47.闇夜の灯火
しかし、渦中の真っ只中におりながら、そのような情勢などまるで気にしない人物もいる。それは戦い抜いた男たちを、クウンと鼻を鳴らして抱きしめる女性だった。
まだ血の匂いのする彼らを抱きしめる。
それはつい先ほどまで息をしていたと分かる体温だった。
立ち込める埃も気にせずに、温もりを得ようと2人と頬をこすり合わせる。
まるであの日のようだと思う。正義を貫いた父が倒れ、二度と目を覚まさなかった日のようだ。
「あぁ……」
ただ息をしただけのつもりが、かすれた声が喉を震わせる。
自衛隊らしき者らがこちらに呼び掛けてくるが、今の俺には何も聞こえない。師の言葉に逆らってでも最後まで戦い抜いた彼らが誇らしかったし、それを失って悲しくて悲しくてたまらないんだ。
「くそぉ……っ!」
死ぬな、死なないでくれ。
失うってのはすごく辛いんだ。だんだん消えていくけれど、それがもうキツいんだ。ふと、この場にあいつらがいたらと思い浮かべるし、弟子を持って浮かれていた自分をブン殴りたくなる。
すごく良い奴らだったんだ。藤崎は生意気そうでも後をついてくるし、斑鳩は笑えるくらいまっすぐだった。
視界がにじんでよく見えない。伝わってくる体温だけは本物で、だけどもうすぐ消えてしまうのも分かってる。その現実が辛くって、ううーーっと嗚咽を漏らしてしまう。
「先輩、先輩っ! しっかりして下さいっ!」
その悲痛な声に導かれ、ゆっくりと目を開く。すると視界の向こうに、ぼんやりと光るものがあった。
最初、それが何だかよく分からなかった。
青白くて四角いそれは普段から目にするものであり、見あげると強風に黒髪をたなびかせる雨竜がいた。普段あまり目にしないほど表情を険しくし、強い意志を示すように眉を逆立たせている。
「先輩、これに了承を! 統主権限でポイント譲渡を受け入れてください、時間がありません!」
それはようやく届いた声だったと思う。何度も何度も呼びかけられていた気はするが、意味のある情報としてようやく俺の脳は情報を受け取った。
ブウンと空中に浮かぶのは能力値を示す情報であり、彼女の指さす先には人体蘇生という文字がある。さらにその隣には雨竜からの「ポイント譲渡」について承諾、拒否をする文字があって……。
「君たち、何をしている。これから撤収をし、鑑識を受け入れるから現場を荒らすのは……」
「うるっせえなボケが、どいてろっ! やるぞ雨竜、俺たちの全スキルポイントを注ぐ!」
このスキルは何だと尋ねる時間も、悩む時間も一秒だって無い。統主の俺が悩んでどうすんだって話でさ、すぐさま承諾のボタンを押し、人体蘇生の取得に俺は進む。
1レベルアップごとにスキルポイントは10程度、ボーナスを込めても15が最大だ。それを150ポイントも注ぎこむのだが、迷ってるヒマなんて無いんだよ。
《 人体蘇生レベル1を取得しました。極低確率によって人体を蘇生できますが、死亡後の経過時間、損傷具合、魂の結びつき度合いによって確率はさらに下がります 》
ふーん、あっそ、としか思わない。極低確率って言ったって、どうせそんなの生き返らせられる前振りに決まってんじゃん。
夜の案内者からの声を聞きながら、抱えた彼らに継続治療を注ぎ込む。これは俺の生命力を注ぐものであり、全身からじょわああと白い湯気が噴きあがった。
まだ体温があるのだから、細胞が死んだわけじゃない。損傷具合でも蘇生率が変わるなら、今すぐこいつらを癒せばいいってだけの話だ。
がんばれ、がんばれ、俺はそこいらの奴よりずっとしぶといし強いんだ。イガグリ坊主の傷とか、ちょっとツンデレぎみな藤崎なんて、すぐ治せちゃうんだぞ。
そう囁きかけるが、こいつらの体温が刻一刻と消えてゆくのを感じ、ゾッとする。
「時間がない! 継続治療をかけながら人体蘇生に入るぞ! 雨竜、そのまま支えていてくれ!」
「はいっ!」
《 人体蘇生を開始します。精神との繋がりを試されますのでご注意を 》
注意って何だ? そう思った直後、どぼんと真っ黒い水に俺は落ちた。
ごぼぼと泡立つ空気と、夜のように静かな場所。真上を見ると水面の向こうに月があって、ほぼ真円を描いていた。
その唐突感に戸惑いつつ、ぽつりと感想を漏らす。
「ふーん、なんだこりゃ。変なの」
不可思議なことばっかりだ。
水底に向かって潜りながら、そう思う。
魔物が出て、素材が出て、変なアイテムを作れた。
それをおもちゃみたいに遊んでいるうち、刑事さんと焼肉屋に行った。
ひんやりとした水をかき、底へと潜ってゆく。あたりはゆっくりと暗く、静かになってゆくのを感じる。
ごぼぼと流れてゆく空気の泡を眺めながら、さらに俺は水をかく。
あれからたくさん変わった。
無表情の雨竜とはすっかり仲良しになって、明け方はサウナに行くのが日課になりつつある。あいつは会社を休んでばかりだから、放っておいたらクビになりそうなのが心配だけどさ。
ゆとり君もだんだん男らしくなった気がする。あいつに関しては褒めると何か腹がたつから言わないけど、気遣ってくれるのは感謝してるかなぁ。意外と向こう見ずなところがあって、まだまだ心配かもしんない。
そんなこんなで過ごしていたら、お前たちみたいな弟子が出来ちゃったろ? びっくりしたし「わしの教えは厳しいぞい」って言ってやりたくなったぜ。
そら、握れ。俺の手を握ってくれ。
願いと共に手を差し伸べるが、水の冷たさだけが指の間を抜けてゆく。ちぇっ、今日びのガキどもはスレてやがんなぁ。
お前たちはこれからだし、きっとすごく楽しくなる。
知ってるか、あと半年で近代兵器も効かないような敵が来るんだってさ。でも俺たちは違うだろ? きっとそいつらをボコにして、いい汗かいたなーってサウナに行くんだ。
ええ、嫌だって? なんでだよ、ぜってー面白いって。
いいじゃん、秘密基地を作ったり、山菜取りや魚釣りをする生活でもさぁ。これからはコピー機なんて触らなくて良いし、上司にぺこぺこ頭を下げなくて良いんだぞ? おまけに俺がいるから病院だっていらないんだ。
《 深度3に達しました。間もなく蘇生不可エリアに入ります 》
脳裏に流れ込んできた案内に、どきっとする。
その声は冷たくって、いつものように俺の希望的観測を打ち消そうとして来るんだ。
おいおいおい、分かってんのかあ、俺が遊ぼうって言ってんだ。つべこべ言わず、お前たちは……そう、お前たちが……。
がぼっと残り少ない酸素が泡となり消えてゆく。
それは水面に向かって浮いてゆき、月の灯りを反射して輝いた。
世界はさらにシンと静けさを増し、深海から押しつぶされてゆくのを俺は感じ取る。
まるで、そう――親もいないひとりぼっちで闇夜を歩き、ゴウと頭上で梢の音が響いているようだ。
落ち着いて、唾を飲む。
ここには他に誰もいないわけじゃない。統主の俺がいて、あいつらは迎えを待っている。
「俺はさ、お前たちが割と好きなんだ。藤崎、斑鳩、一緒にいて欲しいんだ」
ぽつっと呟いたその声は俺らしくないほど穏やかで、誠実な響きをしていた。
だけど何も返ってこない。必死に伸ばした指のあいだをすり抜けてゆくのは水だけで、やっと出せた声が、最後の酸素が、泡となって消えてゆく。
――死の境界線。
そうと分かる冷たさから包まれて、やっと俺は失敗したのだと分かった。馬鹿だなぁ、絶対にあいつらを捕まえられるって信じてたなんて。
すんっと鼻を鳴ったと思ったら、瞼がひくひくと震えてしまう。
あー、駄目だ。泣く。すごく大事なとこなんだけど、悲しさに負けちゃいそうだー。鼻水が出てきちゃうし、目の奥まで熱を帯び始める。
空を見上げてこらえたいけど、つんっと指先に触れてくるものがあるともう駄目だ。ぎゅうとそいつらの指を掴んで、抱きしめたくてたまらんって、マジでさ。
「わああーーっ、獲ったどーー!」
しょうがないよ。きったない泣き顔になるって。しっかと抱きついてくる体温を感じたら、すぐに分かるよ。こんなの無理だ、泣くに決まってるってさ。
鼻の奥がツンとして、もう何も見えない俺は決して逃がさないようにしがみつく。
ちょうどそのとき、暗くて冷たくて何もないはずの海に、ゆっくりと陽が差し込んでくる。
まるで夜の終わりを迎えるようであり、それを瞳を閉じたままの俺は感じた。
深い深い水底から、ざばっと引き上げられたようだった。
鼻に届くのは先ほどと同じ埃っぽい空気であり、火薬の匂いもまだ漂っている。
うるさいヘリコプターも、2人の重さが肩にもたれかかっているのも変わらない。でも、どくっどくっと胸を響かせるものがあって……ああーー、もおおーーっ、心配かけさせやがってええーーっ。
俺の身を包む淡い燐光にも驚かされたけど、ほおっと安堵の息を吐いた途端、幾つかの水滴が真下に落ちてった。
「し、しょ……?」
「あれ、ぇ……っ」
うっせ、ボケ! いまおまえらの声を聞かせんなよ、マジでさあ!
あーー、クソ。頑張ったな、お前ら本当によお。言わなくても周りを見れば、びっくりするほど頑張ったことが分かっちゃうんだよ。そう、俺だったらな?
「うるせえ、俺が落ち着くまでじっとしてろっ」
震える息を吐きながら、そう漏らす。
とめどなく頬を伝うものは熱くって、あの水底でも感じた生命力そのものだった。それを見たからだろうか。クールなはずの雨竜まで、くしゃりと顔を歪ませた。
「わああーーっ、斑鳩君っ、藤崎君っ!!」
「雨竜、さん? あれっ、え? なんですか、これ? 夢っ!?」
思い切り抱きしめたせいで苦しそうだったが、こいつは蘇生祝いのボーナスだ。女っけも無さそうだし、俺たちの乳をたっぷり味わったらどうだ。
くっくっく、そうさ、ここは天国さ。おまえたちをおっぱい漬けにして、この世を未練たっぷりにさせてやろうって魂胆さ! ついでにあのクソ能力者どもをさ、一緒にブッ殺しちゃおうぜ!
さて、そんなこんなでピイピイと泣きあう実に可愛らしい師と弟子だったが、周囲からはまるで異なる光景に見えたらしい。
朝日を浴びる女性が全身を輝かせ、傷を癒し、しばらくすると死者を蘇らせた。それは現実感の極めて強いこの世界において、奇跡などという言葉では決して言い表せない。
とめどなく涙を流す様子を、どう思っただろう。
硬直した彼らは「おい、今のは一体……」などと尋ねるが、もちろん誰も答えなど出せやしない。
世界はゆっくりと一歩ずつ崩壊に向かっており、絶えず変化を繰り返す。
そしてまさに今この時こそが、百戦錬磨の撃滅組織、後藤隊の生まれる瞬間でもあった。
END 気ままに東京サバイブ《闇夜の灯火編》
―――――――――【リザルト】―――――――――
◆後藤 静華
・レベル:11→14
・職業 :剣術士4、鍛冶士3→剣術士4、鍛冶士5
・HP :88→102
※剣術士補正値:32
・MP :21→27
・攻撃力:50(23)→56(27)
・AC :7(4)→38(5)
・MC :0→0
※カッコ内は武器防具を無視した数値と職による補正値。
※AC=アーマークラス。対物理耐性。
※MC=マジッククラス。対魔術耐性。
――職業――
剣術士派生
・剣技:オラトリオ:連続攻撃のたびに加速をする
・剣技:灼熱剣:継続的な火力向上
・剣術:盾LV8→10
・剣術:受け流しLV12
・剣術:回避LV14→18
鍛治士派生
・魔石加工LV14
・生産:剣、斧、盾、弓、刀、槍、防具 ※中級に限定
――技能――
【継続治癒 LV6→9】
手で触れた傷を継続的に癒す。他者への治癒効果は半減する。HP数値分を上限に回復をする。12時間で再使用可。
【俊足 LV8→9】
50歩分、通常時よりも早く移動できる。レベル上昇により速度、歩数の向上が可能。
【素材収集 LV8→14】
倒した魔物から素材を得る場合がある。レベル上昇に伴い、高レベルの魔物からの素材獲得も可能。
【人体蘇生 LV1→2】
人体に限り蘇生できる可能性がある。死亡後の経過時間、損傷具合、魂の結びつき度合いによって確率が低下する。
――耐性技能――
・暗視LV9→12
・ストレス耐性LV3→4
・恐怖耐性LV7→8
・痛覚耐性LV3→12
・隠密LV2→3
――称号――
【挑戦する者】
格上を相手に勝利した場合、ポイント、経験値、ドロップ品を多く獲得出来る。
【野性の直勘】
ここぞという時に実力を発揮する。
【突進する者】
前進しながらの攻撃時に威力が増す。
【無慈悲な狙撃手】
相手から発見されていない時に、ダメージボーナスが発生する。
◆闇夜の灯火
滞在者数:4名
統主/後藤 静華 LV14
雨竜 千草 LV9
藤崎 進 LV8
斑鳩 新 LV8
※闇夜の灯火システムとは:害をもたらすモンスター駆除を担う者たちの集い。精神的な距離が近しいため、統主によって性質を変える面を持つ。
こちらで闇夜の灯火編は終了です。また第三章は準備を経てから開始します。
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