっと怯えていた。
「あの……」
「はっ!?」
思わず呆れた視線を送ってしまうの。
それに気がついた女性は、ピタリと硬直した。
そして、たははと困り顔をして頭をかく。
「いやー……ごめんごめん。獣人研究家をやっているんだけど、本物の獣人を見たことは数えるほどしかなくて。ついつい興奮しちゃった」
「え? それじゃあ、あなたが……」
「名乗り遅れたね。私は、獣人研究家のライラ・イーグレットだ」
――――――――――
ライラ・イーグレット。
獣人研究家。
見た目は幼いのだけど……
驚くことに、今年で三十になるという。
獣人よりも彼女の方が謎だ。
とにかくも。
自己紹介を終えた後、僕達は彼女の家の中へ。
「うわぁ……」
ライラさんの家は、あちらこちらに書物が積み重ねられていた。
よくわからない道具もたくさん転がっている。
足の踏み場がないほどで、ちょっと片付けなければいけなかったほど。
「いやー、ごめんね。来客なんてぜんぜんなかったから、ちょっと散らかってて」
「ちょっと……ですか」
ソフィアの顔がちょっと引きつっていた。
「あ、お茶くらいはあるよ。コップがないから、このビーカーになるけど。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ビーカーで飲むお茶……なんかシュールだ。
ただ、アイシャとリコリスは気にしていないらしく、さっそく口をつけていた。
そして、ほんわりと幸せそうな顔に。
なかなかどうして、味はおいしいらしい。
「それで、なにか私に用かな?」
「アイシャちゃん……というか、獣人について色々と知りたいと思いまして」
「ふむ? 獣人について教えてほしいというのなら、色々と語ろうじゃないか。講義は嫌いじゃないからね。ただ、どうして知りたいのか理由を教えてくれるかな?」
「それは……」
ソフィアが困った様子でこちらを見た。
僕達が獣人のことを知りたいと思ったのは、レナや魔剣の事件があったからだ。
果たして、それを話していいものか。
「……ソフィア、話してみよう」
「いいのですか?」
「うん。僕の勘だけど、ライラさんは信用できると思うんだ」
「わかりました。フェイトがそう言うのならば」
そうして、僕らは一連の事件について説明するのだった。
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