師匠と弟子
一時間程のセシリアからの説教を終えたユリスの頬に、吹き抜ける夜風が撫でる。
夜の散歩はそう悪いものではない。満天に広がる夜空が美しい。
ふと、詩人達が謳い連ねるのも分かってしまうな……と、ユリスは敷地内の外壁沿いを歩きながらそんな事を思った。
「……綺麗ですね」
「……そうだな」
隣には先程までプンプンと怒っていたセシリアが並んでいる。
今の夜空を眺める彼女からは、先程まで説教していた人物とは思えない表情をしていた。
星明かりに照らされる彼女の金髪がどこか神秘的で、ユリスは思わず見惚れてしまいそうになる。
「長い説教の後の散歩ーーーーおかしいな……気持ちいい筈なのに、どこか複雑な気分だ」
「ユリスが悪いのですよ? 覗きなんてしようとするからです」
「色欲に忠実なだけなんだがなぁ……」
「それがダメなんです!」
大罪は常に日常には溶け込めないものだーーーーそう、誰かが言っていたのを思い出す。
正にその通りだと、思わずにはいられない。
「ーーーーで、学園生活はどうだ? 楽しいか?」
ふと、ユリスはセシリアに尋ねる。
初めての学舎、色々な問題こそあったもののこうして無事に終える事ができた。
楽しくはなかったか? 何か困ったことはあったか? つまらなくはないか? と。
「はいっ! 私は楽しいですよ! ……お友達もできて、同年代の人達とたくさんお喋りをして、机を挟んで学ぶーーーー教会では味わえなかったことです」
「……そうか」
満面の笑みを浮かべたセシリアを見て、ユリスは安堵する。
聖女という立場故に、彼女は一般人とは程遠い生活を送ってきた。だからこそ、こうして年相応の環境に入れる事は何よりも嬉しい。
(楽しそうなら、それでいいんだ……)
ユリスの表情に自然と笑みが浮かぶ。
それはセシリアにつられてかは分からないが、それでも不思議と悪いものではなかった。
そんな時ーーーー
「なんじゃ? お前さんはそんな顔をするような男じゃったかの?」
不意に、敷地内の夜道からそんな声が聞こえる。
反射的にセシリアを庇うように立つと、ユリスはその夜道を警戒し凝視した。
そして、小さなため息を吐きながらその声の主に向かって口を開く。
「第一声で弟子を馬鹿にしてんじゃねぇよ」
「くははっ! 別に妾はお前さんを馬鹿にしておらんよ!」
真っ暗な夜道から足音が近づいてくる。
やがて闇から抜け出すように、小さな人影がその姿を現した。
薄い桃色の髪をサイドに纏め、愛嬌とは違う美しい顔立ち。エルフ程ではない尖った耳と、二本の尖った牙。小柄な体躯からは想像つかない程の年老いた口調。立ち振舞いは歴戦の猛者を連想させる。
「まさかお前さんがユリスと言う名前じゃったとはなーーーー我が弟子よ」
「そっちこそ、学園長なんて驚きだーーーー我が師」
夜も進む学園の敷地内ーーーーそこで、二人は相対した。
♦️♦️♦️
「なんか身に覚えのある技を使う奴が試験に参加しておると聞けばーーーーやっぱりお前さんじゃったか」
「まぁ、名前言ってなかったしな。それに、俺も最近だぜ? 師匠が学園長をやってるって知ったのは」
薄暗い夜道、星明かりだけが照らすその場所で、二人は初対面とは思えないほど親しげに語る。
「ユリス……そちらの人は?」
警戒心を解き、どこか懐かしい雰囲気で話すユリスに疑問に思ったセシリアは尋ねる。
「ん? ……あぁ、この人はミュゼ・アルバート。この学園の学園長だ」
「が、学園長さんですか!?」
そのワードに驚くセシリア。
そして、すぐさまユリスの前に出て頭を下げた。
「は、初めまして! セシリアと申します!」
「よいよい、そんな噂の聖女様に頭を下げられては、妾の立場がないーーーー普通にしておくれ」
「は、はい……」
ミュゼの言葉に、セシリアはおずおずと返事を返す。
それでも、未だに緊張の色が拭えない。
「それに加えて、俺のお師匠様でもある」
「お、お師匠様ですかっ!?」
本日二度目の驚きに、セシリアは思いっきり目を見開いてしまった。
その反応はいちいち可愛いものである。
「まだ、お前さんは師匠って言ってくれるのかの?」
「あたりめーだろ……俺の中で、あんた以外に師匠はありえねぇよ」
その言葉を聞いて、ミュゼの口許が綻ぶ。
ーーーー昔、本当に昔の話だ。
ユリスが無能と蔑まれ、力が欲しいと魔術を編み出す前の頃。
ある日、ユリスとミュゼは出会った。その際、ユリスはミュゼに教えを乞うた。
だけど、魔術を編み出したのはユリスであり、魔術に関してはミュゼは一切の教えを貰っていない。
その代わり、体術や基礎体力、魔法の全てをミュゼに教わった。
二人の師弟関係には、色々な理由が入り交じっている。
ユリスは己が無能でなくなる為、大切な人を守れるような力を手に入れる為。
その代わり、ミュゼはーーーー
「……どうした? 急に俺の前に現れたって事はーーーー殺して欲しくなったのか?」
「ッ!?」
セシリアは再びユリスの発言にギョっとする。
何の躊躇いもなく、普段通り抑揚も変えず、ただ「殺す」とユリスが平然に言ってしまったからだ。
「くふふっ……違うわい。妾はもう少し生きていたいからの」
「あんなに死ぬ方法を探しておいてよく言うぜ」
「……違いない」
懐かしむように、久しぶりの出会いを嬉しく思うように。
不老不死の吸血鬼であるミュゼが、笑った。
大罪の魔術師であるユリスが、笑った。
「妾はお前さんのお陰で生きる意味を知れたんじゃ……まだ死にとぅないわ。それにーーーー今回は弟子が入学したと聞いたから顔を見に来ただけじゃ」
「……んじゃ、師匠の《《生存する権利》》はまだ預かっておくよ」
「そうしておくれ」
ミュゼは歩きユリス達に近づく。
ゆっくりと、二人に向かってその足を踏み出していった。
「今日はもう遅いしここまでじゃなーーーー今度、顔出しに来い。また、肩を叩いておくれ」
「近々会いに行くさ。この学園では、まだしばらくお世話になるんだからさ」
そして、ミュゼは満足したような顔でそのまま横を通りすぎる。
セシリアは未だに二人の関係が掴めていないのか、一人だけオロオロしていた。
だけど、二人は落ち着いたままーーーー
「守りとぉ者は見つかったかのーーーー我が弟子?」
「あぁ……見つけたよ。絶対にその手を離したくないと思える奴がなーーーー我が師」
ミュゼはそのまま満足げに夜道に消え、ユリスはセシリアの手を強く握りながら、お互いにその言葉を残して背中を向けたのであった。




