68.エギア殲滅戦④
腹まで響く金属音混じりの爆音が頭上から聞こえてくる。ゆっくりと旋回しているあれは通称ブラックホークという機体だ。最近は自衛隊との絡みも多いので、だんだん見慣れてきたなーと思う。
物々しい機体には威圧感があり、また先住民インディアン族の酋長の名を冠しているというのは有名な話だ。おかげで痛いくらいの雨粒がたくさん当たってきて、真っ黒い血を洗い流してくれる。
「…………」
ご近所迷惑この上ない。うるせえなぁと思いはするが、穢れた身体が綺麗になっていくのは気持ちいい。ちょっと手荒な軍隊式のシャワーとでも思っておこうか。その代わり髪の毛はボサボサだけどさ。
長い夜だなぁと思いながら切っ先を地面にカツンと触れさせる。
たくさんの敵を倒したし、幾つかレベルアップをしたし、たくさんの素材と武器防具を得た。今ではもう頭の天辺からつま先までエギア装備で統一されている。
もう冬だってのに寒さをまるで感じないのは、もしかしたらこの装備のおかげかもしれない。そのぶん魔物も減ったし、周囲はずいぶんと静かになったんじゃないか?
「みんな喰っちゃったしなー」
とんだ食いしん坊がいたもんだ。しかもさらに「お替り」をしたい気持ちもある。なぜなら手にした大剣はいつの間にか進化をしており、柄がずいぶんと長くなっている。まるで薙刀のようだけど、直剣の形だし記憶にあるそれよりもはるかにデカい。
いつも思うんだけど、モンスターから作る装備ってすごく格好いいんだ。惚れ惚れとするし、ずっと眺めていたくなる。
だから重さによって自然と切っ先を地面に向けながら、片手でぎゅうっと柄を握った。俺のモンだぞって思いながら。
太ももまで覆う大型のブーツは編み込み式で、厚底のヒールがあっても歩きやすい。へえ、よく見たら金属部品があんまり使われていないんだな。
厚手のコートは白色で、その縁をぎっしりと覆う植物がまるでボアみたいだった。
ギズモが革鎧、こっちは寒冷地仕様の布装備って感じか。にじみ出る迫力は攻撃速度重視という感じがする。
ふうう、と闘気混じりの白い息を吐きながら、鋭いままの瞳をもう少しだけ下に向ける。そして俺は硬直した。ぎしっとな。
「あっ、あ――――っ! パンツじゃん! 食い込みパンツ! っっっざっけんなよテメエ、エギアああっ!」
いつになく……いや、いつも通りに俺は吠えた。
たぶんたくさんの人が分かってくれると思うけどRPGとかファンタジーっぽいゲームで許せないもの、それはハイレグパンツ、あるいはビキニアーマーというものだ。
胴回りはドレスっぽいなにかで覆っているみたいだけど、パンツはねぇーよ、ありえない! へそだって見えてるし、こんなんで何から守れるって言うんだよ! 石ころか!?
「お、お前さ、てっきりエロくない触手だと思ってたらさ、なんなの? なんでこっちで本性を出すの? ちゃんと男相手でもこのパンツ装備を作るんだよな?」
わなわな震えながらクレーマー……じゃない、いち消費者として当然の怒りを露わにして、のしのしと無造作に近づいてゆく。
後方にいる痩躯の魔物のことも警戒していたようだったが、いま気にすべき相手が誰なのかを悟ったらしい。ただしそれは「ふざけんなよパンツ」という怒りによるものだとはモンスターも思うまい。いや、口に出しちゃってるし「理解できまい」のほうが近いか。
ふざけんな、引きちぎるぞ黒パンツと怒りを撒き散らしながらも頭の芯は冷えきっている。
だって目の前にいるボスは、普段なら勝てる見込みが五分五分以下なんだ。はっきり言って強敵だし、溢れ出る生命力と未だ正体不明の能力を嗅ぎ取れる。
――しかしいまは別だろう。
ぶんっと無造作に突き出した盾はただの牽制……ではない。
普通なら鼻で笑って避けられる速度でも、背後から痩躯の魔物から連続斬りをされたらそうもいかない。立て続けに奴の背後でたくさんの火花を散らし、一瞬だけ巨大な植物そのもののエギアはぶるっと体躯を震わせた……瞬間に、その目玉を俺の盾でしっかりと塞ぐ。ほら、見えないほうが怖いだろ?
静寂は一瞬きり。
死にかねない上空からの重い重い一撃で、ゾキンッ!と空気ごと切断するかのようにアスファルトを叩き割った。
もちろん動線上にあった成体エギアの肉をごっそりと削り取っている。ゾキンッ、ゾキンッ、と二度ほど繰り返してからそいつはけたたましく鳴く。
ギオオオオオッ!!
咆哮には頭がフラつくほどの衝撃があり、ババンと一斉に周囲の窓ガラスが砕け散る。鼓膜だって危ないが、いまの俺は先読みができるんだ。この鎧、そして雨竜のバラ撒いた探知によって。だから負ける気はしなかったし、しゅるりと耳を覆っている触手を解きながら笑いかけた。
きっとその際に生じるはずだった隙を突きたかったのだろう。嵐のように吹き荒れる茨をかわし、飛びのいてから俺と痩躯の魔物はゆっくりと時計回りをし始める。成体エギアを挟んだ形で。
「へえ、やっぱりこいつは雨竜が何かをした奴なのかなぁ。動きがどこかあいつっぽい」
『ええ、使えそうでしたので私の「軍門」に下らせました』
へー、中二病なのか戦国時代マニアなのか分からないことを言うね。脳裏に響く後輩の声に、そんなことを俺は思った。遠隔操作とか面白そう、とも思ったかな。
ぞろぞろと音を立てて、生体エギアは手足の形をはっきりとさせてゆく。4本足のカブトムシという表現が近しいだろうか。ただし店で売られているものと違ってトラックくらいの質量をしているが。
やがて形がはっきりすると、周囲を渦巻く植物まで身体に取り込まれてゆく。準備完了という意味らしい。
るるると奇妙な声で鳴くそれは、槍の穂先のように鋭い形状の頭をしていた。ぐるんっとこちらに向けられたのを見て動き出す。
――では、戦闘開始だ。
疾走を利かせた一歩で近づいて、手、脇でしっかりと柄を締めつけながら大剣を振り降ろす。こうすると片腕でもきちんと勢いをつけられるし、半身を盾でカバーできるんだ。
狙うは繊維状をした大きな腕。
でかいから当てやすいし、きっと大きなダメージを与えられるだろう、なんて思っていたら浅はかだ。硬質化によってバキバキと固まって、勢いを吸収するためか枝分かれをした繊維がアスファルトに埋まる。そうして無駄なくゴキンと受け止められたあと、奴は繊維まみれの口を開く。
――ぞきゅんっ!
不可思議な音を立てたそれは果てしない直線状の黒光線であり、構えた盾に触れても軌道を一切変えなかった。ただ無数の破片、それと俺の汗を撒き散らしてから地中にもぐる。
ズズ、と背後で地響きが起こっても気にしちゃ駄目だ。当たらなきゃ意味は無いんだ。
盾で受けた衝撃をそのままに反転をし、ゾキンと音を立てて再び腕に叩きつける。愚直に過ぎる一撃だが、ちょっといまはここを離れられないかな。なぜなら空中で揺れる奴の頭は、大量の白煙を吐き出しながらまだ俺を狙っているんだ。
さっきの光線はあの口から吐き出された……というか奴よりも前に、こっちが大剣から射出しちゃってたんだ。
いわゆるネタバレというやつで、充分に威力を知っている身としては奴の腕を盾にして戦いたい。うまくすれば自爆も誘えるし。
とりあえずこいつ相手だと盾は邪魔なだけだ。
そう思い、バツツツッという連続的な破裂音を立てて結合部を切り離すと、重い音を立てて盾はアスファルトに突き刺さった。これでちょっとは軽くなったし、攻撃もしやすくなる。空いた腕でも長い柄をグッと掴んだ。
「灼熱剣」
そうしてぼそりと呟くと大剣は炎をあげた。
燃え盛る黒炎には不思議と高揚感しか湧き上がらない。そういうのって俺だけなのかな。すごく格好いいし胸が勝手にどきどきする。もしかしたら戦闘狂なだけかもしれないけど。
たっ、と地面を蹴る。
自重によって疾走をかけた爪先には重みがあり、けどこういうのも嫌いじゃない。重くて強い一撃だと実感できるから。
宙で反転しながらの真上からの一撃は、素早くかわそうとした脚をカスる。バツッと軽い斬撃音と細かな破片を残すのを見ることなく、連続的に斬りかかった。
奴にとって嫌だなと感じるのは、俺一人を気にしていれば済むというわけではないってことだろう。ガリリッ、ガリリッと遠くから聞こえてくる音は、たぶん反対側の脚を狙ってんだ。俺と同じように。
『先輩、エギアの「羽」が開きます。瞬間的な速度上昇に気をつけてください。目で追いきれない可能性があります』
おっと、屋上から監視中している雨竜ちゃんからのお告げだ。これで「見てませんでした」なんて言ったら呆れられそうな気もするので、出し惜しみをせずに疾走を使っちゃおうか。
ぐっと両脚で地面を踏んだ瞬間、奴の巨体がはっきりと“ブレ”た。シュボボボォというおかしな連続音を立てて、視覚だけではない知覚全体で感じて動く。死にたくないとわめいて暴れるのと一緒でさ、全身の産毛が一斉に逆立つような怖さだよ。もう一度やってみろと言われたらブチ切れる自信がある。
体感としては十秒以上あったが、それはアドレナリンが出まくっているからそう感じたのだろう。始まったときと同様にたくさんの触手が本体に戻されると、これまでの戦況はひとつだけ変化した。
ぐわっと空中に持ち上げられたのは痩躯の魔物だ。逃げきれず丸太のような腕に捕まった。
「つっても助ける余裕はまるで無いけどな」
連続攻撃オラトリオと呟いた瞬間、痩躯の魔物は地面に叩きつけられた。癇癪をおこした子供のように、ただバンバンと地面に叩き続けられるのは捕まった相手にとって悪夢だろう。もう二度と戦えなくなるまで全身をへし折られ、ダメージを与え続けられるってのはさ。
しかし犠牲を無駄にしないのも大事なことだ。
細かな回転……長い柄を操って最短最速の一撃を繰り出し続けると、ゾン、ゾン、ゾン、と気持ちいいくらい胴体を抉りだす。
ギオオオオオオッ!!
だから効かねっての、咆哮はさ。
まともに怒りを受けたのは痩躯の魔物だけであり、空中で握りしめられると手足をバラバラにさせて落ちてゆく。とんだとばっちりだろうけど、誇っていいぜ。内側にある真っ白い骨が見えたんだ。
さっきと同じように奴の顔がこっちを向いて、今にも黒光線を放ちそうでも逃げないし攻撃を止めないぜ。オラトリオは連続攻撃をするたびに威力を高めるんだからな。
「そろそろ止めないと死んじゃうぞー」
もう胴体の内側に入りかけている。撃ちたきゃ撃てよ、お前ごと。
躊躇して、嫌がって、ゾゾゾと真横への移動をしたってさ、脚力で負ける要素なんてこれっぽっちもない。盾も捨てたし俊足もまだ健在だ。どうしてこれまでの戦場でのしのし呑気に歩いていたと思っているんだ。
「お前のために温めておいたんだぜ。逃げるのだけは得意そうだしさ」
ゾン、ゾンッ! ゾキンッ!
もう一撃がかなり重い。重くなってきた。腕から剣がすっぽ抜けてしまいそうだけど、もしそんなことになったら間抜け過ぎる。骨から筋肉まで悲鳴を上げている身体を感じながら俺はぼそりと呟く。
「……剣術士のレベルを上げろ」
《 剣術士を7レベルまで獲得。後藤の特性により多重斬撃を習得しました 》
先ほどの上昇と合わせて、これで溜めに溜めた90ポイントの大出費だ。お前の子分たちの貢ぎ物なんだからしっかりと味わえよ。
グググと膨れ上がる背筋と、さらに食い込んでゆくパンツ……はすぐに燃やしてしまいたいくらいだし、この怒りはお前に与えなければ気が済まん。
ズシンと奴がマンションの一階部分にぶつかり、大量のガラスや破片を撒き散らすのは間抜けすぎて失笑だ。コオと冷たい夜気を吸い、真上から真下へと、これまでの疲労なんて全て忘れた一撃を与えてやる。ただ「多重斬撃」と呟きながら。
――ゾゾキンッ!
おっほ、気ンもちいい――っ!
多重斬撃という名のまま、こいつは寸分たがわぬダメージを同じ場所に与える剣術らしい。
もっかいもっかいと俺の戦闘本能がわめき散らしているし、せっかくの連続攻撃オラトリオを止めるだなんてもったいない。
「継続治癒!」
そう叫んだ直後、ジュッと太ももを貫かれた。どうやら感覚が先走りしていたらしい。
なるほどね。細かな線状にしたら己の受ける傷も最小限で済むとか何とか思っちゃった? 駄目よ、そういう消極的なのは全然駄目。
「全力で殺るか殺られるかを考えるんだよ、お前もな」
痛覚耐性だけでなくアドレナリンが溢れ過ぎている俺を、こんなチャチなので止められっこない。ビスビスと立て続けに肩に穴を開けられたって、ここで引いた方がヤバいに決まってるし。
ゾゾキン、ゾゾキン、という斬撃を奴の体内で繰り返していると、やがて辺り一面が燃えだした。灼熱剣の継続燃焼効果だ。
細かな悲鳴をキイキイ上げて、葉の先端から炎に呑まれてゆく様子を見ていると、やっぱりこいつは植物なんだなーと思う。しかし全身の傷穴から白煙を上げながら、俺はまったく違うことを考え始めていた。
もはやピクリとも動かないエギア。
だけど討伐完了の案内が流れない。
なんだこれ、気持ちが悪いな。
これまでと違う何かが起こりそうな予感がして、燃えさかる外殻を蹴っ飛ばして外に出た。
厚底ブーツで着地をするとそこは涼しくて、ほうと息が出たよ。当たり前だけど冬は空気も風も冷たくて、でも今の俺にはちょうどいい。
それから視線を横に向けると――何かがいた。
最初、人かなにかだと思ったんだ。
でも頭が変な形というか大輪を咲かせたような形状をしている。手足もまるで関節が無いみたいで、かろうじて女性の形をしている感じ。
街灯に照らされるなか、そいつはこっちを向くことなく全身のバネを働かせる。
無数のツタで牽制しながら飛びのいたエギアらしきものは、一挙動で十メートルほどの距離を取った。やっぱり逃げ足だけは早いねー、あいつ。
しかし車のボンネットに着地しようとしたエギアは、がつんと何かから殴られたように軌道を変える。きっと本人も予想だにしなかったろう。巨大なハンマーでなぐられたみたいに肩を抉らせており、ビュッとたくさんの真っ黒い血が飛び散る。そうして無様にも背中から歩道にビシャッと落っこちた。
たくさんの破片を撒き散らし、あえぐ様子は弱々しい。するともう戦闘力は無いのか? いや、まだ油断はできないか。
ずしっ、と体重のありすぎる足音を立てて、それから俺は唇を開く。
「分かったか、俺のそばだけが安全圏だってことに。それ以外の場所に行ったり逃げようとしたら、そりゃあもちろん……撃たれる」
親指を向けた先、マンションの屋上では白煙を流す銃口があった。早いし正確だし、もしかしたらこのあいだ話をした夷隅さんかもしれない。こっちもなんとなくの勘だけど。
フッフッ、と手負いの獣のような息をして、エギアはゆっくりと身を起こしてゆく。ぞろぞろと生える触手がすぐに傷口を塞いでいくようだしさ、もちろん俺は悠長に待ったりなんてしないぜ。
「よくも俺の住む街を荒らしたな。お前は責任を取ってズボンにでも……」
アエエ、アエエエ……。
と、モンスターはおかしな仕草をし始めた。
うまく言葉にならないものを表そうとしているのか、伸ばされた手は訴えかけているようだ。エイリアンみたいな未知との接触そのものであり、怪奇番組で喜んで放映されそうだ。
とどめを刺すべきか、待つべきか。
しばし悩んだけど、ふんと息を吐いてから大剣を下ろす。
待つことにするよ。ここで斃したら、後で悶々と気になってしまうだろうしさ。ならこの場でちゃんと知っておいたほうがいい。
先ほどと同じように不可解な音を立て続けたそいつは、どこか微調整を済ませようとして見える。細かな繊維で身体を覆ってゆき、肺から気道までを得ると人体に酷似する唇となった。
――キュッ、ワレ、は、種を残すタメ、貴様に、クダル。
「はっ?」
はっきりと聞こえた日本語に、そして胸に手を置き、頭を下げた様子に呆然とした。
こんなことがあり得るのか、という意味で。
《 女王種から隷属の提案を受けました。承諾した場合、召喚、繁殖、成体化、武力行使などエギア種の持つ権利がすべて後藤に譲渡されます 》
「はあ――っ?」
もう一度、俺は唖然とした声を上げた。
ブラックホークの立てる爆風によってコートは舞い上がり、尻を丸出しにさせながら。




