53.ナッキージャム③
いつも思うんだけどさ「モンスターと戦うぞ! うおお!」という感じがあんまりしない。
例えば目の前にいるそいつだ。
おえっ、おえっ、と透明で水あめみたいに甘ったるい匂いがするのを、一生懸命に吐き出してる仕草とかね。
見れば両ひざに手をついて、本格的な嘔吐をしたがっている。身の丈5メートルくらいのデカブツがだよ?
だけど放っておいたらマズそうだし、地面に座り込みながら提案してみた。
「あの口、防護服が無いみたいだからとりあえず撃ってみたら?」
ぽつっとそう言うと、隣に立っていた藤崎が頷く。俺を守ろうとしていたのか斑鳩と一緒になって剣をクロス状にしており、ここだけ見たら騎士っぽいしファンタジーっぽい感じだ。
「あ、そうですね。俺から伝えます」
ぐいと口元のマスクを指で引き、藤崎が頷いた。続いて胸元にある無線機を手にして周囲に潜む自衛隊員に連絡を図る。
「――現地より報告。固体名は『ナッキージャム』。目的不明の行動を取っており、口のあたりは防護服に覆われていない。がらあきの的を蜂の巣にしてやれ。以上」
そう伝えながら藤崎から右手を差し出され、斑鳩の手も一緒に握ってから「よっ」と俺は立ち上がる。お姫様じゃないけどさ、よく分からんがこういう世話をするのが二人は好きらしい。変わってんな。
あんがと、と礼を言うのと、連続射出音が響くのは同時だった。
――パパアッ、パパパアアッ!
映画で聞くよりはずっと甲高い炸裂音が新宿区の路上に響く。
なんだっけ、曳光弾って言ったかな。そう背の高くないビル屋上から閃光が撃ちおろされて、あちこちに隊員の姿が照らし出される。
人数は4名ほど。弾切れの奴や、お陀仏になった奴も合わせると十名以下の構成をしているらしい。
曳光弾というのは数発に一発ほど混ぜている光る弾のことで、夜間の命中精度を格段に高める効果がある。デメリットは撃つ者の姿が丸見えになってしまうことだな。だから最小限の明かりになるよう調整をするらしい。
対する魔物はというと、ボンボンと口のなかで破裂音を響かせて「ギオ……ッ!」と、くぐもった悲鳴を漏らす。
全身を覆う防護服はやっぱり弾を防ぐけど、口に吸い込まれたものは内部爆発でもしてるのか青白い光を放っていた。
うーん、いいね。派手だし映画っぽい。
映画といえば暗いシーンとか「CGの費用を浮かせたいんだろなー」ってガッカリしながら見るけどさ、肉眼だと全然違うね。ぐずぐずになる肉とか、白っぽい血液とかが見えて「おー!」とか歓声が出ちゃう。
「それ、暗視スキルの影響じゃないです?」
「あ、そっちかー。やっぱお前らも映画とか見るの?」
「なるべく派手なやつを見ますかね。じゃないと斑鳩が寝てしまうので」
こくこくと頷く斑鳩を見て、こいつら仲が良いなーとか思う。幼馴染っつったっけ。この年まで一緒にいるとか……なんか気持ち悪いな。
そんな風に眺めても、2人はきょとんとした顔だった。
「あー、どっちかに彼女が出来るまで変わらないパターンか……まあいいや、こっちもひと段落したかな」
見あげれば口からじゅううと煙を出すモンスターがいた。もう射撃も少なくなり、長時間持ちこたえていた自衛隊もさすがに弾切れとなったらしい。あとは後続の部隊が来るまで指をくわえて見ているしかない。
おっけー、じゃあ俺らの出番だ。
適当に手を振ると、藤崎と斑鳩は鏡映しのように左右へ並ぶ。ざきっと剣を構えた姿は勇ましく「でも彼女は出来ないんだなぁ」と憐れむ。
ちらりと後ろを見ると雨竜は何かに集中しているようなので、とりあえず放っておくことにした。ああ見えて意味のないことはしない奴だしな。
「あの防護服を剥がすことに集中しようぜ。口のとこが焦げてるから、むしっていく感じな。魚の皮をビーッと剥ぐ感じ」
了解と答えるように2人は面覆いをガシンと閉じて、視覚効果の増大を表すおぼろげな灯りが目のあたりに灯った。多分この場にいる4人はだれ一人として魚料理をしたこと無いだろうけど。
たんっと地面を強く踏むと、周囲の光景はボヤける。街灯は間延びをし、モンスターとの距離は一気に埋まる。
この俊足なる技能はだいぶ使い勝手が良くなった。マラソンがてら走るだけで済むからスキル上げが楽なんだよ。
機動力って大事だなーと思うよ、やっぱり。
ぎゃっと左右を並走するこいつらも、わずかな誤差もなくついてくるのだから頼もしいよ。全身を黒い鎧で身を包んでいるから、傍目からは格好良く見えるかもな。
弟子たちも同じ技能を選択し、何も言わなくてもマラソンを日課としているっぽいけど、その気持ちは分かるよ。だってすぐに結果が出るし、世界新なんて余裕で上書きできるんだもん。そりゃあやる気も出るって。
「ふううっ!」
下から上へ、唇をめくるように剣を突き上げる。
魔物の全身を覆う黒いスーツはやっぱり衝撃を逃し、波のように周囲へ波紋を立たせる。しかし裏側からの衝撃は逃しきれんだろうな。
ばっ、ビイッ、ビーーーーッ! と、3連斬によって切れ目は広がる。チビの斑鳩はこういうのが上手くって、流星のような軌道で後頭部まで一気に切り裂いた。
「うおお、超気持ち良いっス!!」
そうかそうか、良かったな。じゃあ俺はこのまま頭骨を叩き割ってやろうか。なんて思いながら露わになってゆくモンスターの肌を眺める。
べろんとめくれたスーツの下からは、真っ白な肌が現れた。ぶよぶよしていて短い毛が生えてる肌ね。アルビノとか実験用のネズミみたいなやつ。
――どズズンッ!
そのとき轟音が響いて俺は思わず振り返る。5メートルほど先の地面ではナッキージャムの剛腕がアスファルトを穿っており、先ほど吐き出した透明の液体もそこにあった。
皮をはぐのは斑鳩に任せるとして、藤崎と一緒に足元を覗き込む。すぐに討伐もできそうなのだが、このモンスターの特性を知っておかないと後々面倒になりそうな気がしたんだ。
だってほら、基本的に相手をするのは俺じゃないだろ? 防衛の義務があるのは自衛隊や警察であって、こちらは貴重な素材取りが目的だしさ。
だからそいつらのために攻略法や気をつけるポイントを教えてやりたいんだよ。
じっと見つめていると、ズズ、ズズ、とモンスターの腕がせり上がってゆく。透明の水あめみたいなのを腕にはりつけて、やがてずるんっと何かが生み出された。
それは1メートルほどの長い筒状のもので、やっぱり透明な色をしていた。どろどろと周囲の液体が零れ落ちてゆき、やがて形がはっきりと表れる。
「ウソだろ……」
そう藤崎がうめいた。俺だってそうだよ。
自衛隊ご愛用、量産性に優れた短縮小銃がそこにあったんだもん。思わずぼけっと俺らは眺めてしまう。
そう、そうだ。そうだった。
ナッキージャムが後生大事に抱えていた自衛隊員。そいつが手にしていたはずの銃はどこに消えた?
確かさっきの説明では「好事家」という別名を持っているのだとか。
塗装をしていない玩具みたいな銃。つまりはこれこそが奴にとっての収集品なんじゃないのか?
それはゆっくりと持ち上げられて、かちりと引き金をしぼるのが見えた。
ボひぃっ、ボボひぃっ……!
銃身に詰まっていた液体を撒き散らし、試運転を始める姿を見て――速攻で殺すことに決めた。
「どけっ、2人とも! 俺が溶かしてやる!」
だんッ!と藤崎は頭上を蹴り、すぐさま斑鳩の首根っこを掴んで地面へと飛ぶ。この間わずか2秒であり、俺の溶解液放射が撒き散らされる瞬間でもあった。
じゅおおおおーーっ!
頭上にへばりついて酸を降りそそぐ。
見る間に茶色く変色してゆく肌と、どろりと溶けた奴の目玉。だいぶ遅れてナッキージャムは絶叫を放った。
ンギョオーーーーーーッ!!
追い払いたいのか、だららっ、だららっ、と曳光弾混じりの弾が地面から飛んでくる。のそりと視界に現れた銃口を見たらさ、へっ、と意味も無く笑みを浮かべちまうだろうが。何口径なんだよ、こりゃあ。
もしも、もしもだぞ?
あの透明な液体で好きなものを複製できるのだとしたら、こいつはかなり厄介な奴だ。
どこぞの世界では大した物が無かったとしても、この現代日本では強力過ぎる火器があるからな。
などと四肢でナッキージャムの頭部を掴み、這うようにして弾丸をやり過ごしながら思う。
ザキザキと肩を連続的に貫かれる感触はあったが、それよりも肉が溶け流れて現れた頭骨を睨みつける。
「ははは、綺麗な頭蓋骨をしてますね、ナッキージャムさん! それでは私とご一緒に……さんっ、はいっ『アイラブ東京おおオオッ!!』」
じゅお……っ!
酸っぱい匂いはさらに濃いものになり、視界は濃霧がかって何も見えない。もうっと立ち込める密度ある風がまとわりついて、完全にサウナ状態だ。
足元が揺らぎ、ずずんと地面が震えた。
気がついたらナッキージャムは両ひざを地面についており、頭骨の穴から中身を流している最中だった。力なく銃を持った腕は落ちてゆき、俺は夜空を見上げて大きく息を吐いた。
はぁーーっ、この技を使うと臭くなるから、サウナの店員さんが嫌がるんだよなぁ。
いつかゲームっぽい華麗な技を覚えたいもんだよ。マジでさ。




