77.ビル群の戦い
藤崎、斑鳩は幼いころからのつき合いだ。
サッカーが流行ればサッカーをして、ゲームが流行ればゲームをする。流行りものに興味を覚えるのも、飽きるのもだいたい同じくらいなのだ。
「かなり早そうだったな、こいつ」
「まあ、なんとかなるだろ。どう考えても師匠ほどじゃない」
「言えてる」
などと黒鎧に身を包んだ両名は、一歩ぶん前に進む。
手には闇礫の剣を持ち、また反対側の手を握ると宙から六角形の物体がカシシと心地良い音を立てて集合する。
いがぐり坊主の斑鳩は、いつものようにフルフェイスで覆っていていまは見えない。やや長身な藤崎は「俺もそれを着けようかな」などと口にしていた。
二人の殺気は乏しく、しかしそれは不要な力を抜いたものだ。だからこそ、ギャンッ! と刀を弾いた瞬間に「いくぞおお!」「おぅけええええい!!」と怒声を響かせる。
魔物は3メートルほどの長身であり、そこから繰り出される斬撃は、ボ、ボ、ボボボと速度を上げる。左右の手それぞれに握られた得物に対して、藤崎と斑鳩はかいぐり、小さいほうの若者は頬を歪ませながら「速いって」と笑う。
そう、笑うことが増えてきた。
どうにも理解できぬのだが、刀を弾いて軌道を無理やりに変え、そうして自力で死線を追いやるのが面白い。数少ない隙を探しだして、ビィッと傷をつけてやるのはもっと楽しい。
両名は魔物の左右の腕に対して仕掛けており、それを見守る他の隊員らは照明を浴びせながら嫌な汗を流す。
――ボヒヒッ! ボヒヒヒヒッ!
あの落下しかけのヘリコプターのような音を立てているのが現代日本における戦場だ。あんな速度に頭や腕を突っこんでおきながら「怖い!」と言って笑っている。
しかし不謹慎だと口にする者はいない。後藤一派が現場にいると、あの化け物と対峙せずに済むからだろう。
そして死線から遠ざかれば思考もさほど乱されない。迷彩服を着た男は、盾の向こう側を睨みながら叫ぶ。
「隊長、あいつの魔物なら頭への射線が通ります! 撃ちますか!?」
「状況の変化があってからだ。移動する素振りを見せたら即時に撃て!」
はっ! と即時に周囲の者たちは即座に返事をした。
前情報によるとあの新種の魔物は機動力が高いらしい。取り逃がすと厄介な相手であり、またこの包囲網も明日からはさらなる防備を求められる。この先、市民の住むエリアまで完全なる無防備であり、もしも突破されたなら……。
「第二次世界大戦で猛威をふるった電撃戦、あれをモンスターにされかねない。いいか、絶対に食い止めろ。たとえ死んでもだ!」
「おう!!!」
先ほどよりも雄々しい返事を聞いて、隊の長はただうなずく。
このような命懸けの包囲網は、おそらくこれからずっと続く。何年も、何十年も。それを知っているからこそ笑いも泣きもしない。ただ淡々と、黙々と、あそこで獅子のような奮闘をする若者たちのように己たちもひとつの武器にならねばならない。
どうすれば良いのか。
どうすれば犠牲なくやれるのか。
だれにも分からないであろうその方法を、実はあの若者たちは見つけていた。
「斑鳩、このまま超接近戦をする! ヘバるなよ!」
「藤崎のほうが疲れやすいと思うけど……なっ!」
剣撃の隙をついて、左右それぞれの脇腹に足が減り込む。ミリ秒のズレもなくやってのけるのは【同調】なるものの効果だ。ずどんという音を立てて、一瞬だけ動きが止まる。なら殺せと師の言葉が脳裏に浮かんだ。
鷹のように鋭い目をして、両名は指をぎゅうっと握る。
宙に浮かんだ六角形の集合体は即時に形を失い、それぞれ無数のトゲをねじらせた高速回転をする。
「新技あッ!」
「解禁っ!」
ずどどどん、と無数の弾を左右から打ち込まれて、両刀使いのモンスターは厚い装甲をひしゃげさせる。いまのは素材の元であるギズモの特性を熟知したことで生まれた技なのだが、バッと黒い血を撒き散らすモンスターにとってはたまったものではない。
「撃えッッッ!」
ど、バババッ! と閃光混じりの弾道がビルのガラスを破砕して、そのさらに上へとモンスターは飛翔する。すさまじい速度だ。ちょうど足元にいた藤崎と斑鳩は煙に包まれており、すぐに追うことは難しい。
「しまった!」
悲痛な声で隊長はそう叫ぶ。
ここから先、悪夢のような被害が生じると思ったのだろう。
ずしい、と先の魔物はビルの頂上付近に着地する。足元に刀を突き刺して、大量の血が落ちてゆく先のアスファルトを見つめていた。
目覚めてすぐに思わぬ強敵が現れて、若干戸惑っている風でもある。片や人間族はというと地上を真昼のように染めており、無数の隊員らが防護壁の向こうから姿を現す。
じいと見つめるのは、彼らを分析しているのだろうか。
この場所からは、彼らの位置、人数、装備、戦術と学べるものは多いだろう。もうひとつ、ずしい、と隣に現れる者を見て、無機質な目を向けた。
雌の魔物、それも戦型だ。乱戦でこそ威力を発揮する固体であり、また傷ついた様子からこの地で戦いを潜り抜けてきたと分かる。
こうなると一気に殲滅することも可能だろう。
そう思ってか魔物は地上を見下ろし、そして再びバッと魔物に視線を戻した。
「え、モンスターも二度見すんの?」
そう言ってひょっこりと顔を表した人間族に、相貌を血のような色に染めて即座に足元の刀をバシャアと引き抜いた。
――狙うは首。
無数の破片のなかで刀を振るうや、直前でバキンと真上に軌道を逸らされた。足元の同族の仕業だと気づき、また火花で浮き上がった女の顔は笑みを浮かべている。
「2対1、つまりはさっきと同じ状況だ。今度は新技なんかに驚くなよ?」
言葉の意味は分からない。だけどこのときモンスターは理不尽ななにかを確かに感じていたという。
隊員らは照明で染められたビルを見上げていた。
この状況であれば無線で空自に連絡を取るしかない。しかしその最中であった隊員は「応答しろ」という命令に従わず、ぽかんと夜空を見上げていた。
暗くてほとんど見えないが、宙で魔物が切り刻まれてゆく。いや、魔物が魔物を斬り、またついでのように女性らしき者がブン殴る。
「……冗談だろ?」
そう呆然とした声を漏らしたが、さらに驚くことが起こる。宙でバランスを失った魔物めがけて、先ほどの女が飛び降りたのだ。
おいおい、死ぬぞアイツ! そう再び呆然と呟いて、またその予感は半ば真実となる。まったく信じられないことにドロップキックを喰らわせて、空中でなにやらわめきながら落ちてくるのだ。
「………~~れが俺の、俺たちの怒り」
は? まさか決め台詞を言った? というか言いかけの途中で地面に落ちた?
バアアン! と大きな音を立てて、また大量の破片とほこりを撒き散らす。集った隊員らは一人残らず呆然としており、先ほど見た光景をまるで信じられなかった。
10階建てのビルから飛び降りて、命がけの決め台詞を口にする者がいるだろうか。そんなバカな。見間違えだ。そう思い記憶を訂正しようとするのは当然だろう。
しかし……。
「クソ――、ぜんぜん言いきれねえ! お前が宙でバタバタしてたせいだろが、死ね! 滑ったことを死んでお詫びしろ!」
などと乱暴に踏みつけており、とっくに息絶えているであろう魔物は衝撃でバキンと砕け散る。直後、爆風が起きていたようだけど、集った連中はまだ驚きから立ち直れない。
そのとき目の前をスタスタと歩いていた若者、藤崎なる者がこちらに指先を向けてきた。
「鈴木、空自に応援は不要だと伝えてくれ」
「あ、は、はい!」
気のせいか、先ほどの気合や熱意などがさっぱりと消え去っているような声だったのは気のせいだろうか。
すっかり忘れていた無線機を手に取って、狐につままれたような顔を男は浮かべた。
§
さて、記念すべき大勝利である。
途中でかなりグダった気もするし、周囲に集まった連中まで若干冷めている気もするけどたぶん俺の気のせいだ。間違いなく。
「後藤さん、もうちょっと言動を気をつけませんか? あれ、記録されますし、これからたくさんの人に検分されますよ」
「そういう常識を先輩にお伝えしても仕方ないと思います」
「師匠っ! すごかったっス! 難しいことはわかないでスけど、とにかく勢いがすごかったっス! 今度、俺もやってみま……」
「「「絶対にやめろ!」」」
おー、おー、息が揃ってんなー、こいつら。どこかの安っぽい芸人かよ。
などとふてくされながら俺は「あたりめ」をくっちゃくっちゃと噛む。ったく、あたりめとスルメの違いも分からないくせに偉そうだな。そうグチを漏らしながら熱燗の日本酒を飲み、酒臭い息を吐く。
「いいかー、この世界では勝ったものが勝者だ。力こそパワーだし、可愛いは正義なんだ」
だん、とおちょこをテーブルに乗せてそう言うと、カウンター席の連中が振り返ってきた。
一番近くに座っている雨竜はというと、同じように熱燗を口に含み、ことんとテーブルに乗せた。
「先輩、どうぞ続きを言ってください」
「へ?」
ほんのりと頬を赤くして、彼女は頬杖をつきながら瞳を細める。黒髪からわずかに耳をのぞかせており、そこに指をかける仕草はなぜか目を惹きつける。
「ちゃんと聞きますので、言いたいことをきちんと言ってくださーい」
そう言い、息も届くくらいまで顔をズイと近づけてくる。思わず俺のほうが仰け反ることになった。
「……お前、けっこー酔ってんな」
「そーです? んふふ、お酒を覚えたのはだれのせいだと思ってるんです? そ、ん、な、こ、と、よりも」
などと言いながら、チャッチャッと雨竜はなにかを積み重ねる。そこには真四角の物体があり、なぜかまだら模様がゆっくりと動いていた。モンスターどものドロップ品だ。
「それ、なに?」
「今夜の潰したぶんは、私がちゃんと回収しておきました」
んふ、と笑いやがったよ、こいつ。
なにこいつ、笑うの? いつもの無表情キャラはどこいった?
「あ、あー、そーなんだ。サンキュー」
受け取ろうと手を伸ばしたのに、ぢゃっと鳴らして雨竜は素材を握りしめる。その手を遠ざけて、かわりに挑発的な顔をズイと近づけてくる。
紅を塗った唇が笑みを浮かべて、なんともいえない迫力に息を呑む。
「先輩、とぼけてはいけません。早く約束通りパンツを作りましょう?」
「断言すんな! まだパンツだって決まってねーよ! 分かった分かった、仕方ないからそれをよこせ」
「…………」
うおー、めっちゃ観察されてるよ、俺。
隙あらば「ごっめーん、間違えて武器つくっちゃったあ☆」なんて言おうと思ってたのに、びっくりするほど隙がない!
そんな心理戦を終えてから、手をにぎられてそこに素材をひとつずつ乗せてきた。
「先輩、は、や、く」
「その笑顔、お願いだからやめてくんない? あとお前ら、邪魔だから店の外に出てろ」
「え、後藤さん、僕だって楽しみに……」
は!? 楽しみってなに!?
税金もらっておいて遊んでんの? 頭ゆとりってんの?
そう無言でモザイクが必要なくらいの表情で睨みつけると若林は黙った。
「じゃ、向こうで待ってます。斑鳩君、藤崎君、一緒に寒い風に吹かれようか」
「「えーー」」
えー、じゃねーよ。俺の機嫌を損ねたらアレだぞ。パンツ専門の生産職になっちゃうんだぞ。
ぴしゃりと閉じた戸に向けて、べえっと舌を出してやった。
しかしだな、わくわくした表情の雨竜と二人きりというのは、これはこれで困るなぁ。背筋のあたりが妙にゾワゾワする。
「ま、いーや。さっさと作ろうぜ。言っとくけど、ズボンができてもがっかりすんなよ? あのなんとかって魔物からは初めて作るんだしさ」
「ええ、そうします。実は私、初めての装備品ってわくわくするんです」
「あ、分かるー。そういうのってあるよな。アイテム集めの醍醐味というか、知らないなにかができあがるのってやっぱり楽しいよ」
くすりと彼女は間近で笑いかけてくる。これは同じ趣味の奴にしか分からない領域だぞ。普通の社会人なら「?」って顔をする。
こいつ、お酒を飲むと表情が豊かになるのかな。そう思いながら俺は大して悩まずに素材を加工する。
しゅううと白い煙を上げて、お店の換気扇に吸い込まれてゆく。ほろ酔い気分で見つめているのがモンスターをブッ殺して得た素材なんだから笑えるね。
やがて煙が途絶えると、そこには……。
「あっははは! なんだこれ、ストッキングじゃん! とうとう真冬装備が出てきたか」
「ああーーーーっ! 絶対にパンツだと思っていたのに! 先輩はそういうお約束を外さない人だと私は信じていました!」
ばかばか、笑わせるなよ。そんなに必死こいた顔でテーブルに突っ伏すな。
あーあ、これだから雨竜がいると楽しいんだ。びっくりするほど喜怒哀楽があって、普段無表情なぶん面白い。
「うわ、あったかいな。雨竜、見てみろ、ちゃんと履いてやったぞー!」
そう言って振り返ると……なぜか真顔の雨竜が立っていた。
え、なんスか? ちょっと怖いんですけど。雨竜ちゃん?
「想像よりもかなりいいですね。悔しがればきっと喜んで履くと若林さんは言っていましたが、まさかここまで簡単にことが運ぶなんて……」
「んっ???」
戸惑いながら見下ろすと、なんだろう、エッチくない? 陰影がはっきりしているというか、うっすらとした縦縞と……あーっ、尻がほとんど見えてんじゃん! 生地が薄いから線まで見えちゃってる!
「あの、雨竜ちゃん、その食い入るような目はなに? 俺の尻にものすごい視線を感じるんだけど?」
「ご存じでしたか? 夜の案内者には映像保管の機能があるのですよ」
え? なに言ってんの? 本気でなに言ってんのおまえ?
盗撮しておきながらドヤァって顔をしやがって、はっきり言って犯罪者ゾーンのど真ん中だよ!?
「先輩、自信を持っていいお尻だと思います」
「いいから目を閉じろやてめええーー!!」
などという雄たけびを響かせるのは当然だ。
そして、それを聞いている男どもが、外で退屈そうにしゃがみこんでいるのもまた当然だ。
はぁーあ、と北風に吹かれながら彼らはため息を吐いていたらしい。ごめんね。




