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132話 渡さない

 リコリスにナビゲートしてもらい、屋敷へ潜入した。

 本気を出したリコリスはすごくて、今のところ誰にも見つかっていない。

 屋敷の奥へ奥へ進んでいく。


 そして……途中で、ふと気がついた。


「ねえ、リコリス」

「なによ?」


 先を行くリコリスが羽を止める。


「道は合っているんだよね?」

「ええ。この天才美少女ナビゲーターハイパーリコリスちゃんによれば、こっちの方からソフィアの気配がするわ」

「うーん」

「なによ?」

「なんか、誘われている気がするんだよね」


 けっこう奥まで来たのだけど、未だに誰とも出会っていない。

 警備の兵も見かけていない。


 少し都合が良すぎるような気がした。

 そんな懸念を口にすると、


「フェイトは心配性ねー。なにもないんだから、それでいいじゃない」

「そうかな?」

「そうよ。きっと、女神さまがあたし達の味方をしてくれているの。だって、このあたしがいるんだから!」


 たまに思うんだけど、リコリスのこの自信はどこから来ているのだろう?

 とても不思議だ。


「ふむ、なかなかに鋭いようですね」

「っ!? 誰だ!」


 不意に男の声が響いた。


 いつからそこにいたのか?

 振り返ると、細身の男の姿が。

 エドワードさんとエミリアさんから聞いた特徴と一致する。


「あなたがアイザック・ニードル?」

「おや、俺のことを知っているとは。単なる賊ではないようですね。もしかして、我が愛しの妻ソフィアの関係者かな?」

「……」


 僕は無言で剣を抜いた。


 あなたにソフィアは渡さない。

 そんな意思表示のつもりだった。


「やれやれ、いきなり剣を抜くとは。これだから庶民は困る。礼というものを知らないのですか?」

「あなたには、礼をもって接する必要はないと思うので」

「言ってくれますね」


 アイザックは舌打ちをする。


「まあ、俺は寛容な男です。庶民ごときの失礼な言葉、見逃してやりましょう」

「それはどうも」

「ほら」


 アイザックは革袋を僕の手前に放る。

 警戒しつつ革袋の中身を確かめると、金貨がギッシリと詰まっていた。


「これは?」

「それで手を引きなさい」

「……」

「今なら不法侵入もなかったことにしてあげましょう。その金も、我が妻を連れてきてくれた礼として、くれてやりましょう」

「……」

「どうですか? 悪い話ではない……というか、良いことしかないでしょう? あなたのような者には、一生働いても手に入れることのできない大金ですよ」


 うーん。

 この人は、いったいなにを言っているんだろう?

 自分に酔っているというか、人の話を聞かないというか……


 僕がここまで来ている時点で、絶対にソフィアのことを諦めるわけがないと、そう理解してもおかしくはないのだけど。


「あんたバカ?」


 僕の気持ちを代弁するかのように、リコリスが辛辣かつ、シンプルな暴言を吐く。


「お金でソフィアのことを諦めろとか、典型的な悪役のやることね。こんなところにいないで、舞台にでも上がった方がいいんじゃない? あんたみたいな悪役、今時、けっこう貴重よ? っていうか、あんた顔は良いけどモテないでしょ? 金で女の子をどうこうするなんてヤツ、腐りきってるからねー。だから、無理矢理なんでしょ? あ、かわいそ。モテなさすぎてこんなことするなんて、本気で同情するわ……よしよし」

「……」


 プツン、とアイザックの理性が切れる音がした……ような気がした。


 リコリスもそれを察したらしく、慌てて僕の頭の後ろに隠れる。


「さあ、フェイト! やっちゃいなさい! 悪の親玉を倒して、さらわれたお姫さまを取り返す時間よ!」

「いや、まあ、がんばるけど……リコリスのそれ、クセなの?」


 煽るだけ煽っておいて、最後は僕にバトンタッチ。

 アイシャの教育に悪そうだから、やめてほしいんだけど……


 うーん。

 でもリコリスのことだから、やめられないんだろうなあ。

 意識的に煽ってるわけじゃなくて、たぶん、本能でやっているんだと思う。


「残念ですよ」


 アイザックが一歩、前に出た。


 僕はしっかりと剣を握り、構える。


「俺としては、穏やかに解決したかったんですけどね」

「ソフィアをさらっておいて、よくそんなことが言えるね」

「彼女は、俺の妻となる女性です。ならば、なにをしても問題ないと思いませんか?」

「思わないよ。女の子には、もっと優しくしないとダメなんだ。そんな基本もできないあなたが、ソフィアと結婚するなんてありえない」

「貴様……」

「まだまだ未熟な僕だけど……でも、これだけは言えるよ」


 アイザックの目をしっかりと見て、力強く言う。


「ソフィアに、あなたなんかはふさわしくない。絶対に渡さない!」

「……」


 プツンと、再びアイザックがキレる音が聞こえたような気がした。


 リコリスは困ったことをするな、って考えていたけど……

 でも、僕も同じことをしているような気がした。

 自信たっぷりにする相手に、あなたの全部がダメですよ、と告げたようなものだからね。


 でも、仕方ない。

 うん、仕方ない。


 僕も男だ。

 好きな女の子が無理矢理さらわれているのに、黙っているわけにはいかない。


 ……怒っていないわけがない!


「本当は、あの女は二の次だったが……それでも、そこまで言われると頭にきますね」

「なんだって?」


 ソフィアが二の次?

 なら、アイザックの本当の狙いは?


「いくよ」


 ここまでくれば実力行使あるのみ。

 ソフィアを取り戻せば、アイザックに非があることが証明されるし……

 証明されなかったとしても、ソフィアを取り返すことができたのなら、それでいい。


 僕は床を蹴り、アイザックに迫る。

 剣を右から左へ薙ぐ。

 一応、刃は横にして、剣の腹で叩くようにするのだけど……


 ギィンッ!


 アイザックも剣を抜いて、僕の一撃を防いだ。


「なっ……!?」


 僕の一撃が防がれたけど、それについて驚いたわけじゃない。

 問題は、彼が抜いた剣だ。


 刀身は夜の闇を凝縮したかのような漆黒。

 柄に赤い宝石がハメこまれている。


「魔剣……?」

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[良い点] リコリスはいちいち名前の前に何か言わないと気がすまんのかいな?? というより、絶対に自分がなんて言ってたか覚えてないよね。 困ったちゃんだなあ〜。 同じ妖精のなじみでルナに教育してはどうか…
[良い点] リコリス節 (笑) が今日も炸裂‼︎ 宮田のカウンター張りの切れ味 ・・・ まさに伝家の宝刀ですね! もう世界タイトル (何の⁉︎) 狙っちゃいます? [気になる点] また同タイプの悪…
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