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120話 全てを……

 こうして対峙しているだけで、体の震えが止まらない。

 恐怖で心が折れてしまいそうになる。


 それでも。


 僕は我慢をして、剣を握り、地面を蹴る。


「やぁあああっ!!!」


 全力、全速の一撃を叩き込む。

 我ながら、それなりの攻撃を繰り出すことができたと思うのだけど……


 しかし、僕の剣がソフィアに届くことはない。


 幻のようにソフィアの姿が消えて、僕の剣は宙を薙ぐ。

 直後、右側から強烈なプレッシャーが。

 反射的に、振り抜いたばかりの剣を強引に傾けて、盾とした。


 ギィンッ!!!


 痛烈な衝撃と共に、遠くまで吹き飛ばされた。


「あっ……」


 あちらこちらの痛みを無視して起き上がると、真ん中から折れた剣が見えた。


 この剣は、今日の稽古のために、街の武具店で買ったものだ。

 名剣というわけではないのだけど、でも、複数の金属を重ねた合金製で、よほどのことがないと折れないと聞いていたのだけど……


 あっさりと折れていた。

 いや。

 それだけソフィアがすごいということか。


 今の一撃も、全力ではないと思う。

 牽制の一撃にすぎないと思う。

 それで、こんな風に剣を叩き折ってしまうなんて。


「どうしました? もう終わりにしますか?」

「ううん、まだまだ!」


 剣を交換して、再び構える。


 今までの稽古では、僕は、そこそこソフィアと戦うことができていた。

 身体能力と才能がすごいらしく、勝つことはできないものの、それなりの時間、食らいつくことができた。

 ある程度の自信があった。


 でも、それは思い上がりだ。

 稽古では、僕はソフィアとそれなりの間、戦うことができるかもしれない。


 しかし、真剣勝負となれば別だった。

 限りなくそれに近い稽古では、僕の力なんてちっぽけなもの。

 彼女にぜんぜん届くことなく、いいようにあしらわれてしまう。


 それでも。


「はぁあああっ!!!」


「やあっ!!!」


「うわあああぁ!!!」


 やはり、僕の剣は一切届かない。

 何度も何度も吹き飛ばされて、あるいは眼前に剣を突きつけられて。

 これが実戦だったら、僕はもう、百回以上死んでいるだろう。


 稽古を始めて、何時間が経っただろう?

 全身はボロボロだ。

 骨が折れているとか、致命傷とか、ソフィアが気をつけてくれているため、そういうことはないのだけど……

 それ以外の傷はあちらこちらにあって、こちらの方がキツイかもしれない。

 真綿で首を締められるような苦しさ、辛さがあり、体と心が悲鳴をあげていた。


「……まだ続けますか?」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……も、もちろん!」

「何時間も剣を交わして、未だ、一度も私に届いていません。それでも、まだ続けますか?」

「それは……」

「本気の私と戦うことは、怖いですね?」

「……」

「なら、無理をする必要はありません。ここで退いたとしても、私はフェイトを責めません。誰も責めません。むしろ、今までよくがんばったと、褒められるくらいだと思います。なので、そろそろ終わりにしませんか?」

「でも……それは、だけど……」


 諦めろ、と言われているような気がした。


 剣聖であるソフィアからしたら、僕の力は大したことはない。

 身体能力が高くても、実戦となれば大したことはない。

 そう言われているような気がして……


 ……いや。


 ソフィアが無意味にそんなことを言うわけがない。

 彼女は厳しいところはあるが、でも、それ以上にとても優しい女の子だ。

 今の言葉には、なにかしらの意図があるはず。


 その目的は……


「……あ」


 ふと、気がついた。


 僕は今まで、ソフィアに対する恐怖を乗り越えようと、がむしゃらに剣を振ってきたのだけど……

 でも、無理に恐怖を乗り越えて、どうしようというのか?


 結局、無理をしていることに変わりはなくて、歪なままで……そんな状態で、成長したといえるのだろうか?

 そんなことをするよりも、むしろ、恐怖を受け入れるべきじゃないか?


 蛮勇は勇気じゃない。

 恐怖を無理に押さえつけるのではなくて、無理矢理乗り越えるのではなくて。

 全てを受け止めて、自分のものにして……そして、前に踏み出す。


 それこそが、きっと……正しい道だ。


「……」


 いつまで続けるの? と問いかけてくるソフィアに、僕は剣を構えることで答えた。


 ソフィアも剣を構える。

 その口元は、若干、笑みが浮かんでいるように見えた。


 僕がやるべきことは、乗り越えるのではなくて受け入れること。

 それを力にして、剣を己のものとする!


「はぁあああああっ!!!!!」


 恐怖、焦り、怯え……ありとあらゆる負の感情を心で受け止めて、それを力として剣に乗せる。

 それをソフィアに向けて、一気に叩きつけた。


「……」

「……」


 僕の剣は、ソフィアに届かない。


 しかし、初めて防御をとらせることに成功した。

 剣と剣がぶつかり、ギリギリと競う。


 ただ、そこが限界だった。

 もう競う力が残ってなくて、手から剣がこぼれ落ちてしまう。


 そのまま体も倒れて……


「おつかれさまです、フェイト」


 薄れゆく意識の中、優しく笑うソフィア見えた。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[良い点] 単にいちゃラブだけじゃなく、時にはこういった真剣な関係になれる二人 [気になる点] ドクトル戦でフェイトもかなり成長したと思ったが、それでも本気のソフィアには足元にも及ばないとは、ソフィア…
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