45.命を燃やせ③
――どどどおおん!
ベキベキと木造建築物は押しつぶされ、家全体が大きく揺れた。
ぶつかってきたのは根元から破壊された電信柱であり、引きちぎられた電線がバジジッと暗闇に火花を散らす。
一瞬だけ照らし出されたのは、こちらをじいと睨む2人の目だった。
気圧されてなどいないが、襲撃者の男は素早く後方に退きながら闇を見つめる。そこには盾を展開して「巣」を押しつぶす藤崎、そして飛翔をして空中から弾丸を撃ち放つ斑鳩の姿があった。
嫌な気配を感じ取り、感覚に任せて男は身を動かす。すると、ヒュッ、シュパッ!と耳元を猛烈な速度の弾丸が通り抜けてゆき、遅れて冷汗を流した。
いや、対遠隔攻撃の能力を持つ彼にとって、今の攻撃など怖くはない。問題は彼らの動きが正確に過ぎることだ。
路上に取り残されている大男、そして大剣使いの女は連携面がさほど高くない。そのため各個撃破を誘導する配置にし、こちらは上から銃弾を浴びせるという算段だった。
しかしそんな予想など、ものの数秒で覆された。
高所への足場をまず作り、魔物へダメージを与え、かつ最も厄介である己に狙いを定められた。
気づけば2対1という状況だ。まさかこの短時間で計算をしたとでも言うのか。
ぬるりと左右に分かれて接近してくる姿など、かつて対峙した者の姿を否応なく思い出させる。だが手にしたばかりの銃器は頼もしく、にっと口の端に笑みを浮かべる余裕があった。
「あいつの弟子っていうのは本当だな! だが知っているぞ。お前たちはレベル5程度だとな!」
そう嘲りの表情を見せ、ついに自動小銃が火を噴く。
これは命中精度に特化した短機関銃だ。ドイツ連邦国境警備に採用された過去があり、トリガーを引けば極めて安定した連続破裂音を響かせる。
狙う先は無論、直線的に切り込んでくる背の高い奴であり、この距離ならば10発は浴びせられるとほくそ笑む。
ぎゃんッ!と方向転換をしても……遅い、と彼ならば思える。
命中力強化、貫通力強化といった能力によって、防弾ガラスさえ役立たない。狙い通りに腕と肩を穴だらけにしてゆく様子に笑みをより深める。
しかしシュカカカッ、と先ほど見せた盾を展開されると直線状の火花が周囲に散った。
「…………」
ここでひとつの疑問が沸く。
おかしい、なぜ今それを使った。強化しているとはいえ元は9ミリ弾だ。姿を見せた瞬間から使っていれば、彼は無傷でいられたというのに……。
何か嫌な予感がし、無意識に警官殺しの男、東雲は左腕を頭上にさらす。瞬間、ごきんと重く鋭い一撃が与えられ「やはり囮か!」と叫ぶ。
骨の芯にヒビを入れられ、激高した彼はカウンターとして連続的な火花を周囲に照らした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふうううーー、と女は長い長い息を吐く。
辺りに月明かりは差し込んでいるが、ここはとても暗い場所だ。
両脚で地面を踏み、それからぶらぶらと全身を揺すってリラックスをする。
傍らに刺さっているのは人よりも重い片刃の大剣であり、その身に「一刀両断」なる文字を刻んでいた。
この日本において異様と思える恰好だった。装甲は乳房や腰回りといった箇所のみを覆っており、しかし広い肩幅と筋肉質な身体が「似合っている」と思わせる。
面覆いから覗く三白眼もまた、どこか獣のようだった。背まである黒髪も手入れをまるでしていない。
ゆっくりとした息をしながらも、全身に熱を帯びているのは狩りを前にした肉食獣を思わせる。
こきんと首を鳴らすと、その女は暗闇で仁王立ちをしてじっと待つ。
鈴虫の音を聞いているうち、やがてその気配さえ完全に消え去った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
じゅうう、と肩から白煙をあげながら、藤崎は居合切りじみた動きで剣を振るう。すぐ目の前に銃口があっても気にせずに、だ。
引き金が絞られてゆく様子さえ、どこかスローモーションに見える。それはきっと死地に辿り着いたからこそ見えるものだろう。
「死、ね、え……ッ!」
だが、ここに来てさらに見えるものがあった。それは横合いから銃身へ叩きつけられた一撃であり、左半身を血染めにした幼馴染、斑鳩による一刀だ。
パタタ、と光るマズルフラッシュと、ぐずぐずにされてゆく頬。しかし焼けるような痛みや恐怖よりも先に、藤崎の脳裏を占めるのは深い感謝の念だった。
ありがとう。
分かっていたんだ。
斑鳩ならやってくれるって。
だからこそ迷い無き一刀を、夜気ごと切り裂いて叩き込める。
――ざしゅうッ!
剣は脇腹へと吸い込まれゆき、速さ、重さが充分に乗った手ごたえを伝えてくる。
強固な装甲に阻まれて致命傷には至らない。だが肋骨を幾つか粉砕した手ごたえはあった。
ぐらりと傾げた敵を見て、2人の男は瞳を燃やす。
ここだ、ここで殺る。同じ日本人などではなく、人の敵として悪を討つ。裁く法律も権力も俺たちには何も無いけれど、こいつはここで殺らなければいけない。
ふしいっ、と熱しきった息を吐くと、温度差によって白く染まる。
それを置き去りにし、同調の能力に目覚めた彼らは大きく傾く屋根を駆けた。
首筋に向けた鏡映しのような一刀は、銃身、そして折れた左手によって防がれて火花、血液を散らす。
しゅどどっ!とまったく同時に響いた発射音は、太ももを狙ってクロス状に吐き出した弾丸だ。敵が見事なまでの反射速度で飛びのこうとも、その先へ間髪入れず、タタタと流星を描くように斑鳩が駆けてゆく。
一方、後方に控える藤崎は、大した狙いもつけずに引き金を絞った。無論、狙う先は敵が今まさに拾おうとしていた弾丸入りマガジンだ。
がきゅりと目前で弾き飛ばされて、長髪の男は怒りの表情を見せる。
「こ、こいつらッ、よくも俺の先手を……ッ!」
そう言っている間にも、月明かりを背後に小さい奴がぐんぐん迫っている。
剣と銃などという比べようもない武器の差があるにも関わらず、なぜここまで恐れず、かつ効率的に動けるのか。言葉や合図さえも交わさずに。
ぐうっと怒気を膨らませ、忌々しげに男は感情まみれの言葉を吐き出す。
「実に厄介だよ、お前たち闇夜の灯火のシステムは! 統主によって性質を変えてくるのだからな! ここで始末が出来て本当に良かった!」
思い浮かべて欲しい。月明かりさえない闇夜、そこにぽつんと灯された焚火のある光景を。
きっとそこには行き場のない人が吸い寄せられるだろう。そして火の番をしていた者が、ゆっくりと君たちを見あげてくる。
その者は訪れた客人に何と声をかけるだろう。恐らく後藤であれば「よっ、お疲れ。お酒あるけど飲む?」と、なかなかの笑顔でねぎらうに違いない。
たまたま出会ったに過ぎない藤崎や斑鳩などは、明るい雰囲気に戸惑いながらも、ほっと安堵の息をするだろう。
そしてきっと彼女のような笑みを返す。
そのように、魂の奥底へ入り込む性質が闇夜の灯火にはある。彼ら能力者の集団しかそれを知らないし、知る必要も無い。
だが主人が善良であれば善良に、凶悪であれば凶悪に導かれるのは事実だ。互いに意識せずとも、そっと手を引かれてゆく。
ズリュ、と手のひらに剣の切っ先が入り込む。
低レベルだとはなから侮っており、問題なく避けられると踏んでいた。しかし直前になって斑鳩が加速をし、利き手を犠牲にせざるを得なかった。
ここでは悠長に悲鳴を上げる間など無い。折れかねないほど首を捩じると、先ほどまで頭のあった位置を弾丸が抜けてゆく。
そして視界から外れた直後、おんっと駒のように斑鳩は回転をし、血の弧を描いて斬りかかって来る。
「~~~……ッ!」
東雲は汗をしたたらせながら、必死に斑鳩の腹部を蹴りぬいた。
どうにか距離を取った彼は、きっと不思議だったろう。レベルも能力も、そして装備さえも差があるというのに、なぜこうも奴らのいる死地に引きずり込まれてゆくのか、と。
もしひとつ、ここで違いを挙げるとするならば、それは「気迫」という言葉が近しい。
死の恐怖などとっくに乗り越えた者と、思考の端っこに死がチラついている者。それが動きを鈍らせ、レベル差をひっくり返され、劣勢に立たされる原因となった。
しかし――……。
ずん、と崩壊しかけた屋根が揺れる。
大量の瓦を踏みつぶす音に振り向くと、そこには全身をブ厚い装甲で包む大男がいた。両肩に担いだのは機動隊の身体であり、大量のギズモが遺体にびっしりと突き刺さっている。
あれを盾にして「巣」を抜けて来たのだと理解し、その不道徳さへ藤崎と斑鳩はうなじの毛を逆立たせた。
「クハッ、待たせたなァーーッ! 全身の関節をバラバラにされる時間が来たぞーー!」
がぽりと装甲の口をあけ、男は笑う。
彼が取った行動はシンプルだった。遺体を力任せに放り投げ、彼らのそばにギズモの群れを撒き散らしたのだ。
ぶおんと飛びあがる羽音に、藤崎、斑鳩のみならず敵である東雲までもが顔を青ざめさせた。
「ッ!!」
ここに無駄な時間など一秒たりともない。行動は迅速に、正確に、かつ確実に。
それを知っていた藤崎と斑鳩だけは、事前に決めていた優先度に従って行動を開始した。まずは靴底をぶつけあう蹴りをひとつし、一瞬で危険地帯から抜け出す。
「あっ、おっ、こら逃げるな!」
弧を描き、距離を取りながら通り過ぎてゆく彼らに大男は叫ぶ。そして、しゅどッ! しゅどッ! というくぐもった発射音は、左右から大男の顔面を狙うものだった。
「でっ! いてっ!」
ブ厚い手のひらによって弾丸はバキキと弾け飛ぶ。
だがこれは殺傷目的ではない。目くらましだ。そうと気づけたのは東雲だけであり、しかし彼もまた動けない。
ブルブルと震える血染めの指先で、弾丸入りマガジンを拾うこと。それが彼の選んだ最善の手だった。
しかしレベル差というものは絶対だ。基礎能力で勝り、また人数で勝っているならば負ける要素は無い。距離を取ったならばさらに勝算は跳ね上がる。
ほくそ笑みながら、がしゃんとマガジンを自動小銃へ差し込み、それから銃口を彼らに向けた。
「…………?」
照準が示す先、そこに何かが見えた。そして気づく。
彼らがどこへ向かっているのか。
何を狙い続けていたのか。
どうやってこの状況で勝利を掴もうとしているのか。
それらが濁流のように押し寄せてくるのを感じ取り、どっと男は汗を流す。
夜明けはもうすぐそこまで近づいていた。




