上空での攻防
いよいよ、モンスター文庫様より明日発売!
そして、本体のユリスは街の屋根の上を駆けていた。
タカアキとミカエラをその場に置いて傲慢で移動、今は現状を把握する為に騒動近くの家の屋根をひたすらに走る。
住民が上がる炎に驚いて一斉に避難する為に走り出し、衛兵や騎士達が騒動の元に向かう。
だが、如何せん敵の数が多すぎる。急に襲撃されれば人間側も準備などできておらず、即興での対応―———どうしても後手後手に回ってしまう。
それに比べ、魔族側は部隊を作り塵尻になって城に向かって攻めていく。
圧倒的に人員が足りない。もう少しすれば王城の騎士や魔法士が駆けつけるのだろうが、それまでに魔族が国民に接触しないとは限らない。
(俺の強欲もまだ数体しか増やせない……万が一に備えたいし、ここで出したところでセシリア達の守りが薄くなるのは避けたい―———どうしたものか)
ユリスの強欲―———その魔獣の権能は『増殖』。
自らの複製体を鼠に偽装させ、実態を持たない己として増やすことが可能で、複製体との意思疎通もできる。その力はユリス本体と遜色なく、実態を持たないが故に物理攻撃は通らない。
だが、編み出して間もないこの力はまだ極めることが出来ておらず、その増やせる個体にも限りがある。
その限りも、ユリスは正確には把握できていない。
この前、ユリスが生み出した時は最大で10体。だが、増えるにつれユリスの精神力は削られ続ける―———いわば、本体が弱体化してしまうのだ。
故に、ユリスは増やすことを躊躇う。ここで増やし続けてしまえば自分が倒れてしまう恐れがあるからだ。
「ま、とりあえずはセシリア達を守れればそれでよしとするか……」
ユリスとて善人でも聖人君子でもない。助けたいと望むものの、優先順位はしっかりとつける。そこらの人より、助けたい身近な者達が最優先なのだ。
轟音が辺りから響き渡り、悲鳴と悍ましい声がそこら中から聞こえてくる。
本格的な戦闘が始まってしまったのだろう。剣がぶつかる金属音も、ユリスの耳に入り始めた。
そんな時―———
「ちょ、マジか!?」
ユリスは立ち止まり、頭上を見上げる。
空が赤く染まり、雲が消え、黒く帯びた炎の塊が無数に散らばり————ザガル国目掛けて降り注がんとしていた。その規模と大きさは、王国全てを飲み込めるほど。
それはさながら隕石のよう————着弾すれば、間違いなく被害は広がり多くの被害者が出てしまう。
その中には、セシリア達も含まれてしまうのかもしれない。
「えぇい、くそっ! 魔族ってのはこんなおっかない魔法まで使うのか!? 今時、大きいのがモテる訳じゃねぇぞ!?」
ユリスは急いで己の人差し指の皮を噛み千切る。すると血が大量に流れ始め、床に真っ赤な溜まりを作るほど滴り始めた。
「怠惰の魔獣! その権能は進化と変化を怠る為の《《不変》》、だ!」
その血溜まりが屋根を覆うまでの大きな魔方陣を描く。
ユリスの後ろに現れるは巨大な熊に似た魔獣。腕を闇で覆われ、その瞳は凶暴さのかけらもなく、気だるげなものであった。
そして、ユリスは懐から小さな紙を取り出したかと思うと、その紙は徐々に大きさを変え宙に浮かぶ。やがてザガル国を覆う程の大きさになった。
そして、徐々にその黒炎が迫っていき————広がる紙に直撃する。
だが破れない。燃える事もなければ通すこともない。
やがては勢いを失くし、その黒炎は上空で大きな爆発音を残して散っていくのであった。
「はぁ……痛いんだからやらせんなよ」
ユリスは完全に黒炎が消えた事を確認すると指を鳴らす。すると紙は小さく元のサイズに勢いよく戻っていき、やがては血が流れるユリスの人差し指へと巻かれていった。
「俺だってこんな現象起こせないって言うのに……本当に羨ましい。やっぱり、嫉妬ってどうやっても抱けずにはいられない感情だよなぁ」
ユリスは怨念を飛ばすかのように、妬み事を吐き続ける。
そして————
「嫉妬————受け取ってくれよ、今度はこちらからのお返しだ」
ユリスは、その黒炎を無数に生み出し―———魔族が固まっているであろう場所へと降り注がせたのであった。
♦♦♦
「……うん?」
姫と呼ばれる少女が頭上を見上げる。
他の配下が砦の中に入っているにも関わらず、銀髪の少女は未だに城塞跡地にて佇んでいた。
それは、自分の役割が遠距離での支援と破壊と虐殺だったからだ。
遠距離での魔術行使、得意とする黒炎は全てを飲み込み形状も効力も威力も多種多様に動かすことが出来る。
だが————
「……返されたの?」
見上げた先には自分達を飲み込まんとする―———黒炎。先ほど、自分が打ち出したものと同等のものであった。
「……ふぅ~ん」
鼻を鳴らし、少女はその無数の黒炎に向かって手をかざす。
すると、広がり注ぐ黒炎は全て少女の手元へと集まっていった。威力を失くしていき、徐々に小さくなって―———やがては、姿形が消えていった。
そして、少女は再び指を鳴らして地面に魔方陣を浮かび上がらせる。また、再び同じものを打とうとする為に。
だが―———
「……やめよ、どうせ次も防がれるんだし」
姫は大きな溜息を吐きながら、その魔方陣を消す。
次打っても、きっと同じ要領で防がれてしまう。それに、お返しをくれるような相手であれば、まだまだ余裕があるだろう。
そんな敵を相手していれば時間の無駄―———故に、少女は諦めた。
「……でも、ちょっと気になる。人間に、私の《《魔術》》を防ぐような奴がいたなんて、お父さん以外に初めてだし」
そんな興味を抱く。少女の顔にはいつもの無表情とは裏腹な少しの笑みが張り付いており、己も砦の中へと足を進めたのであった。
「……誰かな? 会ってみたいかも」
やがて全ての駒が盤上に現れる。




