34.異なる能力者②
目の前にじゅうじゅうと焼かれたハンバーグが現れて、俺はにっこりする。
よくファミレスのハンバーグはまがいものだって言われるけど、この「安物を黙って食え」という潔さが好きなんだよね。
テレビで「油が滝のように溢れてくる!」なんて驚くシーンがあったりするけどさ、あれって家で料理したら普通に出るでしょ。フライパンに油を敷かなくて良いくらいに。
まったく油が出ないのは植物なんたらを混ぜてるからだけど、わざわざ安い店に来たんだから黙って食えって話だよ。
「へへー、いただきまーす」
たっぷりの胡椒をかけ、多少ワイルドな味にするのが俺の好みだ。安っぽい味と舌がバカになりそうなソース。口のなかはお肉でいっぱいになり、俺の笑みはさらに深まった。うーん、たまんないね。
窓の外は真っ暗で、通りすぎてゆく車もどこかまばらだ。
それを眺めてから正面の男に瞳を向ける。先ほどまで新種のモンスターについて説明をしてたんだけど、こんなファミレスでする話じゃなかったなと今さらに思う。
ノートパソコンへの打ち込みをやっと終わらせた彼は、ふうと息を吐いてから手元の珈琲に口をつけた。
「回収のため、いま現場に人を向かわせています。生体サンプルがやっと手に入ると研究チームも喜んでましたよ」
「うげ、あの熊をかぁ……。かなりおかしな感じになってたから、ちゃんとグロ注意って言っておいてやれよな」
「彼らはああ見えてタフだから平気ですよ。それよりもついに出てきましたね、二番目の魔物が。なにか良い収穫はありました?」
なんでこいつ、ちょっと楽しそうに聞いてくるんだろ。いーけどさ、別に。最初に会ったころと雰囲気が変わったくらいで驚かないよ。
ごそごそとポッケから取り出し、皆に見せたのは木の実だった。形はやや不揃いで、ずしりとした重さ、それから濃い色が特徴だと思う。
雨竜はじぃーっと近くから眺め、ゆとり君はスマホで撮影をする。
「これはエギアって奴から出た素材で、レベルも高めだからたくさん手に入った。こっちの大きなやつがアイテムの核になる魔石――つっても植物っぽいけどさ――逆にこっちの小さい方はたくさん消費するから数がいるんだ」
などと聞きかじりの知識を伝えてあげる。実際は俺が生産するし、こいつらには関係無いけど興味津々な感じだったしさ。
実は俺もこういう風に人に伝えられるのがちょっとだけ楽しいんだ。凄いだろ、俺が作ったんだぞーって言いたくなる気持ち……って分かるかなぁ。なんだか知らないけど、褒められるとニヤニヤしちゃうんだ。
だけどこれは採れたての素材なので、何ができるかはまだ分からない。そしてここには興味を持った3人がいる。
うずうずとした表情を皆で浮かべ、食べ終わった俺たちはデザートも頼まずに席を立った。
「大丈夫ですかね、こんなファミレスの駐車場で。もし人に見られたら……」
「いいんだよ、そんときは花火してたんですーゴメンナサイって謝れば済むんだし。雨竜、どんな装備が欲しいんだ? たぶん武器一個だけなら作れるぞ」
「じゃ、じゃあ刀をお願いします。あら、なぜか胸がときめいています。生産を見るのは初めてのせいでしょうか」
ゆとり君の背を押して、ずいと雨竜が割り込んでくる。苦笑をした彼は周囲をきょろりと見回し、人影は無いらしくこちらに頷いてきた。
こいつには昼間に見せてるからさ、今夜は雨竜を特等席に案内しなきゃな。といっても生垣の縁に座ってもらうくらいだけど。
刀を作るために求められるのは、魔石がひとつ、そして素材が12個だ。闇礫の剣と比べたら幾つか多く求められている。
「成功率は……70%か、まずまずだな。よーし、じゃあ始めよっか」
といっても「加工」を選択するくらいだから、職人が見たら鼻で笑っちゃうだろね。いや、目を剥くかもしんないか。じょぼバーーッ!と溶接じみた青白い煙が出て、みるみるうちに形になってゆくのは驚くべき光景だろうしさ。
《 魔石加工に成功しました。闇使いの刀「闇刈一文字」が具現化します 》
こんなインスタントラーメン並みの手軽さで、魔物と戦うための武器が出来上がるんだから不思議だよ。でも、この素材を得るのが死ぬほど大変なんだけど。
しゅおっ……と小さな煙を残し、そこに刀が生まれる。エギアの体色を表すように真っ黒で、まだらな模様があの触手を連想させた。
おそるおそる雨竜が手を伸ばすと、やや熱かったらしく指先は引っ込む。ちょんちょんと何度か触れ、そして今度はがしりと柄を掴んだ。
「んっ、見た目よりも重いです。あら、こっちは鞘かしら?」
やや反りのある鞘があると気づき、アスファルトから拾い上げる。試しにという感じで収めてみると、ちゃきんと小気味良い音が響いた。
「ああ、それで素材が多かったのか。俺の剣なんて剥き出しだからさ、持ち運びに苦労するんだよ。どうだ、雨竜。そいつは気に入った……」
再び刀を抜き放った姿を見て、俺は問いかけるのをやめた。
聞くまでも無かったらしい。こいつは以前から刀に興味を持つような怪しい女で、その手に持つだけで価値が分かる。月明かりに輝く刀身を眺め、うっとりと雨竜は瞳を細めていた。
「非常に良い刀です。斬るために作られたバランスになっています」
お、おう。なんか知らんけど、スゲー綺麗な笑顔だ。俺が言うのも何だけどさ、相変わらず物騒な女だと思うよ。
背後からぽそりと「銃刀法違反って言葉、彼女は知ってますかね?」なんて、ゆとり君から耳打ちされたけど、それこそ今さらって感じじゃねーか?
それに雨竜だってもうノリノリだし止められないよ。花の女子高生みたいな笑顔で、ゆとり君には見えない画面を操作し始めてるしさ。
「先輩、私はこれを取りますね。疾風、心眼、そして息吹です」
「ああ、さっき言ってた奴かー。よく知らんけど好きなの取れよ」
そうしますと嬉しげに返事をし、雨竜は次々とボタンを押していった。
レベル7になるまでずっと溜めていたポイントを迷うことなく消費してゆく様は、まるでオンラインショッピングに浮かれるみたいだ。
わずかに彼女の輪郭が輝いたのは目の錯覚か、それとも雨竜の「性質」が変わったせいかは分からない。ただ、得たものへ満足したように熱っぽい息を彼女は吐く。
それから彼女は虚空へと楽しげに声をかけた。
「夜の案内者、今度は職を取得します。刀術士をレベル3へ」
《 雨竜、刀術士レベル3を習得しました 》
ずん、と彼女の足がアスファルトに減り込んだ気がした。質量が増した感じというのかな。風にスカートがはためくと、一瞬で彼女が強くなったように見えたんだ。
目の前で人が強化されるのを見るのは初めてだけど、なぜか胸がドキドキするもんだ。ちょっとだけオーラみたいなのが見えたしさ。
同感だったらしく、青年もあっけにとられた表情をしていた。
「う、雨竜君、強くなった感じがするね。まるで漫画みたいだ」
「ありがとうございます、若林さん。ただ、タイツが窮屈になってしまいました」
そう言って片足立ちになり、ぱっつんぱっつんになった己の太ももを眺める。
なるほど、俺の場合は全身が強化されたけど、刀使いは足腰、それから背筋が強化されている感じかな。でも妙なバランス感というか品があって、これが刀使いとして正しい姿なのだと伝わってくる。
「だろ。服とか困るからさ、この画面で機能をオフにするといいぜ」
「そういえばあの渋谷のときと先輩の体格が異なりますね。なるほど、これは便利です」
この手の話題に関してだけ雨竜は素直だ。こっちの顎に頭が当たるくらいの低身長なんだけど、至近距離で興味深げにうんうんと頷いている。
やっぱりどう見ても会社の時より生き生きしてんなー……なんて思っていると、ゆとり君の携帯電話が鳴り始める。ちょっとごめんねと俺たちに手を振り、電話に出ると足早に離れていった。ああ見えて刑事だし、聞かれちゃまずい会話もするんだろう。
バタンと車のドアを閉じたのを見て、すぐに俺たちは異なる話題へ移ってゆく。
「職業と技能、まだどっちもポイントを残してんのな」
「ええ、何かあったときのためにと思いまして。刀術士としてのレベルは上がりましたけど、これからは実戦で刀技、刀術を上げなければいけません」
「んー、俺の場合はポイントで最初は上げたっけ。でも実戦でも上がるし、急いでなければそっちの方がお得……って、それより会社はどうすんだ。そろそろ帰らないと駄目だろ」
さっきも言ったけど、俺と違ってこいつには昼間の仕事があるからな。なんて心配して聞いたんだけど、振り返る雨竜は少しだけむくれた顔をしていた。
こいつはほとんど無表情だから俺にしか分からないくらいの変化だけどさ。
「おい……またサボったら今度こそ怒られるぞ?」
「分かっています。先輩、一度だけ手合わせをしましょう。近くに公園があったはずです」
「やだよ、食ったばっかで動きたくないし。……って、なんで今度は睨むんだ? 会社のときもそうだったけど、お前ほど面倒な後輩はいなかったぞ?」
「いいえ、あなたほど面倒な先輩はいません。時間は取らせませんから、さあ、さあ」
おっと、腕を絡めてグイグイ引っ張ってくるな。小さいくせしてレベルアップの恩恵でパワフルだからさ、その必死さに思わず吹き出しちゃう。
だけど今夜は雨竜との手合わせはできなかった。
駐車場から出た場所に、数名の男たちが待っていたんだ。




