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無邪気な君主の反乱

翌日の詮議が始まると、隆清が珍しく口火を切った。

いつもは筆頭家老のどちらかが、まあ揉める元なので毎日交代に「本日の詮議を始める」と宣言し、まず今日の議題などを上げてゆく。しかし今日は、皆が揃った広間に隆清が姿を現すと立ったまま頭を下げる家臣たちを見渡した。

「今日は皆に申し伝えることがある」

そう言った隆清の表情は生き生きとしており、純人はかつてどこかで見覚えがあると思った。

・・・あれは隆清様がいたずらを思いついたときの顔だ。

幼少の頃に何度も見たことがあったはず。純人が昨日どれだけ聞き出そうと誘導してみても、隆清は「良い事」については教えてはくれなかった。嬉しそうに笑いながら「今は教えてやらぬ」と言うだけだった。

・・・やはり嫌な予感しかしない。

「申し伝えること、でござりますか?」

本日の開会宣言の当番であったであろう望月があっけに取られた顔で隆清にたずねた。

「そうじゃ。本日急ぎの議題は無かったように思うが違っておるか?」

「いえ。そうではございませぬが」

平和な毎日に飽き飽きするほどのこの国に、急ぎの議題などあろうはずがない。隆清も重々承知の上で意地の悪い質問を望月に返しているのだ。

しかしながら、いつもの流れではじめらぬ詮議に家臣たちも密やかにざわめく。それを一蹴するように隆清は言った。

「では、構わぬな。」

真直ぐに隆清に見つめられて望月はまた頭を下げた。いかに我の息子と同じ年の若とはいえ今は高遠藩当主に違いないのだ。

「ははっ」

それを見て隆清は満足そうに笑った。そのまま、また家臣たちを見渡し、最後に左手に控える純人に意味ありげな視線をくれる。

純人は顔だけを少し上げ隆清と目を合わせ、いぶかしげな表情で眉を少しあげて見せた。

「先日祭りも終わり平穏な日々が続いておる。」

隆清はゆっくりと話し始める。

「毎日平和につつがなく過ぎてゆくのも、父上の頃より仕えてくれておる皆のおかげであると感謝をしている。」

「いたみいりまする。」

頭を下げたままの阿南が更にお辞儀を深くして答えた。それを横目に見ながら望月が小さく声をあげる。

「・・・そなたを褒めておられる訳ではないわ。」

「私は皆の声を代弁したまで。」

「誰もそなたに代弁など頼んでおらぬ。」

器用なことに頭を下げたまま二人は横目でにらみ合いを始め、いつもの応酬が始まるかと思えた。

「わしは皆に話しをしておる。話の腰を折るでないわ。」

ため息混じりに隆清が言うと、二人は黙ってもう一度頭を下げた。

・・・そうか。もう少し早くこうすれば良かったのか。

隆清は思った。自分は君主なのだから、あきれてないでつまらない諍いなら止めればよかったんだな。

・・・ってどこまで話したっけ?

皆は頭を下げているため気がついていないようだが、隆清が何かを思い出そうとしているような表情をしたので、思わず噴出すのをこらえながら純人は静かに言った。

「殿は皆様に感謝をしておられると仰せでございますよ。」

「そ、そうじゃ。皆には感謝をしておる。」

意地悪な微笑を湛えながら純人がちらりと見ると、真っ赤になりながら隆清が続けた。

・・・わしは純人のこういうところが嫌いじゃっ。

「幸いなことに今年も豊作に恵まれ、民も安心して冬を迎えることが出来るであろう。わしも嬉しく思う。思えばわしがこの高遠藩の君主となってこれまで、何事もなく過ごしてくることが出来た。」

望月が満足げにうなづいているのが純人にも見て取れた。阿南もそれには異存は無いらしい。

それぞれの一派にに付く家臣たちも一様に同意している様子である。

「しかし。」

こほん。何とか自分を取り戻した隆清はわざとらしい咳払いを一つすると話を続ける。

しかし、何だ?

そう思ったのは純人だけではなく家臣たちもまたざわめきはじめた。

「そろそろわしもわしの高遠藩を作ろうと思うのじゃ。」

・・・わしのたかとうはん?いきなり隆清様は何を言い出したのだ?

さすがの純人も思考がついていかず、思わず顔を上げて隆清を見つめた。その純人の顔をみて隆清はとても嬉しそうに笑った。

純人の奴が驚いておる。いつもしたり顔の純人をびっくりさせるのは愉快だ。

「殿の・・・高遠藩・・・でございますか?」

まず何とか口を開いたのは阿南だった。それでも意味は掴みかねている様で、ぼんやりと隆清の言葉を繰り返す。

「そうじゃ。わしの高遠藩じゃ。」

「今も殿の高遠藩ではござりませぬか?」

今度は望月が憮然としながらたずねた。若は何をわけのわからんことを言い出したのかと少し腹を立てているようでもあった。

「今は父上が作った高遠藩じゃ。わしは父上の代わりを勤めているに過ぎぬ。」

「そのようなことは・・・。」

阿南が取り成すように口を挟みかけたが、うまく続けられなく語尾が消えてしまう。

「今までわしを助けてくれたそなたらには感謝しておる。そなたらのおかげで何もわからぬわしが国を治めてこれた。しかしわしもこれからの高遠藩を作ってゆかねばならぬと思うのだ。」

心からそう思っているように隆清は望月と阿南を笑顔で見つめた。隆清の目には一切の曇りもなく、二人はまた黙り込んでしまった。

・・・改革、か?

純人の頭にふとその二文字が浮かんだ。隆清との昨日の会話を思い出す。

隆清様は「我等の時代」と言っていた。「我等の時代」にするために改革をしようというのか?

「それはどのようになると言うことでございますか?」

まだ隆清の真意がつかめずに望月がたずねた。

これからの高遠藩だと?これからも何も同じように続いていくだけではないのか?

今までと同じ明日がある、それで何の問題があると言うのだ。

「何も今すぐ如何こうしようと言うわけではない。」

そう言うと、隆清はまた嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「明日の詮議は取りやめとする。まずは元服を済ませている跡取りの居る者は、明日詮議の時間にわしの元にその者らを寄越してくれ。」

「跡取り、にございますか?」

「そうだ。直々に伝えたいことがある。」

跡取りを、と言った隆清の言葉に望月はほっとしたような表情をした。世間の誉れもめでたい息子の将希であればどこに出したとして恥ずかしくは無い。

「我らにはおっしゃっていただけないのですか?」

そう言ったのは阿南である。それを見て望月はにやりと笑った。

「そなた等にもいずれは伝わる。それを楽しみにしておればよい。」

そう言うと悪戯っぽく隆清は笑った。そして腰に手を当て仁王立ちになり宣言した。

「本日の詮議はこれにて。」


「小諸殿」

隆清について広間を出た廊下で、阿南が追いかけるように純人を呼び止めた。

「何でございましょう」

「殿は何をお考えであるのだ?お傍づきのそなたなら知っておろう。跡取りたちを集めて何をしようとされておる?」

いつも飄々としている阿南がその動揺を隠し切れぬふうで純人に詰め寄る。

「私は何も存じませぬゆえ。殿には殿のお考えがあるのでございましょう。」

・・・実際何も知らぬのだし。

純人はそう答えると、阿南を真直ぐと見据えて口許にだけ笑みを浮かべた。

「それにしても、阿南様が私を呼び止められるとは珍しい。私とお話されるのは避けておいでかと思っておりましたが。」

「そのような事は無い。」

「どちらでもよろしゅうございます。しかし巷の噂はうるさいもの。人目については面倒でございますゆえこれにて失礼仕ります。」

純人は阿南に軽く一礼をすると、隆清の部屋へ向かった。

・・・とりあえず、私が隆清様の真意を確認しなければ。









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