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46.命を燃やせ④

 高台にあるこの住宅地は一等地にあたり、朝もやを分け、都心のビル群が輝いてゆく様子を眺められる。

 東の空は茜色に染まり始め、かすかに瞬く明星が夜の終わりを告げようとしていた。


 立ち並ぶ住宅地のなかで、きらりと瞬く2本の剣がある。しっかとそれを握るのは、まだ若い男たちだった。

 死相を思わせるほど険しい顔をしているのは、9ミリ弾によってバツバツと肩や背を穿たれているからだ。耳元をかすめてゆくと、実弾の持つ貫通力というものを残酷なまでに教えてくれる。


 怖くないわけじゃない。

 死にたくなんてないし、許されるなら今すぐにでも屋根から飛び降り、この治安国家とは思えぬ戦場から離れたい。


 しかし、そんなことは出来ない。冗談じゃない、と両名は螺旋を描くように屋根を駆け、弾丸をかいくぐる。

 目の前には家屋を押しつぶし、横倒しになった宙ぶらりんの建造物、電信柱がある。そこにべったりと張りついた「巣」は、もう間もなく羽化を始めてしまうのだ。


 ――精錬に努め、市民を守れ。


 それは師から聞いた最初で最後の教えだった。

 非常に単純シンプルな教えであり、警察官という職分を越え、すとんと胸に落ちたのを今でも覚えている。

 単なる言葉に過ぎないが、ピシッと己を支える芯として構築されたのは不思議だ。


 その教えを伝えられたときを思い出し、ぎゅううっと歯こぼれした黒剣を握りしめる。

 彼女の顔を思い出すだけで、ジンと胸が熱くなるんだ。女性としての包容力なんてまるで無いし、そんなの期待しちゃ駄目だけれど、肩を並べて歩く日をなぜか強烈に憧れる。


「行くぞオオオオッ!!」

「おおおオオオーーッ!!」


 雄々しく吠えた藤崎と斑鳩は、目前に迫った「巣」を目掛けてさらなる加速をする。


 ここだ、ここで魔物を屠る!

 そう藤崎はしっかと決意をする。


 あの渋谷事変のような惨事は起こさせないし、市民を守るという誓いは決して破らない。

 脳裏に浮かぶ彼女の顔は、これまでずっと「逃げろ」と囁いていたのだが、最後の最後になってようやく「やっちまえよ藤崎、斑鳩」と頼もしい笑みを見せてくれた気がする。


 ――好き勝手に俺らの国で暴れてんじゃねえよ、ゴミ虫どもがアッ!


 ただの幻聴とは思えぬ声が、脳裏にそう響く。

 そして、その声にはまったくの同感だった。俺たちの生まれ育った国で、好き勝手に暴れやがってと藤崎は歯を食いしばりながら思う。


 まだ平和ボケした国だけど、礼儀正しかったり助けてくれたり、人に優しくできる民族なんだ。

 何発も核爆弾を落とされようと、めげずにたくましく生きている国が他にあるか? おまえみたいなモンスターなんて、まだまだ虫っころと変わんねーんだよ!


 そう師から言われたように思い、ゴウ!と魂に炎が灯される。

 背を押されるようにメキメキと後藤の造り上げた鎧は膨れ上がり、激情が、憎悪が、欲望が湧き上がる。


 そして唐突に、こう思うのだ。

 ああ、あの汚い巣をブッ壊してえなぁ、と。


 身体の内部から吹き荒れるエネルギーは、聖なるものか悪によるものかは分からない。だが、がぽりと口を開いて排気するほどに熱いのは確かだった。

 それは自然と喉を震わせて、野太い男の声を戦場に響かせた。


「お、おっ、おおおおあ゛あーーッッ!!」


 燃やせ、燃やせ、魂を燃やせ。

 たとえ鉛のような硬度があろうと、レベル9もの上位者だろうと、お前たちを阻める者なんていない。


 どくどくと血管は脈動をし、まるで燃え上がるようだろう? 分かってる、あの汚らしいゴミみたいな奴をブッ殺したくてたまらないんだな?


 だったらほら、思いっきりブッ刺せや。

 根元までぶっすりと刺して、そのままぐりぐりするんだ。きっと気ン持ちいいぞー!


 ――ゾきんっ!


 気がつけば、ひと息につばまで魔物を貫いていた。それはクロス状に貫通するものであり、ばしゃんと砕けた破片が宙を舞う。


 手ごたえが無かったわけじゃない。

 鉛のように固く、しかし無理やりに貫いた感触だけが手元に残っているという……得もいえぬ不思議な感覚があった。


 両手で柄を握ったまま、ふううっと熱した息を藤崎、斑鳩は吐く。


 ピキキと硬質なものがひび割れてゆくのは言われた通りに気持ちよく、また興奮を誘うものでもある。

 ぶるんと震えた「巣」などは絶命の恐怖におびえており、やめてくれと懇願を示しているようだった。

 しかしそれは腹をかかえるほどおかしくて、吹き出すのを懸命にこらえるほど愉快だった。


「ハハハ! 師匠だったら、こんなときに何て言うんだ、斑鳩アッ!」

「決まってる、魔物の解体ショーを見せてやるぜええええッ!!」


 ガギギと火花を散らし、絶命を誘うべく縦横無尽に切り刻む。

 それは2人にとって賭けでもあった。上位であるギズモを斃せば、多大なる経験値が流れ込むのは間違いない。これまで能力者に苦戦を強いられていた現状を打ち破り、一網打尽にしてやる策だった。


 だからこそ銃を持った能力者は背後から射撃を浴びせ、大男も崩れかけた屋根を駆けてくる。しかしもう間に合わない。力のバランスはあと数秒で崩れ去ってしまうだろう。



 だが――……。



 たったいま夢から覚めたように、目を開く者がいた。

 かすかに息を吐き、ぎゅっと大剣の柄を握る。それはあらかじめ決めていた動きであり、人よりも重い剣は大地から引き抜かれていった。


 獲物へ飛びかかる瞬間のように身をかがめ、そして一呼吸の間もなく大地を蹴る。目指すは真上にあった建造物であり、重い大剣を担いでいても軽々と飛んで見えた。


 そして筋肉量は倍に膨れ上がる。

 これまで絶っていた気配を吹き飛ばし、「いぃぃィーーッ!」と蛮族のような奇声を上げ、下から上へと爆発的な切断エネルギーを生み出す。


 瞬間、コンクリート製の建造物、電信柱に真っすぐの線が走った。やがて衝撃を伝えるように断面はヒビ割れてゆき、真上へと破片を撒き散らす。


 ――『一刀両断!』


 ガキュッ!と黒剣が根元から断たれた。

 一瞬で砕け散った鋼鉄の欠片を見て、藤崎と斑鳩は目を見開く。

 それは唐突に訪れた終焉を告げるものであり、直後、猛烈な爆風に吹き飛ばされていた。残骸と化した「巣」が大きく膨れ上がり、ついに崩壊を迎えたのだ。


 どおおと激しく全身を揺さぶられ、成すすべもなくアスファルトに叩きつけられる。立て続けに響くレベルアップの知らせを、どこか呆然と聞いていた。




「……そうか、早いな。もう辿り着くのか」


 誰かと話しているように青年はそう漏らす。

 これは囚われの身である追跡者チェイサーからの情報提供であり、厄介な女の現在地を知らせるものだった。彼ら能力者らは獄中であろうと関係なく、独自の情報ネットワークを持っている。

 また、彼らの会話から察するに、後藤のいないこの場所を「狙った」と考えて良いだろう。


 知らせはそれだけでなく、朝日が昇る方角からバタバタと旋回音が響いている。きっと今夜の被害を受けて、国はこれ以上なく迅速な行動をしたのだろう。つまりはモンスターに対して国軍投入を決めたのだ。


 ならば時間は少ないだろうと判断し、男はくるりと背後を振り返る。


 そこには刀身を失った柄を握る、藤崎と斑鳩が立っていた。

 全身から血を流し、フーフーと手負いの獣を思わせる息をしている。完全に崩壊をした瓦礫の上で、周囲を取り囲むのは彼ら能力者だった。


「さて、後藤が今後、おまえたちのような犬を増やさぬよう協力してもらうぞ。今から痛めつけ、ズタボロの死体をあの女に見せてやる。ああ、いっそのこと通話で助けを求めたらどうだ。最後の言葉を聞けて、あの女もきっと満足をするだろう」


 さきほどの追跡者チェイサーとやり取りをしたように、通話をするよう東雲しののめは誘った。しかし彼らは頷かず、折れた武器を手に睨みつけてくる。

 そして腹から血を流し、継続治療リジェネーションなどとっくに切らしている藤崎が口を開いた。


「なら師匠がこれからも弟子を持てるよう、お前たちに示さないとな」

「……なにを言っている?」


 言葉の意味が分からず、男は怪訝な顔をする。

 その答えは、同時にゾキッ!と闇礫の小手バレットガントレットから伸ばされた爪だった。


 俺たち弟子に手を出すとかなり面倒なことになる。それを今からお前たちに骨の髄まで教えてやろう。

 先ほどの言葉には、そのような意味が含まれていた。


 武器を失ったというのに、闘志はまるで衰えない。まさに後藤を見るようであり、その嫌な感情を消し去るべく能力者は無表情で引き金を絞った。


 タタタと響く発砲音は、やがて迷彩柄をしたヘリコプターの音に掻き消されてゆく。それはあっけない終わりであり、最後にドチュリと濡れた音を辺りに響かせた。



 こうして、今夜において11番目となる魔物出現エリアの戦いは終結した。


 投入戦力の生存者ゼロというこれまでの最大規模となる被害によって、都庁は早朝未明に災害指定を発令。

 当然ながら空陸の国軍投入は国内からの大きな反発を誘う。


 しかし世界的に見てもテロを超えた被害に及んでおり、また国内に限った武力のため諸外国からはおおむね適材適所として認識された。


 それよりも肝心なのは、水面下で魔物への関心が高まり続けていることだろう。

 決して公にはされないが、サンプルを得ようと関係者らは常に交渉を続けている。交渉とはつまり援助金であったり火器を含む物資であったり、はたまた戦力そのものであったりと分かりやすいものだ。


 そのようにあからさまでも構わず働きかけるのは、超常的な性質を持つ魔物という生物、そして生み出される素材の面が大きい。

 今後、世界を変える力があるのではと鋭敏に感じる諸外国もあったのだ。


 経済の停滞した日本において実に皮肉なことに、牙を剥いて襲い掛かる魔物こそが復興の一端を担い始めていた。

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