76.組織化
戦いの美学っていうのかな。戦う者にとって守らないといけないことってあると思うんだ。
モラルとか人らしさとか、そういうものを守るべきだろう。でないと悪者だと思われかねない。
「あなた……」
背後から無機質な声でそう言うと、さらりとした黒髪をたなびかせて雨竜が顔を覗かせる。
「あなた、ずいぶんと見込みがあるのね」
「ア……」
しかし俺と雨竜に関しては別なんだよねー。
ずきゃっと鳴り、モンスターの胸から現れたのは黒刀だ。背後からの強襲であろうと、眉をひそめる奴なんていないって。もしもそんな奴がいたら「ウケる」と罵ってやるわ。
「おー、やったか。俺、乗っ取りを見るのって初めてなんだよな。ちょうどいいし近くで見学するか」
「はあ、それは構いませんけれど、先輩が見て楽しめるかは分かりませんよ」
「それは受け取る側の問題だって。なあ?」
そう背後に声をかけると、スーツ姿の青年が「ですね」と頷く。
「それよりも雨竜君、モンスター相手とはいえ背後から襲うなんて……」
「ウケる」
「ウケますね、本当に」
くすりと笑いもせず冷たい返事をすると、棒立ちのモンスターに視線を戻す。
全身の筋肉を膨らませて、ビクンビクンと震えている様子はたぶん抗っているんだろう。なにに抗っているかというと、それは雨竜からの支配だ。
黒刀は背後から突き上げる角度でまっすぐ心臓を貫いており、魔物が目を剥いているあいだもパキパキと鳴って同化しつつあった。
これは雨竜の惚れこんでいる愛刀であり、先日の戦い、エギアナとの死闘によって身につけた「乗っ取り」という技だ。
「若林、お前がどうやって能力に目覚めたか当てようか」
「……ええ、聞きましょう」
傷口から徐々に水晶化が広がっており、見たところ今回の綱引きは雨竜に分がある。かなり俺が痛めつけたしな。手から離れた双刀が地面に突き刺さり、徐々に膝を降ろしていく様子にそう思う。
「血だな。モンスターの血を取り込んだんだろう。死にかけのお前が融合と進化だと口にしていたアレのこと、しばらく俺なりに考えたんだ」
なにを考えたかというと、能力者として目覚める条件だ。
ほら、あれがあっただろう。俺の血を吸ったエギアナは形を変えていき、いまでは人間とさほど変わらない容姿になった。
それと同じように単にモンスターを倒しただけでは能力が目覚めない。傷を負い、血を取り込み、さらには才能を見せつけることで開花する。
若林は黙ってそれを聞いており、夜風で黒髪をなびかせていた。
「もしかしたらという憶測だらけだけどさ、あれだけ倒しておきながら能力者がほとんど目覚めないのは裏づけのひとつかな」
「……藤崎君と斑鳩君が目覚めたときを調べました。その夜は傷を負い、どうにか撃ち殺したのだとか。もしもそれがきっかけだとしたら、後藤さんも同じようなことがあったんじゃないですか?」
いや、俺は傷なんて……。そう言いかけて、ばっくりと割けた喉を思い出す。
気道まで達した傷に、たらりと赤い血がナイフを通じて垂れた気がする。あの全身目玉野郎。あいつの右腕が真っ赤に染まっていて……。
いや、待て。良く考えよう。これはもうすこしちゃんと思い出したほうがいい気がする。
最初思ったのは「違うんじゃないか?」という疑念だ。
あいつの腕が血に染まっていたのは、てっきり他の被害者のものだと思っていた。しかし実際は違うかもしれない。あれは全身目玉野郎の血だった?
「……ふうん、なら考えも変わるが憶測はここまでだな。乗っ取りが完了したらしい」
ぎぎ、と身体を鳴らしてモンスターが起き上がる。
そこからはあっという間だ。こわばりが抜けると地に落ちていた双刀を引き抜いて、ひゅんひゅんと鳴らして腰に差す。
「終わった?」
「ええ、今回は手間取りました。相手のレベルが高くなると時間がかかりますね。それと先輩の新しいパンツが見れないのも残念です」
「おーい、心から残念そうに言うな。もしかしてお前、俺のパンツ姿が好きなの?」
「ええ、かなり好きですが?」
マジかよこいつ。しれっと言いやがったし目が本気だよ。思わず口がヒクヒクしちまうけど「なにか?」と小首を傾げられて、はぁーあというため息が出た。
「満月だしさ、そのうち狩れるだろ。楽しみに待っていたらどうだ」
「そうしましょう。では、一緒に記念撮影する約束をしてください」
そう言って小指を向けてきたけど……え、こいつあつかましくない? さらっと要求を上げてきたし、将来が心配だよ。いつまで経っても小指を引っ込めないし、若林まで「あの、後藤さん? 雨竜君?」と戸惑っている。
あーあ、と諦めて小指を結ぶとようやく納得してくれた。
「では契約成立です。いつもモンスター退治をしているのですし、少しくらいは楽しみがないとやっていけません」
そう言いつつも跪いたモンスターの頭をなでる様子は、まんまご主人様という感じだ。
「そういや心臓に刺して同化したままか。替わりの刀を作るか?」
「お願いします。こういうときは本当に先輩の有能さを感じますね」
「へーへー、便利だなって俺も思うよ」
ポッケから出した木の実を握ると、じゅわりと煙を立てて刀に変わる。
エギアナを仲間にした利点はこれなんだろうな。ちょっとした犠牲に目をつぶれば、いくらでも素材が手に入るしさ。まあ、だからあんまりストック以外は使いたくないんだけど。
「若林、いいかげんさっさと能力を見せろよ」
「え、討伐が始まってまだ30分ですが……えーと、ですね。もったいぶるものではありませんし」
夜風に吹かれながら青年は笑みを深める。執事のように胸に手を置くのはかっこつけだろうか。こいつ、相変わらず微妙に腹立たしいな。
そう思っていると、青年の周囲に光源がチカチカとまたたき始める。平然としている通り、彼が発動した力なのだろう。
「技能というのは様々な種類がありまして、ただどうしても個人としての強みが出ます。僕は非力ですし、運動もしていません。まともに戦えないのは道理でしょう」
デジタルの光源に照らされながら、青年は心苦しそうに笑う。
そして彼の瞳も輝きだす。
最初見えたのは光の渦だ。
たぶんこれは俺たちにしか見えない。無数の星々のように灯火が広がってゆくのをただ感じた。
出現予測でよく見ている光景に、どんどん情報が足されていくんだ。味方の位置、敵の位置、出現までのカウントダウン。たぶんこれはネットワークだ。
光の奔流はさらに続き、それは乗っ取ったばかりのモンスター、バーリィーにまで結びつく。
「ええ、僕に発現したのは組織化です。これからは情報社会ですよ、後藤さん。なんて口にしてみると古臭くてとても陳腐ですね」
はは、と情けなく笑う彼の背後でモンスターが動く。額に「UNIT01」と書かれているのはなんだろう。01ということは、まさか2桁単位まで操れる?
あれー、おかしいな。ちょっと頼もしく感じたのは、たぶん俺の気のせいだよな。
「情報化社会ねえ。じゃあ身体が冷えそうだし、そろそろ行こーぜ。でないとパンツ姿も見れないぞ」
「あ、そうだ。署の連中にも見せてもいいですよね。新しい装備を着たときは、いつもそうしているんです。みんな楽しみにしてまして」
「……はアッ!?」
ちょっ、ちょっちょっ、本当になにしてんのオマエ!? はははじゃねーよ。ここで爽やかに笑うんじゃねーよ。
あークソ、あークソと文句を言いながら、俺たちとモンスターは川べりの広場を歩きだした。
では、今夜も狩りをするとしよう。




