134話 襲撃者
「あむ、あむ、はむっ」
アイシャは小さな口をいっぱいに開けて、フォークをぐーの手で握り、ホットケーキをぱくぱくと食べていた。
はちみつで口の周りが汚れて、ホットケーキの欠片がぽろぽろと落ちてしまっている。
それでも止まらない。
尻尾をぶんぶんと勢いよく左右に振りつつ、夢中になって食べている。
それくらい、エミリアの焼くホットケーキは絶品だった。
「アイシャちゃん、おいしい?」
「うん、おいしい!」
キラキラと目を輝かせつつ、アイシャは頷いた。
そんな孫娘を見て、エミリアはとてもうれしそうに笑う。
自分が作ったお菓子をおいしいと言ってもらえることは、とてもうれしい。
相手が孫娘であるのならば、なおさらだ。
「アイシャよ、おかわりはいるか? おじいちゃんが切り分けてやろうか?」
「もうちょっと、食べたいかも」
「よしよし。では、半分ほどか……せいっ」
エドワードは、日頃から鍛えている剣の腕を惜しむことなく使い、ホットケーキを綺麗に半分に斬る。
完全に技術の無駄遣いだ。
しかし、アイシャはパチパチと拍手をして喜ぶ。
その度に、エドワードはでへれというだらしのない笑みを浮かべる。
かわいい孫のためならば、最高級の剣と技でホットケーキをいくらでも斬ってみせよう。
わりと情けない決意を固めるエドワードであった。
「あー……」
アイシャはおかわりのケーキを食べようとして、
「……うぅ?」
ふと、フォークを持つ手が止まる。
尻尾がピーンと立ち、毛が膨れ上がる。
耳は落ち着きなくぴょこぴょこと揺れた。
「どうしたの、アイシャちゃん?」
「もしかして、お腹いっぱいになったのかい?」
「うう、ん……なにか、いやな感じがするの……」
「嫌な感じ、ですか?」
エミリアは周囲の気配を探るように、目を閉じて集中して……
次いで、険しい表情に。
「旦那さま」
「うむ……何者かわからぬが、不届き者が現れたみたいじゃな」
気がつけば、屋敷を取り囲むように複数の人の気配があった。
その存在を隠そうとしていないのか、いずれも強い殺気を放っている。
「エミリアよ。今、屋敷にいるのは儂らだけか?」
「はい。使用人達は皆、外に出ております」
「ふむ……ちょうどいい」
エドワードは部屋の端にある剣を持ち、刃を抜いた。
「守る者が一人ならば、かえってやりやすいというもの。そして……」
ガシャンッ! と窓が割れて、そこから覆面をつけた男が二人、飛び込んできた。
それぞれ短剣を手にしている。
刃が紫色に濡れているのは、毒を使用しているからだろう。
普通の人は、毒を見れば警戒するだろう。
しかしエドワードは違った。
「ふん、姑息な手を使う。そのような者に儂が負けるわけなかろう!」
エドワードは怯むどころか、逆に戦意を上昇させた。
敵が動くよりも先に自分が動く。
風のような動きで覆面の懐に潜り込み、剣の腹でその頭を殴り倒した。
返す剣で二人目の脇腹を打ち、ほぼほぼ同時に地に沈める。
「弱いな。一から訓練を詰み直してくるがよい」
覆面は決して弱くはない。
エドワードの門下生で覆面に勝てるものは、数えるほどしかいないだろう。
しかし、それ以上にエドワードの方が圧倒的に強い。
ましてや、今はアイシャがいる。
孫娘の前でかっこいいところを見せようとするエドワードは、普段の三割増しの力を発揮していた。
覆面が次々となだれ込んでくるものの、全て返り討ちにしていく。
そんな鬼神のごとき活躍を見せるエドワードに恐れをなしたのか、覆面達は作戦を変更する。
「お前達は男を止めておけ! その間に、俺達が目標を確保する!」
「むっ!?」
さらなる増援。
その半分がエドワードに向かい、もう半分がエミリアとアイシャを狙う。
いや。
正確に言うのならば、アイシャだけを狙っていた。
「エミリア!」
エドワードが叫ぶ。
しかし、それは悲鳴ではない。
「遠慮はいらん、叩き潰してしまえ!」
「もちろん、そのつもりです」
覆面が迫る中、エミリアはあくまでも笑みを浮かべたまま。
そして、覆面の攻撃をすり抜けるように避けてみせた。
「なっ!?」
必殺のはずの一撃が避けられて、覆面が動揺する。
その隙を見逃さない。
「がっ!?」
「ぐぅ!?」
「ぎゃあ!?」
いつの間にか、エミリアの手には剣が握られていて……
三人の覆面が宙に舞う。
「わぁ」
魔法でも見たような気分になり、アイシャは怖がるよりも先に驚いた。
そして、エミリアの活躍をすごいと思った。
「おばーちゃん、強い?」
「はい、そうですよ。アイシャちゃんのおばーちゃんは、とても強いのです」
「すごい、ね」
「ふふ、ありがとう」
エミリアは内緒の話をするように、そっと言う。
「実のところ、私は旦那さまよりも強いのです」
「おー」
「なので、アイシャちゃんは絶対に守るので、安心してくださいね」
アイシャを安心させた後、エミリアは愚かな襲撃者達に向き直る。
その顔は笑っているが、目はまったく笑っていない。
「屋敷に土足で踏み入るだけではなくて、孫娘を狙うなんて……ふふ、覚悟してくださいね?」
アイシャは思う。
やっぱり、エミリアはソフィアの母親なのだなあ……と。
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