37.異なる能力者⑤
昨日にアップをしましたが、内容見直しのため削除、再度アップをいたしました。
また以下はアイテム名称変更です。
・腐姫一文字 → 闇刈一文字
大男からのタックルは格闘技の経験を感じさせるものだった。
でっかい図体をしてるくせして、地を這うように迫ってくるから咄嗟の対応はしづらいと思う。こっちは完全に素人なんだし。
でもさ、モンスターや熊と戦ってきた俺は、それなりに戦闘勘が磨かれてんだよね。あ、ここはヤバいなーとか、無理してでも頑張ろうかなーとかそういうやつ。
もしこれが1ヶ月前だったらコロンと転がされて「きゃあ」とか悲鳴をあげてたと思う。いや、流石にそれは無いか。
ぐっしゃっ!
結果、理想的なカウンターとして顔面に膝は突き刺さった。おっほ、気持ちいいっ!
総合格闘技はテレビでよく見てたし、大体こんな感じじゃね?って合わせてみたんだ。おまけにバキバキに肉体強化されてるもんだからさ、大男がのけ反るほどの衝撃だったね。
「ぶ、あ……っ!」
そいつは顔面まで装甲で包んでいたが、膝の衝撃をまるで吸収しきれず留め具がバツンと音を立てて弾ける。飛び散る唾液には血が混ざり、隙間から覗く奴の目玉はぐるっと真上を向いていた。
ダセエ、こいつ意識飛んでら。ぐにゃっと全身の力が一気に抜けて、極めて無防備に地面をバウンドする様子は、すこしだけ胸がスカッとする。
本来ならそのままとどめを刺すべきなんだろうけど、やや遅れて痺れるような痛みを俺の膝が訴えてきた。
「いっでぇぇーっ! 膝っ、俺の膝がっ!」
ひっいいいっ、膝の皿が割れるっ! ごしごし撫でて、ふーふーしても涙目になっちゃうレベル。くうー、分かってたけどやっぱ駄目だわ。こういう時のためにこそ防具が必要なんだ。
殴ったせいで手の皮もめくれてるし、膝もすんごく痛い。そんなの当たり前だろって笑うかもしんないけどさ、ああいう時ってなんか知らんけど手加減できないんだよね。
「やっぱ多少は強化されてんのな。本当ならもっとケガしただろうし。……それで優男、そいつなら俺を倒せると思ったのか?」
ゆっくり振り返ると、そこには拳銃を手にする青年がいた。
表情は落ち着いており、先ほどよりも迫力を伴っている。ひょっとしたら銃の方が奴にとって得意な武器なのかもしれない。
丸いグリップと極端に短い銃身。銃規制のある日本において、最もポピュラーな部類に入るだろうそれは、警察官に配備されているものだった。
これをどうやって手にしたかは既に知っている。警官殺しという、日本において最もアホな称号をこいつは得たわけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
雨竜 千草は手にしたばかりの刀へ意識を集中させていた。
握りは持ちやすく、刀としてのバランスは非常に良い。しかし竹刀などとは根本から大きく異なるため、振り回されないよう全てを最初から学ぶ必要があった。
ぞろり……と触手じみたツタが刀身を這う。これも意識の統一が難しい。かすかな意識があるのか、敵を求めて動く気配を雨竜は感じとっていた。
――いえ、これは私の意識に同調をしている?
先ほど打ち放った突きには、一切のためらいも無かった。そうあるべきだと感じ取り、背中を押されたよう身体を動かしたに過ぎない。
察するに精神面へ影響を与える力があるかもしれない。
そう仮説を立てた雨竜は、すぐさまテストを開始する。見たところ正面の短刀を持った男は、どこか殺意が乏しい。ならば実戦のなかで学べるだろうと算段をつけた。
まずは強い殺意、弱い殺意とを繰り返す。
やはりのたうつ触手に変化はあった。波長のように蠢き、最大で刃先から1メートルほど敵を目掛けて伸びるのだ。
と、そのときもうひとつの変化が起きた。さざ波のよう触手たちは右下へと向け、ぞろろと形を変える。
これは私の意識を読んでいない勝手な動きだ。そう感じ取った雨竜は、怪訝に思いながらも触手の伸びる先、追い求めている先へと刀を振るう。
瞬間、しゃうっと白銀色の輝きが迫り、喉を狙って跳ね上がって来る。思わずして理想的な迎撃となり、極めて硬質な音が夜の公園へと響き渡った。
「ッ! 反応が早すぎる、なんだこいつは!」
男の言葉を聞き、なるほどと雨竜は胸中で思う。
これは意識を読むのがうまい生物と捉えた方が良い。こちらの意識、そして敵対した相手の意識を、だ。
さらには持ち手に対し背中を押すような「同調」を呼び掛けている。ただしこれは刃物だ。血を求めていることなどすぐに気づく。
意識を呑まれたらどうなるか分からないと感じるほど危険な生物。だが物事の本質を学ぶことを愛してやまない雨竜にとってはまったくの別物だった。
意識を2つに分けたらどうだろう。
どれほど細かく意識を感じ取れるのか。
なるほど、こちらの殺意を強めるほど相手の意識を読みづらくなるらしい。その逆も可能だ。
殺意に強い反応をするのは分かった。
ではこの刀の求める「同調」に私が応じたらどうなるか。
そのように細かな実験項目を並べ、淡々と雨竜はこなしてゆく。
素人だというのに身体の芯である体幹をまったく崩さず、男から放たれる攻撃をガキキキッと受け流してゆく様は異様でもあった。
表情の乏しい彼女ではあるが、しかし内面としてはパズルをひとつひとつ嵌めてゆくような楽しさ、胸がどきどきするほどの喜びを感じている。
疑問というのは誰しもが持つものだ。物事の本質へと向けて、ひたすらに突き進むのが人間の持つ個性なのだろう。
そして雨竜という女性は極めて真っすぐにその道を歩む。寄り道もせず、わき見もせず、延々とパズルを嵌める作業へと没頭をする。食事も睡眠も忘れ、あらゆる出来事を無視するほどまでに。
これがきっと雨竜にとっての個性なのだ。そう夜の案内者は感じ取ったのか、ひとつの称号を彼女へと与えた。
《 称号:果てなき探究者を獲得しました 》
と、触手は迷うようにとぐろを巻く。脳内に響く案内によって意識をわずかに乱されたことが原因であり、いけないと首を振って雨竜は再び集中をした。
対する黒髪の男はやや長身で、ジャケットの下には鍛えた身体を覗かせている。手にする短刀は白銀色をし、油断なくこちらを観察する気配があった。
また相手が格上というのも良かったと思う。振るうたびに己の力が高められ、髪の毛一筋くらいずつ誤差を修正してゆく作業も純粋に楽しかった。
楽しいといえば刀としての特性もある。
闇刈一文字
黒蛇のように禍々しくうねるそれは見る者によっては……いや、多くの者が不快に思うだろう。しかしそれさえも、徐々に己の手足になり始めるのを感じていた。
端的に言い表すならば「ハマった」という表現が近しい。
異なる世界において呪われたアイテムとさえ揶揄された刀は、遥か遠く離れたこの日本において、がっちり雨竜という個性と結びついたのだ。
では、ここで次の疑問だ。
この触手を相手に触れさせると、一体どのような効果があるのか。
当初は後藤と腕試しをする予定だったが、こればかりは流石に試せない。ならばこの状況は雨竜にとって素晴らしい実験の場となるだろう。
恋する乙女のように雨竜が笑いかけると、反比例をするよう男の顔は不安げに曇った。




