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勝負の興

うた・・・唄だと?

将希はまだ隆清の放った言葉を理解できずにいた。

剣術や学問の知識を競えと仰せならば、わかる。それこそ、馬術や算術ならまだわかる。

しかし、唄で競えとはどういうことだ?

唄といえば、宴の席で花街の女が三味線を弾きながら唄うとは聞いたことがある。俺は行った事もないが、話として聞いたことはある。また、祭りの際に庶民が囃し立てながら、踊ったり歌っているのは見た事がある。

そのような事を我らにせよと仰せなのか?

「唄うって・・・?何を?」

思わず独り言のように将希が口にすると、隆清があっさりと返した。

「何でもかまわぬ。」

「何でも・・・と仰せになりましても・・・」

何でもとは言われても、まず唄なんて知らない。

将希だけではない、女子供ならまだしも武家の子として生まれ育って唄を歌うなんてことはほとんどない。剣術をし、馬に乗り、勉学を勤しみそれ以外にしてこなかった男達に唄を唄えだと?

「本当に何でもかまわぬ。時間はたっぷりあろう。次の秋の祭りまでじゃ。」

「その大会で出世も役職も思いのままになると?」

未だ呆然としながら将希が言うと、清隆が満足げにうなづいた。

「何か不満でもあるか?」

それを聞いて、将希があわてたように打ち消した。

「いえ、不満というわけでは・・・。しかし、なぜ唄なのです」

「なぜと言われても、わしが決めたからじゃというだけではいかんのか?」

唄・・・唄が歌えたからといってそれが一体何になるのだ?

その結果出世が出来るだと?一体なんなんだ、それは。

将希の頭の中は錯乱していた。その将希をよそに。

「殿が決めた事というなら、仕方ないよな・・・」

「しかし唄なんて歌ったことないぞ。」

「でも出世が出来るって・・・それならうちのような下っ端な家柄でも何とかなるんじゃ・・・」

ざわざわと他の者達も声をあげ始める。それを苦々しげに将希は睨みつけた。

「静まれ!騒がしいぞ!」

完全に八つ当たりである。しかし筆頭家老の子息の声に場が静まり返った。

清隆でさえも少し驚いたような表情で将希を見る。

「・・・何もそんなに怒んなくても。」

小さくではあったが総吾が抗議の声を上げた。

「なんだと?」

「将希殿どうしてそんなに苛立ってるのさ。実力を試す事ができるのが望みだったんでしょ?願ったりかなったりじゃないか。」

・・・総吾のこれって嫌味でもなんでもないんだよな。本当に素直にそう思っているだけで。

総吾の隣に座っていた和成はそう思いながら、それでも将希に楯突いた形となったのはまずいのではないかと思った。

「剣や学問の実力を試すのなら結構な事だといったのだ。」

・・・誰が一番実力のある男かを示す事ができるではないか。

だが唄などと武士としての資質に何の関係があるというのだ。それが殿の決めた事だからといって関係ないことで出世が決まるだなんて理不尽この上ない。

「唄じゃだめなの?」

総吾には純粋に疑問だった。

・・・なんか良くわからないけど、殿は唄で俺達を競わせて出世とか考えるっていってる。出世なんて考えた事はなかったけど、何の目標もなく毎日過ごしてるよりは良いんじゃないかな。

実のところ、とりあえず剣術や算術じゃなくってほんと良かった。

「・・・駄目というか・・・。」

自信家の将希にしては珍しく口ごもってしまう。さすがに殿の目の前で「唄で競うなどとばかばかしい」とは言えない。

「さっき言ってたじゃない。将希殿は何でも得意なんじゃなくって、得意にしたんでしょう?俺も唄は歌ったことないけど、将希殿なら唄も得意にしちゃえばいいんじゃないの?」

・・・素直って、天然って怖いんだな。

ある意味感心しながら和成はそう思った。さすがの将希も総吾の素直すぎる発言に返す言葉もなく絶句している。

その時広間の隅からくくっと忍びやかな笑い声が聞こえた。

「いや、これは面白い。」

先程まで全くこの集まりに興味なさ気に座っていた雅貴が笑いを含んで言った。

「殿、なんと面白そうな事をお考えになりましたな。」

「雅貴か!久しいのう。会えて嬉しいぞ。」

隆清が雅貴を見て、嬉しそうに笑顔になった。

「ご無沙汰をいたしております。」

雅貴は姿勢を正すと、頭を下げ会釈を返した。そしていつものように微笑を湛えると。

「殿におかれましてはご立派になられ、私も嬉しゅうございます。」

「そ、そうか。」

「ええ、ほんに大人になられて。」

雅貴の言葉に、隆清は得意げに傍らの純人を見た。

純人はその視線をちらりと流し目で受け止めたが、表情一つ変えず。

・・・社交辞令って言葉があることを、後で隆清様には教えて差し上げよう。

「ところで、雅貴。今回の企画はさように愉快か?」

その二人の様子を気にとめもせずに雅貴は続けた。

「愉快にございます。」

はんなりと艶やかに笑う雅貴を見て、純人は懐かしい、けれどどこか胸騒ぎのする思いになった。

この微笑見た事がある。幼い頃に何度も。

幼少の隆清が思いついた悪戯を聞いたときの雅貴の表情だ。何かをたくらむような楽しんでいる笑顔。

「結果の読めぬ勝負ほど面白いものはございません。誰が勝つのか・・・負けるのか。」

雅貴は広間の一番後ろから全員をゆっくりと見渡した。皆のほうを向いている純人にも視線を滑らせるが、決して視線は合わさず。

そしてもう一度くくっと笑うと。

「・・・しばらくは退屈せずに済みそうだ。」

貴方も退屈しなければいいのか。

思わず純人が心の中で呟いた一方で、将希が声を上げた。

「雅貴殿!責務は遊びではございません。」

「何も遊びにしようとは思っておらぬ。私も・・・もちろん殿も思っておられますまいよ。」

にやりと妖艶な笑顔を向けた雅貴を睨みつけ、将希は再び二の句が告げなくなる。

「・・・殿を引き合いに出すとは、卑怯な。」

「おや。相変わらず私は酷い言われようだねえ。」

しかしこれは。

まるでお二人の父親のやり取りを見ているようではないか、と純人は思った。

これで本当に何かが変わるのか?清隆様の言う我らの時代は違うものになるのだろうか。

ふと、不安な思いを巡らす純人の憂鬱を払いのけるように、清隆の朗らかな笑い声が響き渡った。

「よい、よいぞ。雅貴の言うとおりじゃ。結果のわからぬ勝負は面白かろうぞ。のう、純人。」

「・・・御意」

雅貴殿の様子からして、かなり不安ではあるのだが。

それでも純人は静かに同意して見せた。

「そなたも勝負を楽しむが良い。望月将希。」

「・・・はっ」

隆清に言われたのでは仕方がない。しぶしぶながら将希も頭を下げた。

「それに、そなたは武石の息子であるな。」

いきなり隆清に声をかけられて総吾は飛び上がらんばかりに背筋を伸ばした。

「は、はいっ」

「すまぬが名を教えてくれるか?」

・・・殿に名前聞かれちゃってるよ、俺!

あまりの緊張に真っ赤になりながら総吾は上ずった声で答えた。

「武石総吾ですっ!」

子供かっ。隣で和成は思わず苦笑を漏らした。

「元服したばかりか?」

あまりの素直さに隆清が目を丸くして訊ねた。

「・・・殿。総吾殿は今年21におなりです。」

静かに純人が訂正すると、今度は隆清が真っ赤になって。

「す、すまぬ!」

「いえ、良くある事ですから。」

少し涙目になりながら総吾が答えると更に清隆はあわてて。

「ほんにすまぬ。あまりに素直なので、その、なんだ、あれだ。」

「・・・俺の事子供だと思ったのでしょう?」

「い、いや、そうではない。そうではなくて。」

「殿は総吾殿が可愛らしいとお思いになったんだよ。」

和成が助け舟を出すつもりで言ったのだが、しかし。

「か、かわいいって!やっぱり子供なんじゃん!」

・・・助け舟になってないし。

雅貴と純人が思わずくくっと笑いをこぼした。

しかし雅貴は純人を見ると一瞬はっとしたように笑顔が消え、そしてまた気だるい微笑を貼り付けて言った。

「いやいや、そなたの素直さは褒められるべきことであるぞ。」

「褒められる事・・・ですか?」

よくわからない風で総吾が呟くと、わが意を得たりというように隆清が続けた。

「そうじゃ、そう言いたかったのだ。武石総吾の言うとおり初めてやるなら得意にすればよい。時間はまだあるのだからな。」

そして、隆清は総吾に向き直ると。

「得意にすればいいという言葉、前向きでとても良い言葉じゃ。」

「あ、ありがとうございます。」

先程まで拗ねていた総吾はすっかり嬉しくなって頭を下げた。

「・・・和にい。俺褒められちゃった。」

「良かったな。」

総吾と和成のやり取りを、満足げに見ながら隆清は皆のほうを見渡して。

「皆もこの勝負を楽しめ。そして得意にして勝負に挑めばよい。わしも楽しみにしておるぞ。」

「ははっ」

純人と雅貴、総吾、和成、そして将希。他の皆もそれぞれの思いを抱きながら深々と頭を下げた。














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