67.エギア殲滅戦③
でっかい拳が振り下ろされてきたとき、皆ならどうする?
あ、いまの説明だとちょっと分かりづらいか。
こう触手みたいなのがまとわりつくザワザワした感じの腕で、たぶんキモッて言うと思うよ。本体もゴツい奴だしさ。プロレスラーだってこんなのとマッチングされたら辞表を出すんじゃない?
あ、余計なことばっかり言ってるな。そういうのって、たぶん俺の癖なんだ。
どうしようもないなーって感じるときに、なんでも無いぜーって言いたくなる。ぜんぜん平気。だって俺、がんばってこの東京で生きていくって決めたんだし。
キーンとした耳鳴りのなか考える。
そうだな、俺なら相手の一番嫌がることをしたい。
でっかい拳から腕の付け根まで、まっすぐに大剣で切り裂いて「オオオ゛オ゛オ゛ッ!」って叫ばせる。
んで、そいつの身体を盾にして、後ろから迫りくる大量の槍を……って、あーあー、速攻で盾が穴だらけだ。もうちょい頑張れよ、モンスターだろ?
しかし骨とか繊維とかのおかげで、槍はあっちこっちに方向を変えていて、なら平気かな、とか思う。
じょわあと大量の白煙を吐き出して、取り出したるはブ厚い盾である。
あ、こっちは本物のほうね。倒した奴らの素材とかを使ってさ、ブシャーッて音を立てて生まれるんだ。3分クッキングよりもっと早くにさ。
出来上がったのは、予想と違う丸っこい盾。足の生えていないおたまじゃくしに近いかな。ちょっと曲がっているし勾玉と言ったほうがいいか。
ガシッと勝手に腕に装着されて、さっき作りたての手甲と同化していくのはファンタジーの領域なのか何のか自分でも分からなくなる。
ただ分かるのは、さっきのデカブツなんかと違って、ぐしゃりと槍の穂先をひん曲げたってことだ。
どん、どん、どん!
上から下に叩きつける。
その雑な3連撃で装甲に包まれたみっつの頭から黒い血が噴き出た。隙間からビュッとさ。
みしみしと腕が鳴る。その溢れ出る力は、まだまだ余力たっぷりだと伝えているようだ。筋肉があれば大体なんとかなるらしいので、じゃあやってろうって思うじゃん。
どんどんやろう。
こいつらのずっと奥、安全地帯でじっと俺を見ているような情けないボスに向かってさ、一歩ずつ笑いながら近づいてやろう。あ、いや、可愛い感じの笑顔じゃないよ? んー、そのほうが怖いかもだけど。
ゴオオオオオッッ!!!
真っ黒い津波みたいな奴らが視界を覆ったって、隠れたそいつへの殺気は消さないぜ?
一歩ずつ近づいて、一体ずつ頭を粉砕していって、倒れた奴の頭骨を盾で叩き割る。
こんな感じ? RPGとか好きだからよく遊ぶんだけど、あれをちゃんとリアルにしたらこういう感じの戦いかた?
「大体合ってるんじゃねーのか? なあ、そう思うだろ?」
左側の顔以外は真っ黒い血に染まった姿で、奥に潜んだボスにそう声をかける。
ガチッガチッガチッと周囲から聞こえてくる音は、奴らが肩と肩を合わせて陣形を整えようとする音だ。より強固に緻密に組むことで、俺の突破を防ぐ腹らしい。
居並ぶ穂先は隙間なく、頑丈そうな盾まで構えていやがる。だったらさ、その陣形だか何だかを正面からブッ潰してやりたいって俺なんかは思うんだ。
「なあ、そう思うだろ、雨竜?」
ふっと笑みをこぼしたのは、なんとなく視線を感じたんだ。もうだれも住んでいないマンションの屋上からさ。
細かな雨が降りそそぐなか、見上げるとやはりそこには無表情な瞳があった。
◆
じいいと屋上から黒い瞳で見下ろす女性がいた。雨竜だ。
長い髪を雨混じりの風にたなびかせて、背後には痩躯で四本腕の怪物がいる。心臓に突き刺さった刀は全身の血管を侵食しており、また内部および骨髄にあたる器官をすでに掌握させている。
ここから路上まで10メートル以上の高さがある。
そこで暴れ狂っているのは後藤であり、こればっかりはまったく理解できないのだが「ザッコ!」と言いながら大声で笑っている。雑魚などではない。後藤と並ぶレベルの者がちらほらと混ざっており、しかし異様に嗅覚の効く彼女は大剣を用いた遠距離射出技によってすぐに射殺している。その判断速度は思わず冷汗を流すほどの早さだ。
倒した敵の数はすでに全体の半数を超えており、それは夜の案内者を通じて立体的な模型が展開された図によって把握できる。光源は次々と消えており、標的である「本体」がじっくりと後退していく姿さえ見える。
「また同じことを繰り返されたら面倒ね。あなた、奴の足止めをなさい」
ギッと関節を鳴らして、背後の化け物は跳躍する。宙で腰をひねると四本の腕をおかしな角度に変え、ひび割れるほどマンションの壁面を蹴ってさらなる加速をした。
――がぎぎぎっ!
目標に到達して地表に届くまでの4連撃。
着地してからステップを効かせて背後からの2連撃。
そこまでを見届けて新たな指示を飛ばすと、仲間としたモンスター、夜獣はすぐさま離脱する。直後、剛毛による濁流が周囲を襲い、ドシンと建物全体が震えるほどの衝撃が走った。
「……まだまだ能力を隠していそうね。いっそのこと丸裸にしてあげましょうか」
手にした2本の闇刈一文字をぎゅっと握り、そこに覚えたての探知を応用することにした。ふうと息を吹きかけて大量の探知を刀に与えると、屋上から思いきり投げつける。ちょうど質量を増していたときだ。狙い外さず「本体」に突き刺さる。
するとボビビッ、という変な音を立てて探知が本体の全身に広がった。
《 称号:果てなき探究者が連動します。解析完了までしばしお待ちください 》
そんな初めて聞く案内にも関わらず、雨竜の瞳はとても落ち着いていた。まるでこうなることが分かっていたかのように。
つい先ほど、後藤が闇刈シリーズの特性を知ったあたりから、いくつかの特性が宿ったことを彼女は自覚していた。つまりは戦場において幾つかの予測ができるようになったのだ。
もしかしたら後藤に引き寄せられているのかもしれない。
闇夜の灯火の一員に加えられた日から、己が変化しつつあることに気づいていた。目を覆いたくなるような惨状だとしても「そのうちどうにかなるわ」と思えるようになった。
楽観的なのか前向きなのかは知らないけれど、心構えが変わるとあらゆる物への見方も変わる。
しかし同一の個性ではない。
直感的な後藤とは異なり、雨竜の場合は「敵を調べる」という観測から始める。そこへ仮説をぶつけ、何度も繰り返すことで予測の精度を増していく。だから背後を振り返ることなく身をかがめ、マンションの反対側から迫る「尾」の一撃をやりすごせる。そして腰だめの一刀はビヒュッという鋭い切断音を響かせて1/3ほど切断してみせた。
ただ手痛い一撃を与えられ、エギアは「尾」を元の位置に戻す。背後から痩躯の怪物が迫っていたからだ。
さて、気がつけば敵の包囲網は解けている。
輪を描いて後藤を取り囲んでいたはずが、ばらばらと隙間が開いてほころびを生じさせているのだ。後藤はことのほかタフであり、いくら噛みついても飲みこめない。こいつは手に余るという敵の反応に、思わず雨竜は苦笑いを浮かべた。どっちがモンスターだ、と言いたげな横顔だ。
そのように状況を観察していたときに、横殴りの突風と雨粒が身体に当たった。派遣された陸自による多用途ヘリコプターであり、迷彩柄の機体は映画などでもよく目にする。通称ブラックホークといえば、良い印象も悪い印象も兼ね揃えている機体だろう。
また同時に懐に入れていたスマホが鳴り、腹から震えるほどの轟音と暴風のなかで雨竜は受電する。あいている側の耳穴を指先でふさぎ、そして艶のある唇を開いた。
「はい、雨竜です」
『こちら若林。いま本部とのやりとりをしていて、成体化したそちらのエギアを捕獲することに決まった』
「? ナッキージャムの捕獲作戦はどうなったんですか?」
『そちらは残念ながら邪魔が入り、失敗した。だけど適正という意味ではエギアのほうが優れている。そちらに派遣した陸自と協力をして対応に当たって欲しいけど……どうかな、できそう?』
最後のあたりは軽い感じの言い方で、この人も先輩に毒されているのかしら、などと思う。
さあ、それはどうでしょう。という風に雨竜は眼下を見下ろす。そこには全身を真っ黒い血に染めた後藤がおり、鬼のような笑顔でエギア本体と対峙しているのだ。
しかし気になるのは彼が「適正」と言った意味だ。
危険地帯に生息して、成体を取り込むことで数を増すという危険な魔物を相手にどのようなことを期待しているのか。
そのように考えていたとき、ブラックホークの機体からロープを使ってするすると二名の隊員が下りてくる。先に降り立った男性は年季の入った大型ライフルを手にしており、雨竜に笑いかけてくる。つい先日、酒場で挨拶を交わした夷隅隊長だった。




