35.異なる能力者③
寒々しい街灯の照らす先に、3人の男たちがいた。
そいつらは品定めするようにジロジロ見てくるし、なんか好意的じゃ無さそうだなーと思う。
大学生くらいのが2人。もう1人は格闘技でもやってんのかってくらい筋骨隆々で、無駄に日焼けした肌と人相の悪い顔だちをしていた。
「こんばんは、後藤さん。ちょっと話しがあるから、向こうの公園に行こっか」
そう気さくに声をかけてきた優男には見覚えがある。軽薄そうな外見と、世間を甘く見ているようなタレ目。女性受けする服を全力で選んでいる感じが凄い。
こいつは以前、ツーリングの最中に声をかけてきたし、ついさっきの写真とも酷似している。つまりは警官殺しの大学生だ。おまけに俺の名前まで知っていると来たもんだ。
この時点でもう黒い。真っ黒ちゃんだ。
おまわりさん……じゃなくって、ゆとり君こっちだよと言ってやりたい。だけどこいつらは例の能力者たちだ、たぶんな。
目の前の優男は致命傷を負っても立ち上がり、声をかけた警官を殺した男だ。そのお友達もきっと同類だろう。
情報を聞き出したくてたまらない。この俺を背中から銃で撃ったやつを暴いて、死ぬほど後悔させてやりたい。
「……こ、こんばんは。何か御用、ですか?」
なので瞬時に脳内会議をした結果、俺はおどおどとした態度をすることに決めた。
刑事の人たちみたいに仲良くするのは無理だ。きっとあの全身目玉野郎とつながっているだろうからな。
面倒なのは、同じ理由で敵対もできないって事だろうよ。今は絶対に勝てないと分かっているし、こいつらがどれくらいの規模なのかさえ分からない。
いっそのこと拉致をして吐かせたいが、それは最後の手段だと思う。俺の名前、そしてこの居場所を突き止めた方法が分かってからだ。
そう内心で考えていると、ずんっと筋肉男の腕が俺の肩に乗る。見上げると、そいつはベロンと唇を舐め、嗜虐心に染まった笑みを浮かべてた。
「呼び出されてムカついてたが、ラッキーだったわ。おい、こいつ俺のにしていいかぁ?」
「山崎さん、そういうのは話しが済んでからでお願いしますよ」
「アんだとテメェ、こんな時間に呼び出しておいて俺をバカにしてんのか? お?」
おっと、こいつは俺と同属性か。ただしこちらの方がちょっとだけ上品かなぁ。可愛いしさ。
がなりたてる大男に、ロン毛は「お好きにどうぞ」と肩をすくめる。どちらが立場として上なのかは、このやりとりだとまだ分からない。
「悪いけど、そこのお友達も一緒にね。じゃあ行こう」
そう爽やかにわらいかけてくる。
もう1人、黒髪の大学生が雨竜の背後に立つと、俺たちは挟まれるように歩道を進み始めた。
ちなみに不安そうな顔つきは継続しており、調子に乗った大男は相変わらず肩に腕を乗せているところだ。
さて、見た目どおりなのか、単なるこけおどしか。気になるお値段はCMのあと……じゃなくってガイド君、こいつらのレベルはおいくつ?
《 隣の男はレベル5、先頭と後方の者はレベル9です。プライバシー機能があるためそれ以上は伝えられません 》
うわぁ、態度と図体だけかよこいつ。引くわー。
しかし筋肉はともかく、他の奴は思っていたよりレベルが高い。魔物をこちら側で独占してるってのに、どうやって上げてんだろ。
逆に言うと、俺のレベルも相手にバレるのか?
《 サポートによりますが、彼らには恐らく不可能と思われます 》
あらら、かわいそうに。人数揃えれば勝てるっしょ、なんて甘い考えで美少女の皮をかぶったゴリラに近づいちゃったんだ。うん、誰がゴリラやねん。
といっても今は武器も鎧も無い。こいつらも似たような服装だが……いや、刀を持った雨竜は別か。
だけど見た目どおりの丸腰じゃないと思う。圧倒的に優位な何かがなければ、こうして目の前には現れなかっただろうからな。
そう思っていると先頭の男は振り返り、人好きしそうな笑みを見せる。
「ごめんねー、後藤さん。もうすぐ着くから大人しくしてて」
「は、はい……」
引き続きおびえている女性っぽい表情でコクンと頷く。それを見て茶髪は安堵の顔を、筋肉は嗜虐心をそそられたように笑みを深める。
雨竜がぞわっと鳥肌を立てていたけど気にしてはいけないぞ。
ほんの数分ほどで公園とやらにたどり着いた。
寂しげな電灯がひとつだけあり、それが景色を寂しいものに変えていた。
他のお仲間は……いないか。
群れるのが好きそうだったし、隠れててもおかしくないか? まあいいや。さっさと必要な情報を集めよっと。
こんな場所に連れ込まれたらきっと誰でも怖く感じるだろうけど、俺と雨竜はまるで動じない……って雨竜ちゃん、今はスマホいじるのをやめよ? こっちも一応と聞きたいことがあるんだからさ。
優男は「なんだこの子」と彼女を不思議そうに眺めたあと、気を取り直して俺に視線を向けてきた。
「さて、後藤さん。話をしたかったのは他でもない。私たちの要求を呑むかどうか、それによってこちらがすべきことは変わる」
「え…っと、それはどういう……」
「ああッ、分かってんだろ! テメエが警察にチクッたせいで、俺らみんなが迷惑してんだよ! おお゛ッ!」
のしかかって萎縮させたところで、ビリビリと空気が震えるほどの恫喝。かなり堂に入っており、これまで数え切れないほどの相手にしてきた経験を感じさせる。
「まあ、そう手荒なことはしたくないから。大人しくしてくれたら、今夜はすぐにお友達と帰れるよ」
そして正面の男は優しい声色で話しかける。どこの刑事ドラマだっつー話しでね、今すぐにでも暴れ狂いたい気持ちをグッとこらえる大人な俺。
ああ、この丸太みたいな腕をもぎとって、ブンブン振り回したら気持ちいいだろうなぁ。
「それで……要求って、何ですか?」
「おう、あいつらへの連絡をやめろ。じゃねえとまともな身体で帰れねえぞ?」
「いたたっ……やめてくださ……」
「後藤さん、そうおかしな話じゃないんだ。要するに情報提供をやめて、こちら側になって欲しいってだけだよ。私たちは新しい世界で生きるんだから」
はい出た、新しい世界。
世紀末はもうずっと前に通り過ぎたってのに、ほんとこいつら馬鹿。のし上がれるのはまだずっと先なんだし、ちまちま自己強化してろよって話だ。あ、いっけね。俺が全部独占してたんだっけ、あはは。
「こちら側って? それと、どうして私の名前や居場所を知ってたんです?」
それは最も気になっていた点だ。
俺は徹底して匿名を通して来たし、もしバレるなら西岡さんらの関係者と通じていたことになる。
それよりも厄介なのは居場所を知られ続けている点だ。ツーリングに出たときや、へんぴな場所にあるファミレスまで追いかけて来られるのは異常としか思えない。
しかしそう尋ねると、ハハハという笑い声が上から降ってきた。
「やっぱりだ。こいつなーんも知らねぇわ。聞いてた通り、運よく上位のガイドを手に入れただけの女だ。おおかた金に目が眩んだんだろ。ちょうどいい、ガイドは俺のもんにする。文句ねぇなあ!?」
ん? ガイドをこいつのものにする?
何言ってんだ、ガイドを譲渡なんて出来るわけ……。
――既に案内役として認定されております。よって、あなたが死ぬまでです。
ふと脳裏に蘇ったのは、夜の案内者から聞かされた言葉だった。
もし俺が死んだとき、ガイドは一体どうなるのか。特に考えたことは無かったが、そのまま消滅するとは思いづらい。つまりは殺した相手に譲渡されるのだろうか。
――また彼らのうち7名ほどの死者が出ていますが、これは極秘情報です。
待てよ、待て。俺が知っている限り、能力者のうち最低でも7人は死んでいる。
それはゆとり君から聞いたものであり、てっきり魔物に倒されたものと思っていたが、真相は違うのでは?
そもそも奴らの死を極秘としていた意味が分からない。なぜそんな判断を下した。常識で考えるなら死亡者としてニュースに流すべきだろう。
もしも極秘とするならば……。
「……当ててやろうか。お前たち、すでに何人も殺っているな? だが警察が追うには危険すぎる。極秘で調査をされている真っ最中ってわけだ」
「だから言っただろ。こいつは狸だと。山崎、早くそこから離れろ」
黒髪の男がそう助言をしたようだが、筋肉野郎は動けなかった。まあまあ、仕方ないよ。手首を雑巾みたいに絞っている最中だし、ミチチと嫌な音がしてるんだ。
「ごッ、お……ッ!」
「相手は軍門とやらに入らなかった連中……つまり俺みたいな『はぐれ』だ。大方そいつらを狙ってレベルを上げたんだな。ガイドの譲渡まで知ってるってことは、このプロテイン野郎は元一般人から格上げでもしたのか? どうりでクソ弱いわけだ」
せっかくこっちが敵対しないよう気配りしてたってのに、どうしてこう腹のたつ事をするんだ。せっかくファンタジーで遊べるってのに、こいつらと来たら弱者を狙うことしかしねえ。
「は、な……せェ……ッ!」
「お前のほうがベタベタしてきたんだろ? おい、優男。こいつ俺の好きにしていいかぁ?」
そう尋ねると「どうぞご勝手に」と肩をすくめてくる。余裕たっぷりの表情はやっぱ消せなかったか。
彼はちらりと隣を見る。そこには後輩である雨竜がおり、人質として引き分けだと言いたかったらしい。
その彼女はようやくスマホから目を離すと、大きめの瞳を向けてきた。
「いい加減に飽きました。先輩、やりますか?」
「うん、やるわ。そんでこいつらに洗いざらい全部吐かせる」
じゃないとこの腹のムカムカは収まらない。気持ちよく眠るために、こいつらには泣いてもらおう。
そういえばこれって最後の手段とか思ってたんだっけ? まあいいか、そういう頭脳プレイは違う奴にやらせればさ。




