波紋の描くもの
「まだ何も教えてはやらぬぞ。」
隆清の部屋へむかい、純人が障子をを開けるや否や上機嫌な隆清の声がした。
純人はそれには答えず、静かに膝を付き障子を閉めるとそのまま隆清へ向き直った。
「私は何もお尋ねしておりませぬ。」
いつもの微笑を湛え純人は隆清をさらりと往なした。
私を出し抜いて得意になっておられる隆清様にはこれが一番効き目があるはず。きっと訊ねてほしくてたまらないのだから。
案の定当てが外れたような顔をして隆清は純人を見つめた。
「わしが何をしようとしているのか気にならぬのか?」
「無論気にはなっておりますよ。」
にっこりと微笑んで純人が答えると、隆清は嬉しそうに言った。
「そうであろう?」
「でもお訊ねはいたしません。」
また当てを外された様子の隆清は、なんとも言えない表情をして傍らの脇息に肘をついた。
「殿は私に教えては下さらぬと仰せでございますから。」
「・・・う、うむ。」
自分で言っておきながら、悔しくてたまらぬという顔をして隆清は唸った。
それを見ながら純人は可笑しくてたまらなかったが、押し殺しながら涼しげに続ける。
「我侭を言って殿にまた嫌われてしまっては困りますゆえ。」
「き、嫌うとな。」
「先に仰せになりましたでしょう?純人のそういうところが嫌いだと。」
「う、うぬっ。」
「ですから私は無理にお訊ねはいたしませぬ。嫌われとうはございませぬゆえ。」
・・・訊ねて欲しくて仕方ないくせに。
「それに」
純人は心の中でくすくす笑いながら、表には微笑を浮かべるだけで隆清を見つめた。
「殿がどのようなお考えであろうと、間違いはないと私は信じておりますから。」
顔を赤らめて悔しそうに奥歯をかみ締め、純人を睨むように見ていた隆清は一瞬ぽかんとして更に真っ赤に顔を染めた。
・・・それは、なんて言うか・・・殺し文句ではないか。
「・・・純人はするいぞ。」
隆清が何とか搾り出した言葉に、純人は驚きもせず返した。
「私のどこがずるうございますか?」
「何でも判っているような顔をしよって。」
とうとう隆清は脇息についた右の掌で顔を覆ってしまう。
悔しくて・・・信じているなどと言われては照れくさくて・・・嬉しくて。
それなのに純人はいつものように穏やかな声で返すのだ。
「何でも・・・ですか。」
「そうじゃ。」
「そう言われましても。」
ああ。もう。ほんに純人にはかなわぬ。
「そのようにまわりくどく言わぬとも、訊ねてくれればよいではないかっ」
顔を隠したままではあるが、耳まで赤くなってしまった隆清が怒ったように言い放つと、たまらずくっくっくと純人は笑いをこぼした。
・・・なんとこの方は素直であるのだろう。このような方であるからこそ、私は生涯傍に仕えようと思えるのだ。純人はそう思った。
「私にはお教えくださるのですか?」
「・・・聞きたいか?」
隆清はまだ顔を赤らめたままであったが、掌から顔を上げにやりと笑った。
「お教えくださるのならば。」
「そうであろう。聞きたいであろう?」
その嬉しそうな顔に純人の少し意地悪な心が動いた。
「・・・しかしながら。明日になればわかるのですがね。」
隆清の顔がまた真っ赤になった。
「純人っ!」
・・・私は過虐性な癖があるのかもしれないな、と純人は思った。
「明日詮議の時間に殿の元へ、でございますか。」
詮議を終え早々に部屋に戻った望月は、今日も変わらずともに登城していた将希に君主より言い渡されたことを伝えた。
「そうじゃ。先程殿より明日元服以上の各家の跡取りを集めるようにとの仰せじゃ。」
やけに早く詮議から父上がお戻りだとは思ったが、なぜ跡取りを集めようというのか。将希は良く判らずにいた。
「我らをお集めになって殿は何をしようとお考えなのでございましょう?」
将希の素直な疑問に、望月は首を振り答えた。
「それは教えては下さらなかった。若のお考えになることは判らぬ。なにぶんまだまだ幼くていらせられるのでな。」
「それは父上から見ると幼くお感じでございましょうが、殿は私と同じ御歳でいらせられます。」
「左様であったのう。しかし何と言うか・・・もっと年端のいかぬお子のように感じるのじゃ。」
天真爛漫。そう言えば聞こえは良いが、君主の本城隆清様は幼少の頃よりやんちゃな気味があったと聞いている。
同じ歳ではあったが、幼い時から剣術や勉学ばかりしていた将希はあまり隆清とは交流が無かった。無論、いずれ家臣として仕える身として忠誠を誓うことになることに依存は無かったが。
この俺であれば信頼に足る家臣としてやっていけるはずだと、将希にはどこかしら自信があった。
・・・それを思えば、何のために集まるのか判らぬが気にかける事はないであろう。
「しかしな、将希。」
望月は堪えきれぬというように笑いを漏らしながら。
「これは阿南を出し抜ける良い機会であるぞ。何せ、跡取りたちを集めてとなれば何をとってもそなたの右に出るものはおるまいて。」
「・・・無論にございます。」
将希が否定もせずに言い切るのを見て、望月は更に嬉しそうに声を上げて笑った。
「良い、良いぞ将希。これは頼もしい。阿南の奴さぞや悔しかろうな。ぼんくら息子を持つと明日が心配でたまらぬであろう。」
・・・そうか。跡取りとなれば雅貴殿も集められるということか。
一昨日の事が思い出されて、将希は複雑な楽しみなような気持ちになった。
何をするのかわからんが、今度は雅貴殿と向き合えるだろうか。雅貴殿を超えたと確かめることが出来るだろうか。
いつまでも結果を確認出来ずにいるようなこの気持ちを終わりにできる。今度こそ。
その頃、奥女中たちは姦しく騒いでいた。
「噂をお聞きになりまして?」
一人の女中が話し始めると、待っていたとばかりにほかの女中が答える。
「ええ、もうもっぱらその噂で持ちきりでございますわ。」
「何でも殿が名家の跡取り方をお集めになるようにとの仰せとか。」
「お集めになって何をなさろうというのでございましょう?」
思案顔になる女中がいるかと思うと、別の女中がそれを遮り夢見るように言った。。
「それは判りませんけれど、そのお集まりはきっと素敵な景色でございましょうねえ。」
「各家の若様が一同に揃われるのですものね。」
うなづきながら、誰かが言うと。
「一番は阿南家の雅貴様でございますけれど、望月家の将希様も凛々しくて。」
「武石家の総吾様もはかなげな風情で美しくてらっしゃるし。」
「大谷家のご養子の和成様も知的で思慮深い様子が素敵ですわ。」
「殿のお傍にいらっしゃる純人様も、謎めいた魅力がおありでございましょう?」
「それに殿!殿の笑顔はまるで日の光のように皆を明るくなさいますわ。」
口々に隆清をはじめ各家の跡取りたちの名前を出し褒め称える。
「ほんに明日のお集まりは楽しみにございますわね。」
「覗いたりしてはなりませんわよ?」
「まあっ。そんなはしたないこといたしませんことよ?」
・・・そう牽制しあいながら、覗いて見れるものであれば覗いてみたいと思うものも居そうな騒ぎである。
「お世話に呼んでいただけないものかしら・・・。」
一人がため息をつきながらそう言うと、そこに居た皆が頷きため息をついた。




