150話 行かないでおくれ
一週間が経過して……
今日、リーフランドを発つことにした。
たくさんの荷物が入った大きなリュックを、僕とソフィアが背負う。
手伝いたいということで、アイシャも小さなリュックを背負っていた。
リコリスは、アイシャの頭にライドオン。
「お世話になりました」
見送りに来てくれたエドワードさんとエミリアさんに頭を下げる。
ずいぶんと長い間、お世話になった。
感謝だ。
「ふふ、いいのですよ。スティアートくんは、将来の息子なのですから」
「えっと……」
そう言ってもらえるのはうれしいのだけど、エドワードさんは問題ないのかな?
ちらりと見ると……
ややつまらなそうな顔をしていたものの、以前のように声高に反対する様子はない。
少しは認められた……のかな?
だとしたら、うれしい。
完全に認めてもらえるように、もっともっとがんばらないと。
「お父さま、お母さま。また旅に出ることになりますが、どうかお元気で」
「ソフィアも、体には十分に注意してくださいね」
「日々の鍛錬を忘れるでないぞ」
「はい、もちろんです」
「……小僧も、ほどほどに気をつけるといい」
「あ……はい!」
うれしい。
アイシャみたいに尻尾が生えていたら、きっと、ぶんぶんと左右に揺れていただろう。
「むう……フェイトがお父さまに寝取られる? そんなことは……」
なにやらソフィアがとんでもない勘違いをしていた。
下手に口を出すと、さらに場が混乱してしまいそうなので、後で間違いを訂正することにした。
「おじーちゃん、おばーちゃん」
「おぉ、なんだい、アイシャ?」
途端にエドワードさんの顔がだらしないものに。
すっかりアイシャの魅力にやられてしまっているみたいだ。
「また、遊びに来ても……いい?」
「うむ、うむ。もちろんだとも」
「ぜひ、遊びに来てくださいね」
「というか、このままウチに留まらないか? 二人の旅についていくなんて、危険だろう? うむ、そうした方がいい。そうしなさい」
「「はぁ……」」
必死にアイシャを引き留めようとするエドワードさんを見て、母娘は同時にため息をこぼした。
「旦那さま、アイシャちゃんと離れたくないのはわかりますが、わがままを言わないでください」
「わ、わがままなどではないぞ? 旅に出るよりも、我が家にいる方が安全で……」
「それは屁理屈です」
「そうです、お母さまの言う通りです」
「ぐぬぬ……」
「アイシャちゃんのことを調べる旅なんですから、さすがに本人がいないとダメです」
「し、しかし危険では……」
「私の傍にいることがもっとも安全です」
ソフィアが胸を張って言う。
なぜか、リコリスがそれを真似する。
妖精って、ノリだけで生きているのかな……?
「む、むう……」
エドワードさんも、理屈ではわかっているのだろう。
でも、感情が納得してくれないらしく、未練がましそうに何度もアイシャを見ていた。
「やれやれ、困ったおっちゃんねー。娘に会いたくて、無理難題ふっかけて呼び戻したかと思えば、孫娘の魅力にメロメロでワガママ言うなんて」
「しー……リコリス、聞こえちゃうよ」
「ふふん。こんな時は、この天才美少女妖精アイドルリコリスちゃんにお任せよ!」
「えっと……お願い」
本当にお願いしてもいいのか?
少し迷ったものの、他に妙案がないので頼むことにした。
リコリスはひらりと舞い上がり、エドワードさんの耳元へ。
「ねえねえ、おっちゃん」
「なんだ、二人と一緒にいる妖精か……なんの用だ?」
「ちょっと話があるんだけど……」
こそこそ、こそこそ。
なにやら内緒話をしているのだけど……
リコリスがとても悪い顔をしていた。
「なっ……!? がっ、ぐううう……」
ややあって、エドワードさんがひどく衝撃を受けたような顔をして、地面に膝をついてしまう。
それを見たリコリスは満足そうに、ひらりと舞い戻る。
「ほら、おっちゃんを黙らせてあげたわ。これで問題ないわね」
「……リコリス……」
「お父さまになにを言ったのですか?
「ふふん、簡単なことよ。これ以上ワガママを言うと、アイシャに嫌われるわよ、ってね。あと、アイシャのモノマネをして、おじーちゃん嫌い! とも言っておいたわ」
「「うわぁ」」
僕とソフィアはドン引きだ。
今のエドワードさんにとって、それは致命傷にもなりえる言葉の刃だ。
さすがに同情してしまう。
「えっと……お、お父さま? 今度は、なるべく家に帰るようにしますから」
「も、もちろん、アイシャも一緒です!」
「……」
ダメだ。
僕達の声が届いていないらしく、エドワードさんはうなだれたまま、放心していた。
ちょっとかわいそうだけど……
でも、それだけアイシャのことを好きになったという証でもあって……
そのことがうれしかった。
血が繋がっていなくても、アイシャは僕達の大事な娘だ。
そんなアイシャを受け入れてくれて、好きになってくれて……ありがとうございます。
「旦那さま、いつまでも放心していないで、きちんと見送りをしないといけませんよ。もしかしたら……」
エミリアさんが、エドワードさんに小さな声でなにかささやいた。
すると、エドワードさんの瞳に生気が戻る。
「ブルーアイランドまでは遠い。十分に気をつけるように。もしもなにかあれば、私達を頼るといい」
何事もなかったかのように立ち上がり、威厳たっぷりに言う。
……いや、威厳なんてもうないんだけどね。
「……お母さま、お父さまになんて?」
「……二人目の孫ができるかもしれませんから、それを楽しみにする、というのもアリなのではありませんか? と」
「……お、お母さま!? そ、そのようなことは、その、あの……あう」
「……ふふ。ソフィアは、イヤなのですか?」
「……そ、そんなことは! むしろ、今すぐにでも……」
とんでもない会話が聞こえてきたような……
うん。
僕はなにも聞いていない。
「フェイト、期待してる?」
リコリスがニヤリと笑うけど、それも聞こえなかったことにした。
「それと……」
エドワードさんがこちらを見た。
気まずそうにしつつ……
しかし、ハッキリと言う。
「フェイトくん」
「あ……」
初めて名前で呼ばれた。
「……また、遊びに来るといい。いつでも歓迎する」
「はい!」
しっかりと頷いた僕に、エドワードさんも小さく笑ってみせるのだった。
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