51.ナッキージャム①
んはーー、食った食った。
食べ放題、飲み放題、さらに無料なんて言われたら参加するに決まってるし遠慮せずバクバク食うよ。なんか途中で女から睨まれてた気がするし今も睨まれてるけど、んなもん気にしてたらモンスター退治なんてやってられませんわ。
「ごちそうさま、春日部さん。なんでさっきから睨んでんの?」
「別に! はやく帰ったらどうですかあ?」
なにこの人、目を剥いてて怖い。
あっれー、会社にいたときはもっと可愛い感じの人だと思ったのに。といっても別の部署だったから、まともに会話したことも無かったか。
それよりもと前を向くと、雨竜がさっさと街灯の届かないところまで歩いていたので、あいつもすげえコミュ障だなと驚く。
「じゃあ、お誘いありがとうございました。また何かあったら呼んでねー」
何かというのはもちろん無料お食事会なのだが、男どもは「後藤さんまたねー!」とアホみたいに手を振ってくれた。
少しだけ歩調を速めて雨竜の元に急ぐ。お腹いっぱいだけど、俺くらいになると腹八分というのをしっかりと理解しているので体調管理も万全なのだ。
辺りの店はもうシャッターを閉め始めており、夜の飲み屋通りに姿を変えつつある。もう少し経つと車通りもだんだん減っていくと思う。
スーツを着た雨竜の後ろ姿は、酔いなんてまったく感じないほどちゃんと歩いている。だけど振り返ったその顔は少し赤くて、いつもと違う表情だなーと思う。
「雨竜ちゃん、手、つなぐ?」
「馬鹿を言って。先輩はもう少し仕事を真面目にしてはどう……ヒック」
話している途中でしゃっくりが出てしまい、ぱちんと彼女は唇を指先で覆う。もう少しだけ頬を赤くして、目つきの悪い瞳は反対側に逸らされた。
「どっちが不真面目かなあ。前から知ってたけど、雨竜ってお酒に弱いよな。すぐ顔に出ちゃうし」
「ええ、そうですね。先輩の飲む速さにも少し流されました。ところで、この酔いにも継続治癒は効くんですか?」
ああー、どうなんだろ。
アルコールを毒だと言う場合もあるので治せる気がしないでもない。いや、酵素だったかな? そもそも継続治癒ってのは文字通り傷をふさぐものなので、なんか違うんじゃないか?
などと思いつつも、全然違うことを言う。
「うーん、試してみるか。ちょっと手を出して」
「? はい、どうぞ」
差し出された手は女性らしいほっそりとしたもので、なんか俺の指と違くない?なんて思う。まあいいや。気を取り直して手を重ねると、そのまま夜の飲み屋通りをゆっくりと歩く。
夜になるとだいぶ冷たい空気に変わり、少しばかり酔った身体には気持ち良い。たぶんさっさと歩き出した雨竜は、こういう空気を吸いたかったのかなと思う。何も言わないし、周りからは変な奴だと思われがちだけど、たぶんいつも何かしらの意図があって行動をしているんだと思う。
「? あの、本当に治癒をしていますか?」
などと隣を歩く雨竜は、そう戸惑いながら聞いてくる。
もちろん俺は治癒なんてしていないので、酔いが醒めるわけがない。醒ます役割を持っているのは、この夜の空気くらいだ。
だから俺はニッと笑みを返して、いけしゃあしゃあと嘘をつく。
「なかなか効かないなあ。ひょっとしたら解毒みたいな技能があるのかも。そういうのリストにあった?」
「……取得項目にはありませんでした。ですがヒーラーという職業もあるので、もしかしたらその中に含まれているかもしれません。すごく気になりますね」
え? うん、ぜんぜん気にならないよ。
眉間に小さく皺を寄せて、酔った頭でもステータスについて真面目に答えてくれる。
だけどやっぱり酔っぱらっているんだなーなんて思うよ。クラクションと一緒に路肩へ車が停められて、そこから黒髪のゆとり君が現れても気づかないんだもん。
「あれ、お2人とも。手を繋いで歩くなんて仲が良いですね」
はい? と雨竜は小首を傾げ、それから視線をゆっくりと下に落とす。そこにはごく自然と繋がれた手があって、酔った彼女はじいっとそれを眺める。
「ばーか、酔っ払いの介抱だよ。足元ふらふらして危なっかしいしさ」
「ちょっ、先輩っ!? 治癒をするって言ったじゃないですか!」
なんて慌てた大声も出すし、いくらコミュ障でもこいつはこいつで可愛いところがあると思うんだけどな。そう思いながら手を引いて、修理から戻ってきたばかりの車に乗り込んだ。
あん? 乗ってきたときの自転車? そんなものは必要なとき取りに行けば良いんだよ。なんか今日は歩きたい気分だったしさ。
ふくれっ面の雨竜をよそに、ゆとり君からの状況報告は続く。
最近はだんだん機材が増えてきて、助手席にはゴテゴテとしたものがたくさんある。なのでいつもと違って後部座席に腰かけているのだが、彼が後ろ手に見せてきたノートパソコンには現地からの映像が流れ続けている。
うーーん、でかい。なんだこのモンスター、車くらいあるぞ。
出てきたばかりの時はすぐ蜂の巣になっているクセに、ずるんと地面から出した黒い服か何かを着たとたん、弾丸が跳ね返されている。
ぽちぽちボタンを押してリプレイし続けているけどさ、どうやら新しいモンスターは近代兵器にも負けないくらい強いらしい。なので俺もまた雨竜と同じくらい膨れっ面をしているトコだ。
「んーー、俺が行ってどうにかなんの? 今もまだ戦ってんでしょ?」
「え、どうですかね。たぶん他の人よりはまともにやれるんじゃないですか」
などと振り返りもせずに言ってくる。
うーん、返事が軽い。こいつも最近は荒仕事に慣れてきたのか、だんだん適当になってきた。というか俺に似てきた気もする。
ただやっぱり素材は気になるぞ。特にあのスーツみたいな防護服。弾丸まで弾く代物を加工できるとなると、かなりの期待値がある。
なんかさー、最近どうも職人気質というのかな。鍛冶士なんてものを選んだせいで、生産できる品が気になって気になって仕方ないんだよね。
「んー、欲しいなー、こいつの素材。俺の見立てだとかなり格好良い全身防護服になるぞ」
「え、本当ですか? んんー、先輩がそう言うと説得力がありますね」
猫のような瞳で、じいっとモニターを覗き込んで雨竜はそんなことを言う。どうやら好奇心が勝ったらしく、先ほどのちょっとした悪戯も忘れてくれたらしい。
「んじゃ、さっさと着替えようぜ。ゆとり君、ちょっと煙とか出ても平気?」
「え、困りますね。すぐそこの公衆トイレでは駄目ですか?」
駄目に決まってんだろうが!
これから現場に辿り着いて活躍する奴が、なにが悲しくてトイレの鍵をかけて変身すんだよ! あのプリなんとかがそんな演出をしたら、絶対に即打ち切りだぞ!
……まあ俺は変身をするわけじゃないけどさ。
「ま、待ってください! コンビニのトイレもあります!」
「だからトイレ限定にすんじゃねえ! 行くぞお、雨竜ッ!」
「え、どこにですか先輩?」
だから変身……はあ、もういーや。着替えるね。
どっこいしょと助手席にあった鞄を手にすると、パンツが見えるのもお構いなしに俺は着替え始める。
もちろん雨竜はファスナーのひとつも下ろさずに、じいっと俺を眺めていやがった。
なんか違うなー、俺の思っていたモンスター退治の世界じゃないなー。
もうちょっとこうピカッと光って、変身っ! GOTO! とか言える世界が良いなー。
車のドアを開けたまま、そこに頬杖をついて暗い道路を眺めてる。二車線の道には車ひとつ無くて、そのド真ん中にゆとり君の車を停めていた。
そのだいぶ先には迷彩柄の装甲車みたいなのが停まっていて、これ以上先には通さないようにしている。ああ、通さないっていうのはもちろん車じゃなくって、ギオオとかすかに鳴き声が聞こえている通りモンスターのことだ。
「雨竜ー、着替えたー?」
「待ってください、肩のところがまだ……」
だから車で着替えようって言ったのに。
道路の真ん中でパンツ丸見えにして着替えるよりもマシだと思うんだけどなー。
ちなみに俺が着ている防具は重・闇礫の鎧っていう特注品なので、ぎゅっと勝手に縮んでサイズ調整までしてくれる優れモノだ。
短パンみたいで太もも丸出しになるのがちょっと玉に傷だけど、なんとなく飾りもSFチックでそんなに恥ずかしくはない。元がギズモ製なので、やはり色も真っ黒だ。
そして雨竜の装備はというと、残念ながら普通の品なので自分の手を使って着る必要がある。やっぱこういう時は高級品に限るね、なんて現金にも思うよ。
「お待たせしました、先輩」
ぎゅっと脇を伸ばしながら、車の影から姿を現す。
前に聞いたことあるけど、デザインは個人の特性が活かされるんだって。だからか知らないけど雨竜の場合は丈の短いワンピースみたいで、スカートの形状になっている。
肩や腕などは俺と同じように甲冑じみたもので補強されているが、まるで異なるデザインという印象だ。
「うん、じゃあ行くか」
なんて軽く言ったけど、車のボンネットに座って電話をしていたゆとり君から「待って」という風に手で制止される。
しばらく待つと、ピッと音を立てて携帯電話を切った。
「後続の応援が間もなく到着します。一次対応はまだ継続中で、モンスターの足止めには成功しているそうです。位置情報を知らせる端末を用意したので、念のため身に着けてください」
「え、ほんと!? なにそれ、映画みたいで楽しくなってきたんだけど。見せて見せて」
俺の頭のなかで想像しているのは、ヴンッて立体的に浮かび上がって、敵や味方の位置が光源で示されているアレね。だってそういうの映画でたくさん見たもん。
対する手渡されたものは業務用のスマホで、なんつーかひと昔前のGPSをもっと簡素にしたようなガビガビの線で書かれたやつ。
もうね、意味も無くテンションダウンですよ。
「あの、位置情報を知るだけですから、これ以上の機能はいらなくないですか?」
「いるだろう。だって格好良いし。派手に光ったほうが嬉しくないか?」
「いえ……そんなに光ったら敵からも見えてしまいますよ」
そういうガチの反論はいらないんだよ。
もっとこうワクワクして、やったるぞーー!という気持ちになれるやつが欲しいんだ。
例えばだぞ、俺の持っている装備とか武器とかがちょっとした奇跡と偶然と運命的なめぐり合わせの結果、玩具販売されるようになったらどうする。そのときこのクッソダセエものを玩具メーカーが見たらガッカリするだろ? つまりそういうことだよ。分かったか。
「こちら刑事一課、若林です。A到着しました。これから現場に入ります」
「聞けよ、俺の話を……んっ、エースってなに? なんのこと?」
「ええ、後藤さんのことをいつまでも『Aさん』と呼べないらしくて、名称がそう変わりました」
へえ、ふーん、そう。そうなんだ。ふうーん。
まったく、そんなので俺の機嫌を取ろうとしているのかなあ。まったく子供だましというか、下らない言葉遊びをするもんだぜ。
「よおおーーし、やったるぞーー!」
「……エース先輩、やる気十分みたいですね」
え、そーお? 俺としては普通に言ったつもりだけど。
感じ方は人それぞれだから、雨竜がちょっと変わってるんじゃないかなあ。
まあいーや。俺としてもあいつの素材を手に入れたくて仕方ないし、最近は思っていたよりも出費がかさんでて生活費をどうしようか困っていたし、なんだかちょっと暴れたい気分なんだ。
知らなかったけど、何もしなくてもお金って消えていくんだね。政府って何なの? お金を搾り取る機械なの?
「会社に戻ったらどうです? そうしたら楽しそうですし」
「やだよ、今さらコピー機いじりなんて。んなことより今のうちに準備しておかないと大変だぞ?」
などと下らないことを話しつつ、てくてくとアスファルトを歩く。
さあっと風が抜けてゆき、髪を撫でてゆくのはちょっと面白い。いつもは車が独占している場所だけど、何も無いとこういう景色になるんだなーって思う。
「酔い、醒めた?」
「おかげさまで。言っておきますが先輩の治癒の力ではありません」
少しだけ冷たい瞳でそう言われて、俺は肩をすくめた。
ちょうどその時のことだ。
先ほど渡された端末には無線を拾う機能があるのか、あるいはゆとり君のパソコンを経由しているのか知らないけど、前線で戦っているらしき者からの声が届いたんだ。
『待ちかねたぞ! 早くエースを連れてきてくれ、こっちはもう……うっ、おっ、動いた動いた、動き出したぞォッ! 止めろ止めろォォーーッ!』
途中から騒々しい口調に変わり、やや遅れて装甲車みたいなのがエンジンをフカしてゆっくりと後退を始めた。
ビルに反響をした炸裂音がここまで響く。
どう聞いても花火の爆竹みたいな音だけど、やっぱり本物なんだろうなあ。
そんなことをぼんやり考えながら、俺と雨竜は歩調を変えずに二車線道路を歩み続けた。




