40.情勢
あれから数日、俺は寝て過ごした。
部屋を暖かくして、起きたと思えばテレビゲームをし、その間もずっとムスッとしてた。
不機嫌な理由は2つあって、ずくっずくっと下腹部から響く鈍痛、それとついに暴れ始めた魔物、エギアの被害情報を見てのものだ。
いくら肉体強化をされたって、子を産む器官が無くなるわけじゃない。
犬でも人でも避妊手術をすると寿命が延びる。それくらい命を削っているし、魔物と戦うのは無理と判断したんだ。死ねよ生理。
どうでもいい話だけど、抱き枕ってのはこういう時に必要だと思うよ。何かを失ってゆくような喪失感があって、身体が寂しさを伝えてくるんだ。
今度買おうかな、とか俺が思っちゃうくらいにさ。
その間、政府側はようやく重い腰を上げる。モンスター駆除のための法改正を無理矢理に通したんだ。
最低でも半径100メートルの避難を終えた地域に限って、という制限はあっても、住宅地でのドンパチまで許したんだからよっぽどだ。
これには諸外国から援助という名の圧力を受けたんじゃないかと思ってる。
ついでにアレも効いてんだ。研究機関で魔物をアイテムに俺が変えちゃったアレ。重力に逆らって浮かぶ物質や、見たこともない原子配列をした素材とかがさ。
原理はまるで分からない。だが実際に目で見てしまっては、これから何かが起こる予感はあっただろう。
新しい技術ってのはそれくらい人の目を引くもんだ。
そうでなくとも現場での戦いは日増しに厳しくなっている。死傷者は3桁に迫り、切実な武装強化の声、そしてカメラを通じたモンスターの映像が届いている。
いい加減に終わってくれと願っても、朝には必ず後藤という女から出現予測情報が送られてしまう。
どうにかしろと上の連中は言い、下の奴らはどうにもなんねーよと口を揃えて怒鳴り返す。そんな風にして、渋々ながら武装を許可したわけだ。
このような変化も、俺としては「ようやく巻き込めたなー」という思いだ。現場でどうにかモンスターを潰しても、あいつらは「次もよろしく」とあぐらをかきたがる。
だけどこの日本ってのはモンスターとの相性が最悪なんだ。のんびりしてられる余裕なんて無い。
初動の遅さは魔物のレベルアップを誘い、あれよあれよと強化されてしまう。慎重に慎重な対応をした結果が、あの渋谷事変だ。
最早、上から下までみんな関係者なのだと気づいて欲しい。そういう意味で、彼らを巻き込めたのには満足していた。
ピンポーン。
チャイムが鳴って、ふがっと俺は目を覚ます。
まったく、ようやく気持ちよく眠れるようになったのに。ぼりぼり頭をかきながら、よっこらせと起き上がる。
はいはい、何かご用でしょうかー。
寝ぼけまなこでドアを開くと、そこにはキリッとした顔の雨竜がいた。
「おはようございます。休日ですので勉強をしに来ました」
「あ、そう……今日って週末だったんだ。まあいいや、散らかってるけど上がって」
こっくりと彼女は頷き、それから靴を脱ぐ。
などと思ったら再びベルがピンポンと鳴って、俺はずっこけかける。今日は何やねんと振り返ると、そこにはスーツ姿の青年が困った顔をしていた。
「おはようございます。あの、今日は署に来る予定、でしたよね?」
ゆとり君の困った顔にぱちっぱちっと俺たちは瞬きをし、それから大きめの瞳までいぶかしげにこちらを向いた。
うん、これはたぶんアレだな。2つの約束を両方とも忘れていたパターンだ。覚えがなければ許される政治家と違ってさ、ニートってのは大変な身分だよ。
やれやれのポーズをした俺は、むんずと襟首を掴まれた。
さて、ゆとり君のマイカー……じゃなくって代車は今どきのエコマークを誇らしげにつけていた。
こういうのって「本当にエコ?」って聞きたくなる。ちょっと空気に出るゴミの量を減らしたくらいで、本当に地球は住みやすくなるのかなって。
だけどフロントガラスを割ったのは俺だし、その弁償を求められないよう黙ってる。
「そういえば以前と車が違いますね。どうしてですか?」
「ああ、そうなんだ。前に後藤さんが割ってしまってね……」
「どういうことですか。ドラマみたいなカーアクションでもしたんですか?」
ああ、速攻でバレた。雨竜はこういうところをガンガン突っ込んで来るからな。誰もやらない間違い探しクイズを一生懸命になって解くタイプだ。
だったら俺のやるべきことは決まっている。むんぐと口を閉じ、話題が過ぎ去るまでだんまりだ。テコであろうと決して動きはしない。
「後藤さん、弁償しなくて大丈夫なんです? 聞いてますか? もう大人なんですよね?」
「…………」
「まあまあ、何とか経費に出来そうだから。だけど安心したかな。雨竜君も元気そうで。二人は休日によく遊ぶのかな?」
来た。話題の変化だ。この瞬間を逃さずに、俺という名の野獣が目を覚ます。
「んー、会社以外ではそんなこと無かったな。ついこのあいだの事件からか?」
「あ、後藤さんが会社勤めしてたころも気になりますね。じゃあ今日は一緒にショッピングでもする予定だった?」
「いえ、これから魔物退治を本格的に覚えようと思いまして。弱点部位や有効な手段など、早く殺せる方法をです」
ぽんぽんと弾むような会話だったが、最後にパスを受け取った雨竜は、ダイレクトボレーばりに蹴っ飛ばす。
もちろん車内はシンとした。
ゆとりの事だから、きっと女性同士の華やかな休日を思い浮かべたんだろうけど、んなわきゃない。俺だって知らねーよ、女っぽい遊びなんて。あやとりでもすんのか?
ついでに言うと弱点なんて大して知らん。なあに、困った時は目玉でもぶっ刺しとけばいいんだよ。今んとこ目玉があった魔物は見たことないけど。
さて、これから署に向かうのは「警察官に能力者らしき者が出たから、ちょっと見てくれる?」という要件だったりする。
もし本物だったら、これからのモンスター退治において大いに期待できる。俺がサボれる上に、貴重な素材まで貰えるという意味で。
ちなみにこういう協力って基本的に謝礼は出ない。担当者の財布から出る場合がほとんどだからな。
なので朝食を奢ってくれたり、フロントガラスに目をつぶってくれたりというのが謝礼に近しい。
けど多分、俺という駒は非常に有能だし、その気になれば謝礼くらいは貰える。協力的であり、つい先日は魔物相手に市民を守りながら大暴れをしたからな。
おまけに数少ない生産者だ。すでに手離せない所まで来ていると思う。
だけど金銭で動いているという風には思われたくないんだよね。単純に癪だったし、金を払ってんだから働けなんて顔をされたくないしさ。
そんな事を考えていると、ゆとりは恐る恐るという風に振り向いてくる。
「後藤、さん……まさか雨竜君まで不良にするわけじゃ、ないですよね?」
こいつ頭の回転がクッソ遅いな。こっちなんて脇道に逸れるとこまで考えたってのに。
引きつった男の顔を見て、俺はにっこりと笑いかけてやる。
「答えが聞きたかったら、はやくそこのドライブスルーへ向かうんだ。もしも通り過ぎたら……分かっているな?」
「なんだ。それくらいなら全然構いませんよ。雨竜君はお腹すいてる? 良かった、それじゃあお昼はそこで済まそうか」
おうっ!と俺らは片手をあげて、無料のお食事をゲットしたわけだ。やったぜ。




