118話 お願いします
あの後、冒険者ギルドへすぐに戻り、漆黒の剣鬼と遭遇したことを報告した。
討伐……あるいは、捕獲することはできなかった。
ただ、漆黒の剣鬼と交戦して生き残った人は、僕だけらしい。
僕も危ないところだったから、大した情報は得ていないのだけど……
それでも、多少は剣筋や戦い方の癖を見つけることはできた。
他の冒険者のために役立ててほしいと、報告をして……
それから、宿へ移動した。
まだ早い時間なのだけど、あんなことがあったため、今日はもう休んでおいた方がいいという判断だ。
「それにしても……どうして、宿なの?」
チェックインを済ませて部屋に移動したところで、ソフィアに問いかける。
「お父さまと同じ屋根の下で寝るつもりになんてなれません」
「あはは……」
親子喧嘩は、絶賛、継続中らしい。
「その……フェイトは、我が家の方がいいですか? あちらの方が広く、色々と設備が整っていますし……」
「ううん、そんなことはないよ」
「ふぁ」
ソフィアが不安そうな顔をするため、そっと頭を撫でた。
「僕は、ソフィアがいれば、どこでもいいよ。家というよりは、ソフィアと一緒にいたいかな」
「……フェイト……」
「おかーさん、顔赤いね」
「しー。あれは発情期っていうやつだから、黙っておいてあげなさい」
しまった。
また周囲のことを考えず、ソフィアと……
というか、発情期って。
それは、いくらなんでもソフィアが怒るのでは……?
「リコリス?」
「はい!?」
ソフィアは、笑顔でリコリスに詰め寄る。
笑顔なのが逆に怖い。
「……次はありませんよ?」
「イエス、マム!!!」
なにの次がないのか?
それは明言されていないのだけど……
リコリスは全てを察したらしく、ガタガタと震えつつ、ビシリと敬礼をするのだった。
「ふう……ひとまず、今日はこのまま休むとしましょう」
「時間はあるから、今後の方針とか作戦とか、そういうのは決めておいてもいいんじゃない? なんなら、ウルトラハイパーかわいいリコリスちゃんも、力を貸してあげるわよ」
「リコリスにも働いてもらうのは、すでに決定事項です」
「聞いてないんだけど!?」
「言うまでもないかと」
「ブラックだわぁ……」
「おかーさん、私も……がんばるよ?」
「ああもう、アイシャは健気でがんばりやさんで、かわいいですね。はい、アイシャの力が必要な時は、がんばってもらいますからね? 期待していますよ」
「うん」
子供にできることはない、と話から遠ざけるのではなくて、いざという時は力を貸してもらうと話に参加してもらう。
子供は理屈が通用しないことがある。
危ないから、と遠ざけられても、納得できないこともある。
だから、ソフィアのこの対応は大正解だ。
こういう気遣いができる辺り、ソフィアは、本当に良い母親になれると思う。
その場合、僕が父親で……
その光景を想像して、ちょっと照れた。
でも……今は、照れている場合じゃないんだよね。
「ソフィア、ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い……ですか?」
ソフィアは不思議そうに小首を傾げて、
「はい、いいですよ。私にできることなら、なんでもしますね」
にっこりと笑い、お願いの内容を聞いていないのに了承してしまう。
「僕、まだなにも話していないんだけど……」
「大丈夫です。大事なフェイトのお願いなら、なんでも聞いて、叶えてみせますから! そう、なんでも大丈夫です! その……えっちなことでも、問題ありませんよ?」
「ち、ち、違うからね!?」
慌てて否定した。
「えっち?」
「アイシャにはまだ早いわ。あたしみたいな大人にならないと、ダメなのよ」
「残念……」
リコリス、ナイスフォロー。
「えっと……違うのですか? ようやく、フェイトが私に手を出してくれるのかと……」
「しないから!?」
「えっ……してくれないのですか……?」
「え、いや、興味はあるけど、さすがにまだ……って、そうじゃなくて!」
思わずソフィアのあられもない姿を妄想してしまいそうになり、ぶんぶんと頭を振って打ち消す。
そんなことをしている場合じゃない。
もっと真面目な話なんだ。
「……僕に、稽古をつけてくれないかな?」
「稽古ですか? それは、剣の?」
「うん。神王竜剣術について、もっともっと、深いところまで教えてほしいんだ」
「ですが、稽古なら、今でも毎日していますよね?」
朝、ごはんを食べる前。
夜、お風呂に入る前。
毎日、ソフィアと稽古していた。
ただ、それは強くなるためというよりは、いざという時の危機に対処するための能力を得るという感じで……
それでは足りない。
今の稽古では、漆黒の剣鬼に勝つことはできない。
今日の戦いで、そのことを痛感した。
僕は、もっともっと強くならないと。
今以上に。
ソフィアに並べるくらいに……いや。
彼女を超えるくらいに、強くならないといけないんだ。
強く……なりたい!
「だから……お願い、ソフィア。今よりも、もっと強くなりたいから、本格的な稽古をつけてほしいんだ」
「……」
こちらの意図が伝わったらしく、ソフィアの顔がすごく真剣なものに変わる。
「……神王竜剣術の全てを得るには、いくらフェイトでも数年はかかると思います。私でさえ、十年を必要としましたからね」
「そっか……」
「ただ、それとは別に、今よりワンランク上のステージに達するだけならば、うまくいけば一日でいけます」
「えっ、たったの一日で!?」
「ただ、それほどまでに厳しい修行となります」
「それで、漆黒の剣鬼に勝てるかな?」
「勝てます」
ソフィアは断言してみせた。
こういう時の彼女は、本当に頼りになる。
「ただ、厳しい稽古になりますよ? 大怪我をするかもしれませんし、最悪、死ぬかもしれません。私は、それだけ本気で挑むことにします。それでも……やりますか?」
「やるよ」
迷うことなく即答した。
漆黒の剣鬼と刃を交わしたことで、僕は、まだまだ弱いことを知った。
ならば、もっともっと強くならないと。
ソフィアに追いつかないといけないんだ。
「フェイトは、男の子ですね……」
「え?」
「いえ、なんでもありません。わかりました。そこまでの覚悟があるのなら、私も、とことん付き合いましょう。明日は全身全霊で剣と向かいますよ」
「うん!」
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