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43.命を燃やせ①

別作の書籍化対応のため、投稿が滞り失礼いたしました。

 害獣対策のため災害認定をされる前夜。

 都内某住宅街にて――……。



 車内はゆったりとした広さがあるものの、横座りに計8名が収まっていると息苦しさを覚える。特型警備車なる車両は数々の事件を鎮圧してきただけに無骨であり、またフレーム強化のため窓も無い。


『現場より報告。封鎖内に3名の民間人が入り込んだ模様。発見され次第、避難誘導にあたって欲しい』

「またマスコミの連中か……了解、善処する」


 耳に響くのはノイズ混じりの無線と、報道の自由をやめようとしないマスコミへの愚痴だ。

 おまけに銃器の点検をしている者たちに囲まれては息苦しさに拍車がかかる。最年少の部類に入る藤崎は、グイと襟を引いて新鮮な酸素を吸いこんだ。


 元は警備課だったのに、すっかり機動隊の一員になったな。

 そう藤崎は内心で愚痴を漏らし、視線を正面に向ける。そこには新調したばかりの装備に身を包む幼馴染、斑鳩いかるががいた。


「藤崎、点検しなくていいのか? もうすぐ現場に着くよ?」


 視線に気づいた斑鳩は、丸っこい目と太い眉をこちらに向けてきた。背は低いものの黒色の鎧で包むと不思議な迫力を醸し出す。

 これは闇礫バレットシリーズと呼ばれるもので、師匠、そして研究機関によって生み出しているらしい。


「これってモンスターから作ってるんだろ? おまえ、よく喜んで着ていられるな」

「そう言う藤崎だって、師匠に恰好良いって言われて嬉しそうじゃなかった?」

「ばっ……! 別に嬉しくはない。見た目は重そうだったけど、着てみたら楽に動けたから驚いただけだ」


 あぁー分かる、とイガグリ頭の斑鳩は楽しげに目を細めた。

 実際、見た目とは大きく異なる機能性だった。触れてみると分かるが有機的な感触で、関節まで装甲が覆っているのに動きをまったく阻害しない。

 例えるなら「虫」が近しいだろう。あれは窮屈そうに見えて、極めて効率的な外殻を生み出している。

 能力を活かし、生き残ることに特化した装備と2人の目には映っていた。


「あー、この装備ではやく戦いたいなぁー」

「おまえのそういうトコ、本当に羨ましいよ。俺なんて、ずっと夜勤続きでかなり参っている」


 意外そうな顔をしたのは斑鳩だけでなく、機動隊の者たちも同様だった。隣に座ったいかつい男は、聞きかねたように口を開く。


「なにを言っとるか。あんなもん有事の時よりもずっと楽やぞ。害虫退治みたいなもんで、しばけば家に帰れるからな」

「ああ、違いない。暴動相手なんて最悪だ。重装備で夜通し朝まで立ちっぱなしで、気力が根こそぎ奪われる。そのあと娘と遊園地に行った日は、本当に辛かったなぁ……」


 ははは、と周囲の男らも笑う。その辺りは機動隊の「あるあるネタ」なのか、周囲の者らも少なからず身に覚えがあるらしい。

 機動隊というのは警察組織のなかでダントツにキツい。銃器の扱いだけでなく、様々な救助活動に対応するため、骨の髄まで連携を叩き込まれるからだ。


 機動隊への配置変えが決まった者の多くが、呆然として動けなくなるらしいからよっぽどだ。それくらい肉体的にも精神的にもタフでなければやっていけない職業というのが彼らの一般的な認識でもある。


 そんな者たちの生み出すブラックジョークなのだから、一般人に近しい藤崎などは口を引きつらせることしか出来ない。

 と、そのとき指揮官が無線でやり取りをした。


「第八機動隊、現場到着。これより魔物出現予測Kエリアを駆除する」

『了解、すみやかな任務達成を祈る』


 ゆるやかに減速をしてゆき、ぎぃっと停車をするとすぐさま後部ハッチが左右に開く。

 軽口を叩いていても、流石はプロの機動隊だ。銃の先端を地面に向け、一斉に展開をしてゆく姿は軍人を思わせる。

 遅れて藤崎、斑鳩も路上に降り立つと――そこは夜の住宅街だった。


 はあ、と吐き出した息が響く。

 シンと静まり返り、街灯以外の灯りが無い住宅街というのは、どこかゴーストタウンのようだった。実銃を使う条件として、半径100メートル以内の住人を避難させたからだ。

 普段とまったく異なる光景に、ぞくりと背筋が震える。


 日本は順応し始めている。

 未だ正体不明の「敵」が現れてからというもの日本は目まぐるしく姿を変えてゆく。

 戦争は国を強くすると言うが、魔物なる存在を全て倒した後、この国がどんな姿をしているのか予想しづらくなってきた。先ほどの震えにはそんな意味があって、藤崎は不安を押し殺すように口を開いた。


「どうやら避難誘導は終えているらしいな。――師匠、斑鳩と現場に到着しました。そちらの状況はどうですか?」


 彼が師匠と呼んだのはコードネーム「Aさん」と呼ばれる謎の女……いわゆる後藤である。

 話しかけてすぐ、2人の視界へ四角く青白い枠が現れて、ブウンとテレビをつけたような音が響く。するとそこには武装をした後藤の姿があった。


 これは闇夜の灯火リヒトの一員として加えられたからこその機能らしいが、詳しい理屈はだれも分からない。ただこのように場所が離れていても連携ができるため、彼らは日ごろから重宝をしていた。


 肩までの黒髪を揺らし、後藤の瞳がこちらを向く。

 やや険しく見えるのは、もしかしたら戦いの最中だったかもしれない。どうも彼女の持つ雰囲気は、状況によって大きく変わる。食事のときなどは子供っぽいし、アホっぽいとさえ思う。しかしいざ実戦を迎えると奇妙なまでに迫力を生み出す。


「そっか、お疲れ。こっちは途中でエギアが出ちゃったから応援に入ったとこ」

「新種の方ですか。固定型のギズモと違って面倒ですからね。それで師匠、どうしてここ最近になって急にモンスターの数が増えているんですか?」


 その質問に斑鳩の目もこちらを向く。落ち着いていたはずのモンスター出現数が、この数日で急激に増えているのが気になっているのだろう。

 一晩経つごとに出現予測エリアを爆発的に広げており、そのせいで彼女らとは別の班への配属となった。


「んー、前もこういうときがあってさ、分かんないけど月の満ち欠けとか関係あるのかもよ? ほら、ちょっと空を見上げてみ?」


 予定の待機地点へ向かいながら、2人は口をあけながら夜空を見上げる。すると住宅の屋根の上にはぽっかりと月が浮かんでおり、ほぼ満月になりかけていた。


「……それって関係あります?」

「だから知らんって。ひょっとしたらって言ったろ? 答えの出せっこない質問をする前に、周囲の状況をちゃんと見ておけよ。もしヤバいと思ったらすぐに撤退していいからな」


 そのきっぱりとした口調に目を見張る。

 ぐるりと周囲に視線を向けると、機動隊らは屋根の上などへの配置を着々と進めている。その状況を眺めながら藤崎は遅れて口を開く。


「ここを見捨てろって言うんですか?」

「ヤバいときだけだ。倒せるならすぐに倒せ。俺たちの狩りの邪魔をしようとする、頭のおかしな連中が潜んでいるかもしれないからな」


 以前、そのような者たちがいると彼女から聞いたことがある。しかし藤崎としては理解しかねる。以前ならまだしも、今は16名規模で武装をしているのだ。このような状況にどうやったら手を出せるのかと思う。


「……分かりました、状況には気を配ります。それよりもエギア討伐は順調なんですか?」

「へーきへーき、大体さー、今どきレベル12とか笑っちゃ……うブウッ!」


 ヘラヘラと笑った直後、後藤の顔がブン殴られる光景にぎょっとした。

 一瞬だけしか見えなかったが――いや、画面の端っこにはゾロゾロと蠢く何かが見える。間違いなくこいつはエギアだ!

 いや、驚くよりも先に、問いかけなければいけない言葉がある。


「まさか魔物の目の前で俺たちと話してたんですか!?」

「あ、あーー……鼻血、出ちゃったぁ。生中継されちゃうとかさ。ふふ、はは、ハハハハ! おう、こら、エギアっつったっけ、お前。さっさと俺にエロゲみたいなことをしてみろよ。ご自慢の触手でさあ、俺にエロゲ展開してみろっつってんだよ! さっさとしろテメエ! ボケが!」


 ひぃっ、とこちらが悲鳴をあげるほど、後藤の繰り出すパンチの衝撃が映像として伝わってくる。ゴスッ、ゴスッ、ゴズンッ! と絶え間なく響く打撃音、そして飛び散る体液に「これで本当に剣の師匠なのか?」と内心でパニックを起こしかけていた。


 キャーーアァァーー!と響く魔物の悲鳴に、斑鳩と揃って耳を押さえ、それから慌てて通信を切る。

 今度はシンと痛いほどの静寂が待っており、遅れて安堵のため息を一緒に吐いた。


「はぁー……まったく心臓に悪い。あれで本当に人間なのか?」

「すごいよね、師匠! 俺もいつかああなるんだー!」


 きらきらと目を輝かせた斑鳩に、もう何度目になるか分からないため息をする。脳まで筋肉に侵された連中に囲まれて「俺もいつしかウオオオと叫ぶのでは?」などと恐れたのだ。


 今からでも師匠を雨竜さんに変えてもらおうかなと、藤崎は半ば本気で考えた。


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