54.現場
《 後藤のレベルが15に上昇しました! 》
《 藤崎のレベルが9に上昇しました! 》
《 斑鳩のレベルが9に上昇しました! 》
そんな案内音声を耳の奥に響かせながら、ほどよい浮遊感を俺は楽しむ。
どどん、と地面をヒビ割らせてナッキージャムが崩れ落ちる。ちょうど土下座みたいな格好になり、よいせと俺もまたアスファルトに降り立つ。
といってもアレだぞ。格好良くも何ともなくて、溶解液を使ったばかりなので酸っぱ臭いんだぞ。
いーんだよ、女ってのはさ、ちょっとくらい危険な香りをさせたほうが「色っぽい!」とか思うだろ? え、思わない? やっぱり酸っぱいとダメ?
クンクン袖の匂いを嗅いでいると、藤崎と斑鳩が走ってきた。それから向こうの方を指さして「ちょっと来てください!」と、だいぶ距離をあけて声をかけてくる。
だけどその距離感、なんだかちょっと気になるなぁ。
「臭いってことか?」
「は? なに言ってるんですか。それより雨竜さんが呼んでいるので……」
ずかずか近寄ってみると、藤崎と斑鳩は……ダッと逃げ出した。くっそ、てめえらっ!
じょーとーじゃんか! 匂いフェチとやらの沼にこの俺が引きずり込んでやろう! などと無意味に疾走を3人で使ったので、あっという間に雨竜のいる場所に辿り着いた。うん、ほんと馬鹿だな、俺らって。
「……どうしたんです、その姿は?」
そう両脇でヘッドロックをする俺を見て、きょとりと雨竜は瞳を丸くしていた。
男どもは降参という意味なのか腕をパンパンしてくるし「~~~ッ!」とか聞こえてくるけど、何を言っているのかちょっと分からないです。
まあ、こいつらにはしばらく制裁をするとして、呼び出した雨竜の様子を眺める。
「なんで地面をブッ刺してんの? そっちにもモンスターがいたとか?」
「ええ、いますね。エギアの探知能力がかなり高いので、その応用をしてみたところです。いま先輩も見れるように視覚化します」
そう言って、雨竜は空中を指先でつつく。すると俺らだけが見れるモニターと言えば良いのかな。夜の案内者のサポートを受けた映像が浮き上がる。カーナビの地図みたいに見えるけど、店名などはもちろん書かれていない。
「この視覚化はこれからもかなり使えそうなので、先ほど『立体感覚』を取得しました。つまりこんな感じに改善できます」
きゅっと指先をつまむ動きをすると、先ほどの平たい映像が一気に立体感を増す。ポリゴンのように前後にまで広がりを見せて、しばし俺を唖然とさせた。
「ええーーっ! なにコレ、なにコレ! かっこいいじゃん! 映画みたいじゃん!」
「ふふ、腰がゾクゾクして堪りません。ねえねえ、先輩、先輩、これも見てください。エギアの探知能力を広げてみたところです!」
まったく、お前もウッキウキだな。乙女みたいな笑顔してるけど、柄を握って「ざわああっ」って触手だか何だかをウネらせてるのはちょっとアレだよ。酸っぱ臭い俺とほとんど大差ないぞ。
などと心のなかで突っ込みを入れていると、先ほどの映像にも変化が生まれる。地中の奥深く。そこに光源がぽつんと浮かんだ。
「これってつまり……」
「ええ、モンスターです。大きさからして恐らくナッキージャムでしょう。先ほどの固体が警鐘を鳴らしたのか、他のやつが発現してすぐさま地中にもぐったかもしれません」
あっ、そうー。ふーん。待ち伏せ率100%だってバレちゃった?
よほど嬉しいらしく腰を左右にクイクイ揺らしているところ悪いんだけどさ、結構な面倒くさい状況になってない?
斑鳩は相変わらず俺の腕をパンパンしてるし、藤崎はだらんとグロッキーだし、相変わらず緊張感はあんまり無い。だけど地中に逃げられてしまったら、今までの「どかーん、やったぜ!」という楽勝モードが終わってしまいそうだ。
「んーー、地面かぁ。素材が欲しいってのに、潜られたらどうしたもんかな。セミじゃないんだからさ……おっと、それよりもさっきの奴のぶんを貰っておくか」
と思って振り返ると、そこにはナッキージャムの死骸に群がる人たちがいた。ここまで戦い続けた自衛隊員、それと警察関係者だ。
素材収集をしようと手を伸ばしたが、真剣に話し合う彼らの姿を見て……やっぱやめた。あっちも大変なんだろうし、ひと段落してから貰うとするか。
そう思い、両ひざから崩れ落ちる藤崎を放置して歩み寄ることにした。
「黙とう!」
その言葉に現場はシンと静まりかえる。
俺たちの国、日本はきっといつまで経っても敗戦国なんだと思う。それは憲法によって、もう二度と戦争をしないと決めたからだ。
だけど市民を守り抜き、最後まで全力で戦い抜いた男は褒めてあげたい。がんばったな、よくやったなと大声で伝えたい。でも、それだって不謹慎だと言われかねないから、自分の胸のなかで皆は叫ぶんだ。お疲れ様、俺も頑張るぞって。
ジィッと袋のジッパーは閉じられてゆき、今夜における第二戦闘区域の死者は一名と記録をされた。
そして各々の仕事に戻ってゆくなかで、ぽんと俺は肩を叩かれる。振り返るとそこには強面の刑事が立っていた。いかつい体格をした彼は西岡というおっさんで、こんなモンスター騒ぎが始まる前から顔見知りの仲だ。
「後藤、あれは救えるのか?」
視線に促された先には、先ほどの遺体収納袋が目に映る。救えるかという問いかけは、死者を蘇生させる能力について言っているのだろう。
だけどそれを見て、俺は首を横に振る。
「無理かな。相手のことを知らなすぎるし、声をかけても聞いてもらえないと思う」
前に弟子の二人を救い出したことがある。あのときの感覚を思い出すと、そんな簡単に出来るものじゃないと思ったんだ。
必死になって呼び掛け、ようやく彼らは俺の手を掴んでくれた。それは奇跡じみたものだと思ったし、この現代日本においてはまさしく奇跡だったろうよ。
「…………そうか。まあ、気にしないでくれ」
しばし考え込む様子だったが、西岡さんは何も言わなかった。代わりに異なる問いかけをしてくる。
「それで、お前の見立てではレベルとやらは幾つだったんだ?」
「ああ、ナッキー? そうだなあ、レベル10くらい? あの装備品、銃も効かない黒布と透明なオモチャの銃を合わせたら面倒臭くなるけど」
視線を向けるとやはり先ほど言った物に人が群がっている。
戦っていたときとは一転して、周囲はとてもにぎやかだ。今まで一体どこにいたのか、ぞろぞろと人が行き交っている。
尚も黒煙をあげて燃え続ける車と、複数台の照明ライト。それはうずくまったモンスターを照らしており、死骸からはおびただしい体液が流れ続けている。
それを撮影するために、ボキュ、キュィーー、という変なシャッター音が辺りに響いていた。
「あの隣の奴って動画撮影カメラ? というか鑑識がもう来てんの?」
「ん? ああ、逮捕すべき犯人がいないからな。どちらかというと被害報告のためにやらせている。それと魔物の対策を練っているのは、あっちの自衛隊の工作班だ」
当たり前だけどモンスター対策課なんて無いから、持ち前で出来ることを各々でやっているらしい。
へえと思ったのは警察と自衛隊の連携かな。本来ならば役割分担が異なると思いきや、聞いた話によると震災あたりで彼らの関係も大きく変わってきたらしい。
「以前は仲が悪くてな、それぞれ連携もせず勝手にやっていた。だが、それではどうしても効率が落ちてしまう。優先するのは組織じゃなくて結果だろうと非難されるのは当然のことだ」
飲むか?とコーヒー缶を手渡される。ありがたく受け取ると、じんとした温かさが指先に伝わった。
「へえ、じゃあ仲が良くなったんだ」
「別に悪口を言い合っていたわけじゃない。その逆で話しもしなかったのが、こんな状況では連携しなきゃ誰もやっていられなくなったんだ」
話を聞きながら珈琲をすすると、妙に甘ったるい味がする。安っぽくて、どこかほっとする味。
それからはたと気がついた。俺のこと酸っぱ臭くないのかなって。
「はっ、良い女ってのは怪しい雰囲気がするもんだ。あっという間に敵を倒す手腕、見事だったぞ」
にかっと白い歯を見せて、西岡さんは「じゃあな」と手を振ってきた。それから部下たちの元に戻ってゆく様子を見ながら、俺は袖の匂いをクンクンと嗅ぐ。
まったく。短パン姿で臭い奴だってのに、良い女なわけあるかっての。
とりあえずナッキージャムたちが地下にいるってことは、ゆとり君に教えておくか。その前にさっさと風呂にでも入らないと「なんか臭い人がいるー、ヤダー」とか言われかねないので退散しよう。そうしよう。




