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38.異なる能力者⑥

 暗がりに身を潜めて様子をうかがう青年、若林は戸惑いを感じていた。


 後藤、そして雨竜が能力者と思われる者たちに連れて行かれ、後を追ったまでは良い。

 しかし途中で雨竜からの通話が繋がり、状況を知らせるため音声を流してくれた。それは「無事だから邪魔をしないように」と釘が刺されたよう感じたし、実際にその通りだったろう。


「まいったな、これは……通報をするのも躊躇われるぞ」


 懐にある銃の感触を確かめながら再び公園へと目を向ける。その戦いは、やや……いや、だいぶ常軌を逸し始めていた。

 武装した者たちを素手で叩きのめしてゆく後藤、そして刀の先から黒い何かを見せ、嬉々とした様子の雨竜。


 どちらも怪我と呼べるようなものは無く、それどころか大男がズシンと地面に倒れ伏せてしまい、もはや一方的になぶっているようにしか若林には見えなかった。

 やはり後藤は強い、と青年は唸る。普段の言動に問題はあるものの、何かしらのトラブルが発生したときの対応能力が抜きん出ている。


 恐らくは逆境に強いのだろう。そして根本を支えているのは負けん気の強さ。

 相手の裏をつく嗅覚に優れており、頼もしい背中には必勝の策があるよう若林の目には映る。


 だが、後藤と向かい合った大学生くらいの若者は、やはり警官殺しの容疑者、東雲しののめ まもるであるとも分かっている。


 通報はともかく、ひとまずチームに知らせる必要はあるだろう。

 そう判断をし、スマホ画面に映る「西岡」という連絡先を彼は選択した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 きょろりと俺は周囲を見渡す。

 ここは深夜の寂れた公園だ。人気はまったく無いが、面した道路はたまに車が通り過ぎてゆく。


 そして視線を戻すと、こちらに向けて銃を構えたチャラい大学生がおり……って、日本の治安はどうなってんスかねーとか思っちゃう。


「チャラ男くん。悪いことは言わない、自首をするんだ」

「?」


 テレビドラマで見たような薄っぺらい言葉を投げかけたが、怪訝そうに見返されるだけだった。くそっ、テレビの知識なんて1ミリも役立たねーよ。


 だけどまあ、黙って自首するような相手じゃないか。警官を殺した上で、堂々と歩き回っている連中だ。おまけに俺みたいなか弱い女性に対し、手下を連れて取り囲んだしな。

 まあ一番でかい図体をした奴は、さっさと沈めちゃったけどさ。


「自首って……この国の警察なんてもうすぐ崩壊をするのに?」


 そのようにごく当たり前に言われたが……単なる頭のおかしい奴なのか、全身目玉野郎から聞かされているのか分かんねーな。


 そういう面でも俺には情報が足りていないと感じているし、それは今のところこいつらが握っている。やはり最低でも一人以上、ここで捕まえる必要があるな。

 どいつを最優先にすべきか目星をつけるため、俺は口を開く。


「お前さぁ、前に俺のこと背中から撃った?」

「……そうだとしたら?」


 んー、と俺は悩む。

 前に熊を相手にしていたとき、背中から散弾を浴びせた奴をこの機会に聞いておきたかったんだ。

 でもなんかこいつじゃない気がする。単なる勘に過ぎないけど、ファミレスの前までわざわざ迎えに来るような奴だし、俺の持つ犯人像とは結びつかない。


「ふーん、ならあいつか」


 優男への興味を失くし、さっさと俺は歩き出す。向かう先はもちろん雨竜と戦っている最中の男、追跡者チェイサーとか呼ばれた黒髪の奴だ。


馬佐良ばさらつったっけ。変な名前」

「待て、どこへ行くっ!」


 静止の声と同時に振り返り、左手をぐっと握る。カシシシッ!と合体をするこの音は、闇礫の盾バレットシールドなるちょっとSFチックな装備だ。

 集合をすることでマンホールの蓋くらいの強度となり、安物拳銃の玉なんて易々と跳ね返せるんだわ。パシッと伝わる微かな振動と、爆竹じみた炸裂音が響き渡った。


 この装備の良いところは、グローブ状をしているので持ち運びに優れている点だ。そしてもうひとつは、ぱっと手を開くと散開して消えることだろう。だから再び奴の視界に入ったとき、俺は俊足ヘイストを行使しており豆粒みたいな姿になっている。


 黒髪は雨竜との戦いにかなり集中していたらしい。ぐんぐん迫る俺を見て、慌てて目を見開いた。

 速度を活かした跳躍と、ジャングルブーツの厚底による蹴りは、十字に組んだ腕へと吸い込まれる。


「……ッ!?」


 ずざあっ、と2メートルほど後退をしたのを見て、俺は叫ぶ。


「おいっ、こいつを先に潰すぞ雨竜っ!」

「分かりました。お遊びはここまでにします」


 ぬるりとした動きで俺らは左右に分かれる。

 方や猛獣のように目を光らせる美少女である俺、そしてもう片方はというとちょっと見ない間に触手を使いこなし始めている小柄な女。

 おっと、もう一人忘れてたよ。こっちに向けてようやく走り出した間抜けな優男。


「~~~……っ!」


 追い込まれたそいつはしかし逃げ出さず、周囲に青白い世界を展開する。ちょっと前に筋肉野郎が使っていた武装庫ストレージなる領域だ。きっと武器や防具が必要だと思ったんだろうよ。


 幾つかのアイテムがそこに並んでおり、奴が手を伸ばしたのは……。


 チュンッ、とその指先を雨竜の黒刀がかすめる。これは後で聞いた話だが、奴の意識を読んでのものだったらしい。うーん、どこの妖怪だっつー話でね。

 棚にあった長筒をちらりと眺め、それから一発、脇腹へと突き刺さるような膝あアッ!


 げっへえ、とそいつは呻き、青白い領域外へと「く」の字になって飛んで行く。


旋風ツイスト


 ぎゅぎゅっと砂埃を立て、雨竜は弧を描くように動く。はちきれそうな黒ストッキングは、この短時間に生み出された膂力りょりょくを示すようであり、また刀使いとして凛とした静けさのある姿勢をしていた。


 空中で目を見開いた男の先に、触手渦巻く刀が舞う。ぶわっと脂汗を浮かせたのと反比例するよう、雨竜の瞳は清楚に笑っていた。


 ぞろりっ……!


 肩へと刀が突き刺さった瞬間、そんな音がした。

 触手の先端は体内へと入り、前後に何度か勢いをつけてさらに肌の奥へと……うへっ、痛そうー。思わずこっちがぞわっとしちゃうエグさ。


 どうっ、と背中から落ちても、刀は突き刺さったままだ。それどころかさらに奥へと入り込み、切っ先は砂利へと貫通する。


「やめろ、やめろっ、やめてえーっ!」


 足をバタバタさせて男はもがく。それはまるで縫い付けられた標本のようで、必死に刀を掴んで抜こうとしていた。


 だったらまあ、あと俺がすべきことは小さな小さなことだろう。

 それは勢いをそのままに足を振り上げるもので、フリーキックを決めるように狙いを定めた。気のせいか周囲がスローモーションとなり、無音になるのを俺は感じた。



 いくよ、雨竜君!


 ……は? なんですか先輩?



 そんな心の会話を交わし、狙いすましたツインシュー……じゃない、サッカーボールキックを決める。ずどお!というおおよそ人体の発すべき音ではない音を発し、奴の頭は跳ねあがった。


「……ッッ!」


 飛び散る唾液と鮮血、それから引っくり返った目玉を見て、俺は「そういや手加減なんて忘れてたわ。まあ大丈夫か、どうせ能力者なんだし死なんだろ」とか適当に思う。


 ふっと灯りが消えたように感じたので振り返ると、奴の生み出した武装庫ストレージは無くなっていた。となると意識が途絶えたら消える代物かもしれない。


 さて、最後に残された優男はどうなった?


 視線を戻すと、奴は大男を肩に担いで公園の出口へと向かっていた。どうやら早々に諦め、撤退を決める腹らしい。

 あのね、逃げられるわけないでしょ。こっちの移動速度を舐めんなっつの。


 前傾姿勢となり俺は飛ぶように駆ける。

 ちゃんと計ったことは無いけど、たぶん世界新を狙えるんじゃないかな。もちろん俊足ヘイストなんていう超ドーピング込みでだけどさ。


「止まれえッ!」


 しかし、ちょっと俺はびっくりした。そう叫んで優男の前に飛び出したのは、拳銃を抜いたゆとり君だったのだ。

 ちょっ、ちょっと待てっ! 危ないから隠れてなって!


 ――ヅドッ!


 張り手をされたようゆとり君の肩が跳ね上がり、慌てた俺はさらに加速をする。

 パッ、タタッと互いに小さな閃光を生む景色ってのは、見ているこっちの方がゾッとする。


 ずざああっ、と大きく土ぼこりを立て、それから左手を思い切り握る。すぐさまカシシシッ!と盾は生まれ、火花を散らして奴の弾丸を弾いた。


「うおいっ! 危ないじゃんか馬鹿っ!」


 そう叫びながらくずれ落ちてゆく彼の身体を抱き寄せる。

 ちょっとしたビニール傘くらいの大きさが盾にはあり、散発的な火花を生んでいた。


 おっと、他に仲間もいやがるのか。ブレーキ音を立てて車を停めた様子に、俺はひょいと向こう側をのぞき込む。

 すると開けたドアに大男を放り込み、憎々しげに振り返る姿が見えた。


「後藤、お前はこれからの世界にとって極めて危険だと分かった。いずれ排除をする!」

「どんな世界を期待してるか知らないけどさー、たぶん半年後に『こんなはずじゃなかった』とか泣いちゃうんじゃないか? なんかお前らを見てるとそんな気がするわ。クっソ弱いし雑魚い」


 べえっと舌を出したが、奴からの返事は、カンッ!とあげる火花だった。あちっ!


 けたたましく鳴る加速音とゴムの焼ける香りがし、奴らは遠ざかってゆく。そしてぐにゃりと体重を預けてくる男へ俺の心臓は跳ねあがる。


「ゆとりっ!」


 白いシャツへじわっと血を広げてゆく様子に目を見開いた。



 こうして初めての能力者たちとの邂逅は終わったわけだ。


 奴らの一人を捕まえ、その引き換えとして大きく敵対をした。元から仲良くしようと思っていないし、いずれは全身目玉野郎を叩きのめすつもりだったからそれは良い。


 だけど問題は、奴らに対抗する手段がまるで無いことだろう。血を流し、青白い顔をする男を見てそう思う。

 ではなぜ対抗できないのか。そこから考えなおす必要があった。

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