66.エギア殲滅戦②
はるか遠くから響く振動音。それは基地から飛び立ったヘリの音かもしれない。
通報してからわずかに15分程度であり、いくらなんでも動きが早すぎやしないだろうかと思いはする。だけどどこか冷めている俺は「日本も平和主義じゃなくなったか」という感想を唇から漏らした。
しとしとと夜空から降り始めた雨は、熱した俺の肌を冷ますかのようだった。
だけどたぶん冷ましきるのは無理だろう。ガソリンを注いだかのように心臓は激しく鳴っており、たぶんもう誰であろうと止められない。でないと死ぬんだ、間違いなく。
右上から左下に。
むぢ゛ぃっ、と腕の筋肉を膨らませて、唇を一文字に引き結ぶと剣という名の大質量がそのまま斜めに振り下ろされた。
――ザキンッ!
潔ささえ感じる音を耳にして、ばっとアスファルトの破片が大量に舞う。
途中にあったブ厚い盾なんて切り裂いたし、視界の向こう側では真っ黒い血が舞ってもいる。
だけどこんなものじゃあ満足できない。素早く肩に担ぎなおすと再びクロス状に大剣を振り下ろす。
――ザキンッ!
大量の火花を散らし、数体の敵を巻き添えに真っ黒い血が再び舞った。
ひしゃげた盾は原型をとどめることなくガラガラと崩れ落ち、やはり剣の導線にいたモンスター連中は幾つかの肉片に分かれて転がってゆく。
ふしぃっという荒々しい息とともに熱気を吐き出す。
身体からうっすらとあがる白い煙は、体温によるものだけじゃない。あまりにも大きな質量を振り回すことで体内の筋繊維がブチブチと裂けており、それを修復しているんだ。
《 エギアの分裂を確認。左右後方からそれぞれ8体が出現します 》
最初は2体。次は8体。そして今度は16体。
そんな風に倍々にしてゆくことで俺の気力を削ぐ気かな。案外と人間臭い考え方をするじゃんか、エギアって奴はさ。
「じゃあ次は何体だよ、言ってみろ」
いくら数を増やしたって、負けん気の強さだけは絶対に変わらないないよ?
大して見もせず瞬時に俊足をした俺は、斜め後方の闇だまりから現れ始めた相手に靴の裏を叩きつける。ガツンと気持ちの良い音を立てて、盾を構える前のそいつは頭を仰け反らせた。
効くぞ、こいつは。
なんといっても俺が最初期から鍛えている技能だからな。もう時速何キロ出ているかなんて分からないほど育っているし、実際に限界まで仰け反ったそいつの背骨なんて嫌な音を立てている。
一介の女の子らしからぬ蹴りをした俺は、もちろんまだまだ満足なんてできっこない。
そいつの盾を足場にして、完全に力任せの技というか何というか、ダンッ、ダンッ、ダンッと上から大剣を叩き込む。
すでに重量が百キロに到達しようとしている剣だ。これをいったい誰が止められるのだろうか。けどさ、この重さがクセになるんだよ。鍛えまくったこの身体が、もっとやっちまえよと俺に囁いているようだ。
だろ? そうすべきだろ? 生まれたばかりで右も左も分からないうちに、わけもわからずこいつらは死ぬべきなんだ。
当たり前のようにモンスターどもが掲げた槍や盾ごと大根の乱切りみたいに切り裂いて、辺りに真っ黒い血が流れて水たまりみたいになると、ちょっとだけスッキリできるだろ?
ひゅう、我ながら手抜き料理みたいに雑な仕事だぜー。
だけど悠長にしていられる時間は無い。屋上で戦っている雨竜に連絡をする余裕さえ無いんだ。
ぞわりと一斉に逆立ったのはうなじの毛であり、大して考えずに俺は一歩だけ俊足を使って後方に引く。
――ゾキキキキッ!
すると先ほどいた場所は無数の槍によって貫かれていた。
数え切れぬほど穂先を分裂させたあの槍は、広範囲を穿ってくるので回避がかなり難しい。もしも触れたら胴体の反対側まで簡単に貫いていくとも思う。
まったくさ、なぜかは知らないけれど上等な鎧を家に置いてきちゃったんだよね。ほら、邪魔だし太もも丸出しだったりでなんだかコスプレみたいでちょっと恥ずかしいしさ。
だけど二体の武装した大男がこちらに穂先を向けてきたら、やっぱり舐めてかかるんじゃないと悟ったよ。
ざっざっと響く後方からの圧力もある。そいつらが俺に狙いを定めていることも知っているし、俊足や継続治癒の残量も刻一刻と減っている。
《 増援、増援、 42体のエギア分体が具現化します 》
あっそ、としか思わない。
言っとくけど俺は絶望なんてしないよ?
だってこいつらはみんなクズなんだ。反撃できない無力な人相手にだけ本気を出して、戦力を溜めに溜めてから「じゃあぼちぼちやりますか」と牙を剥くような奴らだ。ダサいとしか思わないし、逆にひどい現実ってものを叩きつけてやりたくて仕方ない。
ズズズと音を立て、俺を取り囲む闇だまりの外周全てから巨体が姿を現していく。馬に乗った奴もいるし、巨大な弓を手にした奴もいる。
だけどなんでかな、そんな姿を見ても俺はぜんぜん気持ちが萎えないんだ。鼻を鳴らして立ち上がり、それから一番後ろにいる奴に指先をビッと向けた。
「お前、そっから逃げんじゃねえぞ?」
女らしからぬドスの効いた声で告げてやると、ぐふぉ、とくぐもった声で笑われた。
そのふざけた態度にはね、かちーんですよ。地べたに這いつくばらせて、ゴメンナサイと言わせてやりたくて仕方ない。
「あっそ……、じゃあ今からそっち行くわ」
だから怒気により震えた声で俺はそう言った。
本降りになってきた雨を感じながら、ゆっくりと一歩ずつそいつの元に近づいていく。左右から軍隊みたいに手下どもが動いて、本体が見えなくなるのはすぐだった。
手にした大剣を引きずって、アスファルトをがらがら鳴らしながら歩き、そうして俺は夜空に向けて命じる。
「ガイド君、剣術士を2つあげろ」
《 剣術士がLV6に上昇しました 》
どじゅう、と大量の質量がまとわりつくようだ。
これまでにクソモンスターを倒したおかげで溜まったポイントを全て注ぎ込む。
筋肉の密度はより高まり、疲れかけていたはずなのに頭がスッキリするのを感じもした。
ブッ殺してやりたい奴は目の前だ。薪があり、炎があるのなら、辺りをゴウと燃やし尽くせるだろう。
周囲をずらりと取り囲まれている。数えるのも面倒くさくなる量だ。どう考えたってこれからリンチ以上のひどい目にあうに違いない。もしかしたらぜんぜんエロくない触手、エギアが本領発揮するかもしれない。
まあ、どちらにしろ大した見せ場も無く終わるだろう。
だけどさ、こう考えてみたらどうかな。前に進み続ければ、相手の数は半分になるってさ。
もっと早く動いたら左右の奴らだって追いつけない。ほら、単純計算で敵の数は1/4になっただろ?
だったらもう走れ。
走れ、走れ、走れ。びょうびょうと耳元で風がうなり、周囲から杭のような太矢が降りそそいだって構うことない。
あんなもん刃を斜めにして受けたら、大量の火花を散らしながらどっかに飛んでっちまうさ。火花で照らされた横顔で、へっと楽勝そうに笑ってやろうぜ。
《 称号、突進する者 の階位が上昇します。【思うがままに蹴散らせ】を獲得しました。これは闇夜の灯火滞在者全てに影響があります 》
おっとぉ、なんですかその殺人鬼みたいな称号は。
間違っても履歴書には書けないし、聞き捨てならないのは他の皆にも影響があるってことだけど……いいや、黙ってよう。バレたらなんか雨竜とかに怒られそうだし。
そんなことよりもと唇をひとつ舐めてから俺はぼそりと「灼熱剣」とつぶやく。
技ってのはさ、あまり大声で叫ばないほうがいい。そのほうが渋いし格好いいし、ごおうと黒炎をあげて雨を瞬間的に蒸発させた光景のほうがずっとずっと派手だしさ。
――下から上へ。
腰をひねって渾身の力で振り上げたそれは、盾の下から頭頂部まで切り裂く一撃となった。
ごおおッと松明のようにエギアが焼けて、そのまま真横に黒炎の塊を叩きつけてやると十字の炎で辺りは明るく染まった。
ヤバいよ、もちろんヤバい。こんなに距離を詰めたんだ。左右から槍が迫ってくるのは当たり前ってもんさ。
だから地面を滑るように身体を低くして、角度をきっちり90度ほど俺は変える。
大剣で身体を覆いながら半ば運だけで槍をかわしつつ接敵を済ませると、すぐさま「オラトリオッ!」と俺は叫ぶ。
ゾキンッと鋼鉄の塊がエギアを斜めに切り裂いて、同時に己の筋繊維を断裂されるという痛みを感じる。だけど動きは止めない止まらない。遠心力をそのまま無理やりに身体ごと回転をすると、連続攻撃オラトリオの発動条件を維持すべく全身の筋肉を総動員させる。
うーん、ひどい。視界がひどい。ぐるんぐるん回るし周囲はきったないおっさんみたいなエギアで埋め尽くされている。
しかしオラトリオというのは連続攻撃を止めない限り、ダメージもとい切断力を高め続けるという特性がある。連続コンボっていうのかなー。ばっすんばっすん敵を輪切りにしていくってのはさあ、なんだか知らないけど高得点を叩きだせそうで……。
「おっと、こんな使い方があったのか!」
ピンと脳裏に浮かんだのは手にしている闇刈ノ剣からの信号だ。こいつは第二の脳というべきか、成すべきことを俺に伝えてくるようないじらしい奴だ。闇刈ちゃんと名づけてやってもいい。
「オーケェイ、カモン闇刈ちゃん」
どしんと大剣を肩に担ぎ、清楚な女性らしく足を開いたガニ股の姿勢になると俺は大きく息を吸う。それから切っ先を正面に向けてから「解き放つ」ことを許した。
ずどお、と衝撃は凄くって、俺の腕が折れちまいそうだったよ。魔界に生息するという危険な植物、エギアはいま奴らの槍と同じように繊維の塊を解き放ったんだ。
奔流のように直線状に吹き荒れるそれはモンスターどもを穴だらけにしたし、あまりのお手軽な殺戮っぷりに「ふひっ」と笑う余裕もあった。
後方から蹄で火花を散らして迫りくる奴だって、馬の胴体ごと大穴を開けられる。大剣自体の質量が失われてしまうという問題はあるものの、だんだん扱い方が分かって「解き放つ」加減が分かってくると、気分はちょっとしたチート武器持ちのFPSだ。
「素材収集!」
なんといっても弾丸は奴らの血であり肉である。
青白い放物線を描いて大剣に吸い込まれてゆき、弾数もとい質量がグンと戻るという安全設計だ。
しかしもうひとつの欠点だけはどうしようもない。
それは大きな衝撃を支えているぶん身動きが取れないことだろう。ずどんと太矢が俺の胴体に突き刺さったのを見て――後方に控えた弓矢持ちの頭部を吹き飛ばしてやった。
よろめきながら立ち上がる。
これまで感覚だけで身体を動かしてかわしてきたものの、易々とアスファルトを貫く威力は囲まれて視界を失ったときに厄介かなと感じてはいた。
相手もそう感じたのか、ブ厚い盾を持った奴を先頭に、周囲の輪がせばまり始めていく。
もう一度思ったよ。鎧を着てくれば良かった、って。
だけどいま手元には無い。だったらさ、作ろうぜ。夏休みの工作みたいにさ。なので胴体に矢が刺さった状態でありながらも瞳だけは冷めた顔つきで、俺はぽつっと呟いた。
「素材収集」
外周で朽ちていたモンスターの身体が光り、青白い軌跡が俺に集う。
無茶をしたせいで筋組織がたくさん断裂をしており、じゅおおと全身から白い湯気をあげながら。
灼熱剣の継続的延焼ダメージの効果はまだ残されており、周囲はごうごうと焼けて明るいとさえ感じる。
退屈で仕方がないやとボヤいていたのは、ほんの2カ月前だったか? へっ、と鼻で笑ってやるよ。過去の俺のことをさ。
大剣をがっしりと掴んだまま、どっからでもかかって来いと俺は親指で鼻をはじいてやった。
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