39.おやすみなさい
明るくなってくると、先ほどの公園は様変わりをした。
回転灯を光らせるパトカーが2台、そして救急車が一台ほど止まっており、あちこち人が行き交っている。
ふーん、騒々しいの。いや、実弾を使った割りに、そう多くは無いか。見たところマスコミの姿もまだ無いしさ。
たぶんこれ、モンスター騒ぎにインパクト負けしてんな。
まだ空が白み始めた時刻だってのに、鑑識らしき青色の制服を着た連中が歩き回っている。犬の散歩をしている市民から眺める先には、這いつくばって弾を探す姿があった。
それを他人事のように眺めながら、コンビニ袋を片手に公園の敷地へ入っていく。よく分からんおっさんから止められたけど、ちゃんとしたおっさんがその向こうから声をかけてきた。
「その人はいいんだ。通してやれ」
「あんがと、西岡さん」
顔を合わせるのは1週間ぶりくらいかな。以前より白髪が増えた気がしなくもない。相変わらずガタイが良く、ジャケットを着るともうひと回り大きくなって見える。
「いいんだ。若林があの調子だからな。報告書をまとめるのに、お前にも手伝ってもらうぞ」
「えー、任意じゃねーのかよ! 大丈夫だって、ゆとり君なら穴だらけになったって報告書もできるって!」
ぶーぶー文句を言ったのに馬鹿を言うなと背中を叩かれ、そのまま押し出されるようベンチに向かう。
そこにはぐったり座り込むゆとり君の姿が見える。うつむいているので表情は伺えないが、かなり参っているのだけは分かった。
ひょいとペットボトルを差し出すと、ややクマのできた顔がこちらを向く。かなり出血をしたせいで青白く、ご自慢のオーダーメイドのシャツは赤黒く変色している。
「だいじょうぶー?」
「うん、ありがとう。正直死ぬと思いました」
ん、ちょっとだけ笑みも浮かべられるか。死にかけたってのにちょっとはタフになったかな。最初の時なんてギズモに怪我させられただけで、ヒャアとか言ってたしさ。
なんて思いながら隣にどかっと座る。あとビニール袋に残っているのはコンビニで買ったおにぎりとサンドイッチだ。
「女子から奢られるなんてさー、縁起もんだよ? ゆとり君は彼女とかいんの?」
「前に懲りて、それから作らないようにしています。ああ、許嫁だったんです。親が勝手に決めたから……って、何を言わすんですか」
うへ、婚約破棄か。やっぱこいつ、そこはかとなく金持ち臭がすんな。しかも「作らないようにしてます」って何様だよ。世の男たちが聞いたら声を揃えて「死ねよ」って言うぞ。
とりあえず食っておけ、と呆れ顔でサンドイッチを手渡す。出すもん出したら後は食うだけだ。別に汚い話じゃなくって、血とか栄養とかそういうやつ。
どうにか話せるようになったけど、さっきは大変だった。腹部に2発、胸部に1発、それを至近距離から浴びたせいで死ぬ直前までこいつは苦しんでたんだ。
実際、いくら俺に治療の力があったって、ショックを起こして死ぬ可能性も高かった。それくらい臓器へのダメージってのはヤバいんだ。頑丈な俺なんかと違ってさ。
ペットボトルの蓋も開けられない様子を見て、代わりにパキャッと開ける。俺にしては甲斐甲斐しいなーとか思うけどさ、血まみれの手で俺を掴んで、遺言とか伝えようとする姿を見ちゃうとなー、流石に冷たくは出来ないよ。
「後藤さん、あの時こちらも足に2発当てました。それでもすぐに傷を治して……一体何なんですか、能力者って」
「知らん。俺のほうが聞きたいくらいだ。でも残念ながら教科書にも載ってないし、誰も答えを教えてくれない。面倒だろ。自分で調べないといけないってさ」
その役目は俺であり、こいつであるわけだ。
むしゃりとおにぎりを頬張る。おかか味、それと昆布味だ。
いくらおにぎりのレパートリーが増えたって、こいつらはいつまでも棚に残っているタフな奴らだったりする。そして俺の一番好きな味だ。ん、2つあるじゃないかって? どっちも一番なんだよ、俺にとってはさ。
「だけどちょっとは成長したみたいで安心したぜ、若林」
「っ!!」
がばっとゆとり君は顔をあげ、こちらをまじまじと眺めてくる。聞き間違いじゃないかって疑っているようだから、もう一度正面から話しかけてやる。
「若林、犯人を相手に逃げもせず立ちはだかったのには驚いたぞ。結果以外は見上げたもんだ」
「ご、後藤、さん……ついに、ついに僕の名前を憶えてくれたんですねぇっ!」
くうーっと泣くのをこらえる顔をしやがった。名前を呼んだだけだってのに非常にキモ……おっと間違えた。男らしい、うん。間違いない。
「ははは、いつまでも本名を呼ばないわけにはいかないだろ。じゃあこのままやれそうだな、若林」
「んえ? 何をですか?」
「この調子で報告書、書けるよな?」
先ほどまでの笑顔は力無い笑顔に変わり、そして地面を向いて「はあ」とため息を吐きやがったよ。非常に面倒臭い男だ。このゆとり君は。
がちゃがちゃと鍵の束を鳴らして階段をあがる。
もうずっと夜の生活をしていたから、こんな明るい時間の帰宅でも全然へーき。いつかは夜の女王にでもなってやりたい所だ。
ふんふんと鼻歌を漏らしつつ、メットを片手にドアを開く。その先にはゴチャっとした我が家があり、ああー帰ってきたなぁーと軽く感動をする。
すげー大変だったよ。熊と戦ったり銃で撃たれたり、雨竜と風呂に入って飯食ってチンピラに絡まれて、そいつらボコにして一人捕まえて、そのまま朝までゆとり君のお世話だ。冗談じゃないね。
そうそう、途中で雨竜に帰ってもらったけど、流石に今日はお休みだろうなーなどと思いながら鍵やらメットやらをポイポイと捨て、そんで下着姿になってリラックスモードだ。
これぞ一人暮らしの特権で、開放感ってやつを思い切り楽しめる。そうそう、あとは冷蔵庫を占拠できたりさーなどと呟きながらビール瓶をひとつ取り出す。
あとついでにソーセージ、それからチーズをひょいひょいと手に取ってバタンと閉める。
さっさと寝たいけど、もうちょい生活の喜びってのを俺は感じたいんだ。いわゆる「ごほうび」って奴でさ、豊かな生活にはそれが欠かせないってのが俺の流儀でもある。
よく頑張ったな後藤、さあ美味い飯とビールだぞ、ってね。
ま、女の一人暮らしなんだし料理なんて適当よ。真面目にやるのは結婚をし、小姑に怒鳴りつけられ、うっせーババアと抵抗をし、夫が出て行ってから考えりゃいいんだ。最後の最後、リーサルウエポンだ。あれ、ちょっと意味が違ったか?
トマトを角切りにしたら、ぽいぽいとグラタン皿に放る。さっきのソーセージも一緒にね。後はチーズを載せて、コンソメを散らしたら大体完成。
俺なんかが言うまでもなくコンソメという調味料は万能だ。これを入れときゃ大体何とかなるってレベル。
好みでオリーブオイルとか入れて、トースターに入れてチン。本格的すぎて震えるわ、俺じゃなくって未来の小姑が。
窓を開け、机の上をちょっとだけ片付ける。カーテンから良い具合に風が流れ込み、そんな頃にキッチンから良い匂いがしてきた。
焦げがつき始めているのを確認し、いそいそとビール瓶を運び、それから耐熱皿を豪快に置いたら俺だけの天国が待っている。
シュポッと瓶の蓋を開け、脂の焼けた良い香りを楽しみ、そしていただく。香ばしい旨味が口のなかにやってきて、キンキンに冷えたビールで流し込む。
しゅわっとした炭酸を感じると、俺の口からは勝手に感想が飛び出てきた。
「んうーーっ、美味あっ!」
ほどよい酸味と溶けたチーズ。それが絡んだソーセージも皮が焼けてて香ばしい。
うーん美味い。お手軽さも味もダントツ。揺れるカーテンの窓際で、足をぱたぱたしちゃうくらい美味しい。
一回くらい騙されたと思って作ってみたら良いよ。もちろん仕事が終わった後のご褒美にね。
いいね、こういう生活ってのも悪くない。
ちゃんと働いて美味いものを食べる。人間の生活ってやつを無職になっても出来てんじゃん。満足感と反比例するように口座の残高は減ってるけどさ、あんまり現実を気にしちゃいけないぜ。
「お手軽ご飯って悪くないなー。近いうち川とか山とかで、こういうのやろ。そのままキャンプしちゃってもいいかも」
うん、ちょっと楽しくなってきた。予定はぜんぶ白紙だし、好きなだけ好きなものを書き込めるってのは案外と悪くない。そこに美味しい料理があるなら尚更だ。
ごっくとビールを再び流し込むと、喉を抜けてゆく炭酸が心地よかった。
腹が膨れてきて、くあっと欠伸を漏らす。
あとは適当に何かを考えて、眠くなったら寝てしまおう。
ベッドの準備も出来てるし、今日は風が気持ち良いから深い眠りが出来そうな気がする。それを楽しみにしながら背中を椅子に預けた。ぎっしと沈むリクライニング機能はこういうとき楽でいい。
さて、次に覚えるスキルは大体決まったな。あの武装庫って奴は外せない。そういや俺と雨竜は闇夜の灯火って奴を組んでるけどさ、この場合はどうなるんだ?
《 共有財産となります。スキルの習得自体は一人で問題ありませんが、使用には後藤の許可がいります 》
おっ、そうなるのか。ならちょっとだけお得なんだな。1人分のポイントでも、2人で遊べるんだし
そう考えると大学生連中も、この共有機能を使ってたわけだ。
そうそう、あのとっ捕まえた奴。黒髪の男は昏倒していたけど、そのまま手錠をつけて運んでもらった。頑丈さでは一般人と比べられないし、病院のベッドに乗せるわけにもいかないじゃん。
それで容疑も固まっていない段階で、留置所へご案内だ。能力者のうち検挙された第1号として、これからお国の連中が扱い方をすったもんだするらしい。
「あいつなー。たくさん情報を聞き出したいけど、警察側の仕事だからなー」
うんっと伸びをしながらそうボヤく。拷問でも何でもして、洗いざらい吐かせたいんだけどそうも行かない。
途中で呼ぶかもしれないって西岡さんが言ってたから、たぶん俺の出番もあるだろう。ゆとり君経由で、聞き出したいことも聞けるしさ。
くあっ、という欠伸が漏れてくる。もう頭は限界で、勝手にベッドへ向かい始めてた。
食って働いて寝るって生活は前と変わんないけど、そこに「暴れる」という日課も加わりつつある。
そうなると当然、スヤァと気持ちよく眠れるんだわ、これがまた。
ゆらゆら揺れるカーテンと、ちょっと肌寒いくらいの風。布団で肌を隠すと、もうそんだけで気持ちいい。
目は線になり、口には笑みを浮かべ、それから俺の思考はとぷんと夢の世界に沈んだ。
おやすみなさい、社会人や学生の皆さま。今日もご苦労さま。




