79.気ままに米軍基地サバイブ②
車が徐々に速度を落としてゆく。
後部席に座っている俺にも目的地は分かっている。反対車線の向こう側、金網で仕切られた先はライトで空が明るくなっているからな。
今は四駆のエンジンがゴーッと唸っているけどさ、たぶん外に出るとびっくりするくらい静かだと思う。魔物出現予測を受けて、基地沿いの建物には人がいない。がらんどうで、人けがなくて、それがなんだか戦時中みたいだと思った。
「ま、戦争を経験したことはないけどさ」
頬杖をつき、車の窓に向けてぼそりとそんなひとりごとを口にする。ゆとりと雨竜がちらりと見つめてくるけれど、特に声をかけてはこない。
たぶん今夜の戦いはここで終わる。それが済んだら爽やかな朝日を迎えて、今夜もがんばったなって思いながら眠りにつくんだ。
戦いの空気を嗅ぎ取るとさ、ちょっとだけテンションが上がるよね。俺が戦闘狂というわけじゃなく、むしろ人道的でとっても優しいお姉さんなんだけど……と、いま鼻で笑った奴は全員ブチのめすからな。
ゆっくり信号を曲がるとゲートが待っており、銃を持った米兵が何人もそこにいる。意外だったのは日本人の兵士も混ざっていることだ。
「数年前、横田基地に航空総隊司令室が置かれました。日米の協力体制を強化するためですが、当初それは魔物対策ではなく諸外国を相手取ったものでした」
車がさらに減速しているなか「へえー」とゆとり君の補足に感心する。気配りというか必要な情報を伝えるのがうまいなと思ったんだ。夜の案内者みたいなやつだなってさ。
問題は、こちらを見つめる男が「マイガー」とでも言っていそうな表情をしていることだ。
「なんかあいつら怖がってない?」
「ですね。もうすぐここにモンスターが出るのでピリピリしているのでしょう」
振り向きもせずに、ゆとり君はそう答える。気のせいかハンドルを握っているこいつも少しだけピリついている気がする。俺たちの知らない心配ごとがありそうだとなぜか思う。
ふーん、と言いながら後ろを振り返り、なんとなく彼ら米兵の事情を察した。
「荷台のモンスターが丸見えだけど平気?」
「事前に話をしてあるから平気ですよ、きっと。彼らは世界最強のアメリカ軍なんですから怖いものはありません」
「おっ、アメリカンジョークっぽい」
わははと笑ったのは俺だけだった。
あのねー、米軍キャンプ地に来たんだから、もうちょっと陽気にいかないとダメだよ。HAHAHAと笑うくらいがちょうどいいって。
荷台に座って落ち込んでいる藤崎はともかく、雨竜が静かなのは不気味だ。窓の向こうをじっと見つめて動かず、また愛刀を手離さない。
彼女が真っすぐ見つめている先は夜空が明るく照らされている。手前の建物で隠れて見えないけれど飛行場があるだろう。
「雨竜、なにか起こりそうな感じはするか?」
「……どうでしょう。嫌な感じはしますね」
肩に手を置いて問いかけると、振り返りもせずにそう冷たい声で言う。見ればエギアから生み出した日本刀がかすかに蠢いている。血管を伸ばすように雨竜の手と同化しつつあり、こいつはまた違う領域に辿り着こうとしている気がした。
「いいことが起こる予感はあまり信じないけど、嫌な予感は信じるなぁ。それで、馬佐良は奴らに告げ口をしなさそうか?」
話しの流れをぶった切るような問いかけをしたのは、こいつが留置所の馬佐良を押さえているからだ。手にした愛刀、闇刈一文字には敵を侵食する技がある。
「まず無理でしょうね。彼が従順になるまで許しませんよ」
なにそれ。こわっ。あのさ、ぜんぜん褒めてないし、嬉しそうに「ふふっ」って笑うなよ。
まあ、操れているのなら問題はない。あいつは「鼻」という能力があり、俺の位置情報を知ることができる。能力者集団と馬佐良は繋がっているし、俺たちと同じように通話もできるから厄介だった。
「物騒なことを言うけど、あいつを生かしておいたのはこうして役立たせる為だったし、その調子で頼むよ」
「任せてください、先輩」
にやっと笑みを浮かべる後輩は、どこからどう見ても悪役だ。瞳を爛々と輝かせており、どうやら俺と同じように戦いを待ち望んでいるようだった。
「藤崎君と斑鳩君の敵討ちですからね」
『雨竜さん、俺ら死んでませんから! いや、まあ、確かに死にはしましたが』
『じゃあいいじゃん。東雲とかいう優男を物理的に殺そうぜ。あいつザコのくせに偉そうでムカついてたんだよ』
『師匠までそんなことを。ゆと……若林さん、うまいこと二人を落ち着かせてください』
『え? 後藤さんを? うーん、藤崎君、自分で言っておいて「無茶だな」と思っていない? そういうのを無茶振りだと言うらしいよ』
などという物騒極まる会話だったが、通話なので検問所の彼らは気づけない。ゆとりに身分証を戻して「通ってください」と言っていた。殺人鬼のように物騒な女たちを、いま敷地内に解き放ったわけだ。
先導する意味か四駆の軍用車が現れて、ゆっくりとした速度で俺たちは敷地内に入ってゆく。
気づいたのは土嚢が積まれていて、外の市街に重火器を向けていることだ。物騒ではあるものの、能力者の襲撃があることを彼らにも伝えてあるのだから当然の対応と言える。
敷地内は思ったよりも道が広い。深夜という時間帯であったが基地は機能しており、他の軍用車も行き交っている。幌つきのジープには自動小銃を手にする兵士の姿も見えた。
もしかしたら先ほどの無茶振り……藤崎が言った「俺たちを落ち着かせる」という方法を、ゆとり君なりに考えたのかもしれない。基地を観察していたときに運転席の彼が振り返ったんだ。
「横田基地は広いですからね。映画館に室内プール場、ショッピングセンターには日本未上陸のファストフードもあります。ホテルを予約してもいいですし、ひと仕事が済んだら寄ってみてはどうですか?」
「えっ、いいの!?」
「もちろんです。僕からお願いしておきますし、きっと彼らも喜びますよ。米軍は美人に弱いものですから」
ヤッター、と俺は喜んだ。女なんて現金なもんでさ、敵を問答無用にぶん殴るよりもファストフード店のほうが楽しみなんだよね。
「あ、雨竜は会社があるのかな?」
「休みます」
「おっし、じゃあ行こうよ。あんまり雨竜と一緒に買い物したことないしさー」
しばらく俺を眺めていた雨竜は、めずらしくはにかんで「はい」と小さな声で答えてくれる。あんまり笑ったりすることのない子だからさ、俺も嬉しくなってにっこり笑っちゃうよね。
「やった! じゃあ決まり!」
そう言って抱きつくと、俺の喜びが伝わったのかもしれん。うつむいて両手で顔を覆い隠すと「めちゃめちゃ楽しみです」と小さな声でつぶやいていた。なんか知らんけどめちゃめちゃ可愛いね、君。
『若林さん、若林さん、俺たちも当然……』
『うーん、そこが国家公務員の辛いところだよね』
『嘘ですよねっっっ!!??』
裏返った藤崎と斑鳩の悲鳴混じりなわめき声に、思わず腹をかかえて笑っちゃったよ。やーい、国家公務員ー。のんびり遊べるニートが羨ましいだろー。
などとバカな話をしているあいだに駐車場へたどり着く。
エンジンを切ってから外に出てみると冬の冷たい風が吹いてくる。こういう夜はエギア産の装備があって本当に良かったよ。
手にしたのはふわふわのボア付きのコートなんだけど、こいつを着ると冷気を跳ねのける感じがして寒くないんだ。さすがに太ももと食い込みぎみのパンツが覗いているのはどうかなと思うけどさ。常識的という意味で。
「しゃーないけどな。こっちの装備のほうが実際に強いんだし。コスプレみたいなものだと思って諦めるしかないか」
そう言いつつガードレールに片脚を乗せて、ギッギッと太ももあたりの紐を締めつける。ちょっとブーツが緩かったんだ。
そのときに、米兵だけじゃなくって雨竜まで俺の股間をじっと眺めていて……げんなりしたよ。さすがにさ。
「あのっさあ、なんでパンツを見るの?」
「どうやら自然と見てしまうものらしいですね。ただ、エギア装備は私にはまだ早いことが分かりました」
「ばーか、遅いも早いもあるかよ」
俺たちの監視役なのだろう。自動小銃を手にした米兵はいかにも強そうな感じだったし「日本人のくせにいい太ももをしていやがる」という感じの視線だった。
でもさ、荷台にあったものを手にしたらぎょっとしていたよ。分厚い刀身、そして柄の長い武器にはずっしりとした重量があって、それを軽々と手にしたからだろうな。
たぶんさ、凄味がでるんだ。コスプレなんかじゃないし、ざっくりと脳天から真っ二つにできるくらいの迫力が出る。
実際に暴れ狂うエギアナを真っ向からブッ潰したし、極限まで戦闘勘が高められるからたぶん弾丸だってかわせる。そういうのって本能的に伝わるのだろう。強者は俺のほうだと分かったのか、ぱっと視線を逸らしていた。
と、それまで軍人と話していたゆとり君が、きびすを返して近づいてきた。
「後藤さん、これから航空総隊司令部へ向かいます」
「そっか、なら……そうだな。藤崎、斑鳩、ここで待機してくれ。ゆとりの抱える兵隊もいるし、なにかあったら対応してもらう」
うずくまった姿勢の魔兵に触りながらそう言う。ゆとりが遠隔操作できるとはいえ、車の荷台に置いたまま放っておくわけにもいかない。
さっきまでふざけた会話をしていたにも関わらず、いがぐり坊主の斑鳩は顔全体を覆う装備を身につけながらうなずいた。複眼を輝かせると童顔の少年は雰囲気を変える。
「分かりました、師匠」
「師匠、こっちでも中の様子を見ています」
こういうときお互いに映像を見れると楽だよな。
頼む、と言って俺たちは歩き出す。ひと仕事が終わったあと、残念ながら彼らには楽しいショッピングは待っていないものの、まずまず気合が入った声に満足した。
しかしだな、暖房の効いた室内に入ると、ちょっとした問題が起こる。
「…………暑い」
「脱げばどうです?」
まずまず大きな司令部庁舎に足を踏み入れるなり、雨竜の冷たい声が耳を打つ。
確かにな。暑いんだしコートを脱げばいいと思うんだけど、そうしたら「痴女かな?」が今度は「痴女だ!」に変わってしまう。
え、ささいな違いだって? こらこら、ぜんぜん違うでしょうが。RPGでいう水着アーマーのような恰好にマジでなってしまうし、もしも写真に撮られた日には一生モノの弱みとなってしまう。
「ゆとり、ゆとり、軍人用の余っている服を持ってきてくれないか?」
「え? 今ですか? マズいですよ。魔物出現まで十分を切っていますし、外に出るときはまた着替えるんですか?」
おい、うっそだろお前! ウィィーンと動いているエレベーターのなかでうずくまっちゃうよ、こんなのさあ!
「もういい。がんばる。ぱぱっと挨拶を終わらせて外に出よう」
「ですね。ここは米軍基地ですし、今までみたいに気まま暴れ回るわけにもいきません。穏便に済むよう総司令殿に話を通しましょう」
あー、なんでかなぁ、急にめんどくさくなってきたぁ。
考えてみれば米軍基地が襲われたって俺はあんまり困らないし、さっき見た感じだと自衛隊連中よりもいい装備をしていた。ならここで帰ったところで特に問題は……。
「先輩、一緒にショッピングを楽しみましょうね」
「うっ! 分かった分かった、分かったよ! がんばるよ!」
雨竜から冷たいジト目を向けられて、ようやく俺は観念した。
まったく、冬の冷たい風が恋しくなったのは初めてだ。そう心のなかで悪態をついたとき、俺たちは航空総隊指令部の一室に辿り着く。
軍服を着たお偉いさんたちが席についており、歳を取っていても鋭い眼光と太い首回りが政治家連中とまるで異なる。
ンッンッと喉を整えてから、俺は「痴女かな?」という格好で足を踏み入れた。痴女じゃねーよ。これは最先端のファッションなんだ。よく覚えとけ!




