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50.楽しい合コン②

 交流会という名の合コンは尚も続いている。

 このような場は、時間の経過とともに力関係が構築されてゆくものだ。場を取り仕切る者、周囲の世話をする者、あいだに入って会話を円滑にする者、などなど。


 その中にいる一人の女性、亜麻色の髪にカールをかけた女性はというと、場の中心になりつつあった。

 雨竜の同僚である彼女は口が達者であり、空気を読むのは学生のころから上手かった。


 もうひとつの武器は、薄手の布地に包まれた大きい胸だろう。

 肩が触れ合うくらいの距離。会話が途絶えたそのときに垂れぎみの瞳で見上げる。ぱちぱちと瞬きをして胸元の谷間を見せるだけで相手はたまらない。酔った頭をさらにくらりとさせる効果があり、早々にノックダウン寸前だ。あとはもう、たまに笑いかけるだけでキープできる。


 あからさまにすると同性から嫌われるが、そのあたりも彼女は心得ている。

 昔から男性というのはどうしても肉体的な成長をした異性に弱い。マザコンなどと批判をされがちだが、持って生まれた本能なのだから仕方ない。

 しかし女性もまた異性からの目にとても敏感な生き物であり、間接的に己の魅力というものを知っている。


 さりげなく彼女は横を見る。そこには一人寂しく食事をしている雨竜がおり、対する自分はというと面白いくらい周りからちやほやされている。女性としての格の差が分かって、胸がスッとするのを覚えた。


 ――ふふ、いい気味だわ。


 そう彼女は思う。同僚である雨竜は少しだけ頭と顔が良いだけで、会社の者からちやほやされているのは腹立たしかった。いつまで経っても先輩として敬いもせず、そのくせ仕事をたくさん休んでいても怒られない。

 家庭の事情があって連続した勤務は難しい、などと上司から聞かされている。しかし本当にそうだろうか、などと彼女は疑っていた。


 思い返せば入社して以来、雨竜の教育係は次々と変わっている。二人目が退社をしたのは、あのふてぶてしい態度のせいだったかもしれない。

 実際に自分が担当をしてからというもの激しいストレスに苛まれている。仕事を真面目に聞いていたのは最初の1週間ほどで、それ以来というもの、教わることはもう何も無いと言わんばかりに興味を失われたのだ。


 まったくいまいましい。

 いまだに私のことを名前ではなく「あなた」などと呼ぶのは、人としておかしいとしか思えない。

 今夜ここで思い知らせてやる。社外なら仕事ができるかなんて関係ない。女としての魅力が無ければ、どんな悲しい目に合うのか思い知らせてやる!


 などと暗い炎を瞳に灯していた彼女だったが、見計らうように話しかける者がいた。


「春日部さん、お仕事が忙しそうだね」

「あら、そんなことは無いのですが……顔に出てました?」


 グラスにビールが注がれて、春日部という女性は我に返る。わずかに舌をぺろりと見せるという可愛らしさは忘れずに。

 大変そうだね、と返事をする彼は今回のメンバーのなかで当たりだと思う。優しい目をしており、知性のある顔立ちをしている。着ているスーツもなかなかであり、自然に着こなしているのも高評価だ。


 決めた、今日は彼にしようっと。

 内心でそう決定した彼女だったが、その時に思わぬ来客が現れた。

 ちりりんと入店のベルを鳴らして入ってきた女性は肩までの黒髪を揺らし、待ち合わせをしているように気安く声をかけてきた。


「ちわー、ここにお邪魔しちゃっていいの?」

「……は? え、まさか後藤さん!?」


 穴あきGパンに革のジャンパーというラフな格好をした者は、かつて同じ会社に勤務していた女性だ。

 とはいえ社会性など皆無であり、絶えず問題を起こすものだから、あえて交流したいとは思わなかった。このような場であれば尚更だ。


 しかし当然のように「ちょっとごめんね」と間に割り込み、どすんと雨竜の隣に腰を下ろす。

 男性たちも思わぬ来客に面食らっているのだが、その瞬間……。


「ふー、あっちー、自転車で来たから汗かいちまった。近所って聞いてたのに、スッゲー遠いのな」


 そう言って彼女はジャケットを脱ぐ。どるんッ、とこぼれ出る乳房は汗でシャツに張りついており、うまく言い表せない迫力がある。薄手の布と肩紐で支えているだけなのだから「おう」と呻く者までもいた。

 よく鍛えた肩は健康的に盛り上がり、もあ、と漂う汗には不思議と色気がある。ふっくらと厚みのある唇が、またそれを助長する。


 しかしながら、こと現代において「強そうな女性」というのは、もうその時点でアウトに近しい。守ってあげたいと思える女子にこそ価値があり、華があり、この場にいる皆もそれをしっかりと熟知している。


「あー、こういう場所って久しぶりっ! 明るい雰囲気がたまんないね!」


 しかし、そんな無防備で子供みたいな笑顔をされると、男性にとっては不思議と魅力的に映るらしい。くっきりした二重の瞳は大きめで、気ままに場のあちこちを眺めている。


 その身体もただ無意味に鍛えているわけではなく、ぐっとくびれた腰は女性的だ。

 そしてタンクトップの肩紐から覗く、ふっくらとした脇の膨らみなどはいかにも柔らかそうで……酒を飲んでもいないのに喉を鳴らす者もいた。


「あれ、もしかして俺が来るって聞いてないとか? おい雨竜、ちゃんと説明したんだろーな?」

「その必要も無いと思いまして。私が聞いているのは、女性は無料という点だけです」


 隣に座る雨竜は、当たり前のようにふるふると首を横に振る。

 先ほどまでの彼女はテレビとスマホしか見ておらず、完全に空気だった。しかしこの女性が現れるなり、やっと面白くなってきたと言わんばかりに瞳をテーブルへ戻していた。


「えーー、マジかよ。じゃあお邪魔だった?」

「いやいやいや、全然平気っ! こんな美人な人が来てくれて……っと、賑やかな人は大歓迎っ! なっ、皆もそうだよな?」


 うんうん!と男たちは一斉に首を振った。

 このような場において「美人」というのは禁句だ。優劣をつけると他の者を嫌な思いにさせ、言われた本人まで気にしてしまい空気を悪くする。彼らもそれくらいの理性は残しているようだが――様子を眺めていた春日部はというと、密かに危機感を抱いていた。


 なぜか長い時間をかけて構築をした場が、あっという間に崩されてゆくのを感じたのだ。

 ふと横を見ると、先ほどまでしっかりキープをしていたはずの男も、うんうんと懸命に頷いているではないか。


 ――こっ、このサルども! 胸が大きいってだけで鼻の下を伸ばしてっ!


 などとブーメランぎみなことを思い、ぐうっと怒気を膨れ上がらせる。だが腐っても女子だ。おくびにも出さないし、きゃるんっという表情もそのまま残している。

 再び立場を整えるべく女性としての魅力たっぷりの笑みで話しかけることにした。


「後藤さん、何か頼みますか?」

「うんっ、鍋っ! あと熱カン!」


 のっけから頼むモノじゃないわよ! なんだよその「楽しみにしてたんだー」って笑顔は! 女子力のかけらどころか、小学生がそのまんま成長した感じじゃないか!

 などと口に出したいのだが、肝心の男性たちはというと「いいね!」「俺も俺も!」などと乗ってしまい、突っ込みの場を失うという苦痛を味わった。


 なんでやねんなぁ、と大阪のおばさんみたいに突っ込みたい、うぐぐ!

 ぶるぶると震える両肩を抱いて、春日部は必死に耐えるのだった。



 グツグツと煮える鍋は大盛りで、白い湯気を浮かべている。後藤は鍋を独り占めにして、がつがつと食らっていた。


「ンーー、おいしっ! こういう安っぽい酒で舌がバカになったところで食う鍋ってさ、すげー美味いよな! 俺、こういうの大っ好き!」

「分かる分かる……」


 同意をしながらも男たちを鼻の下をゆっくりと伸ばしてゆく。その栄養はどこに集まっているのかな、という視線と共に。

 片足のあぐらをかいた姿勢をしており、ジーンズの穴からは素肌がのぞいている。そのダメージはきっと後からついたものだろう。


 あと少しで下着が見えるという箇所に穴があって、本人も意図しないうちに際どい格好となっている。おまけに汗に濡れた鎖骨といい、笑うと重量感たっぷりに揺れるものといい、目を逸らすことさえ難しくなってきた。


「はあ、うまっ。熱カンうまっ。おかわりある?」

「ありますあります、おーーい、注文!」

「えへへ、悪いね、あんがと」


 そう頬を染めて礼を言われたら、数日分の稼ぎが無くなろうと問題ない。お酒を飲むたびに無防備になってゆく姿もあって、多少馴れ馴れしいのも気にならない。それどころか裏表の無い性格がだんだんと良くなってきた。


 おまけに隣に座った雨竜の口数も増えてゆき、美人な2人と話せるという素晴らしい状況だ。声を聞いているだけで仕事の疲れが癒されてゆく。


 だから「鍋のおかわりしていい?」という、普段であればとんでもない投げかけにも満場一致で頷いてしまう。ぎりりとコップを握りしめる女性陣を除いて。


 そんなときに、ぶるると後藤のスマホが震えた。

今年の更新はおそらくこちらで最後になると思います。

少し早いですが、みなさま良いお年を。


2019年も本作をどうぞよろしくお願いいたします。

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『気ままに東京サバイブ②』は、11月29日発売です!
(イラスト:巖本英利先生)

表紙&口絵

コミカライズもコミックPASH!様にて11/27に掲載予定です。
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