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28.レア装備へ挑む者

 そこは陽が暮れてゆこうとする河原だった。

 寝床に戻ろうとするカラスどもはアーアーと鳴いており、目の前にはやや大きめの岩。

 そこが祭壇であるかのように俺はあぐらをかき、山もりの素材たちがぎっしりと乗っていた。


 額に「神風」のはちまきをつけた俺は、心の中でこう問いかける。

 んー、ガイド君、成功率はどれくらい?


《69%です 》


 うーーん。どうだろなーー。どうなのさーー。

 この間の42%に比べたら格段に良くなったけど、それでもまだ3割近くの確率で希少レアな素材を失う可能性があるんだよね。クッソ腹が立つ。


 今日みたいに何日か我慢して研究室に通えば、確率が上がるとか思うじゃん。でもさ、職業レベルとしての加工スキル上限というものもあったりするんだ。

 なので今度は鍛冶士ブラックスミスのレベルを上げるために大量の敵と戦わなければならないという……うーんこの悪循環。とんでもないクソゲー掴まされちゃったよ。


 いいやもう、加工しちゃお。駄目なら駄目で不貞腐れて酒飲んで裸になって全部忘れて寝よ。

 そう考えた俺は、人気ひとけのまるでない河原で生産することに決めた。ここなら誰もいないので煙が出ても平気だ。たぶんな。


 あーー、ドキドキするーー。

 岩の上に置いたのは100個もの素材、核となる魔石を2つ、それから希少レアである高密度な闇礫の魔核ハイグレード・コアをひとつ。それを眺めてからおもむろにガバッとひれ伏した。

 額に砂利がついても構わず、とにかく祈った。成功をしろ。形になれ。俺を絶望させないでくれと心の底から祈る。


《それは生産に必要な行為ではありません 》


 知っとるわボケエ! てめえじゃねえ、俺の知っている全ての神様に祈ってんだ!

 薄暗くて誰もいない河原ってすごく寂しいんだぞ。だから呆れるような突っ込みだけは絶対にやめろ。

 ちょうどそんな時に、ヴンっと四角い画面が浮かぶ。


「ただいま帰りま……先輩? どうしたんです、そんな恰好をして。見覚えのある河原ですね。あきる野市のあたりですか? 前に熊が出たと聞きましたので気を付けてください」

「後にしてくれー、雨竜。俺の人生をかけたギャンブルがこれから始まるんだー」


 マジかよ、俺の情けない姿が後輩に生中継されるなんて。やっぱ神様なんていないのかなと失望しかけていたとき、俺たちの脳裏に響く声があった。


《31%の確率で後藤の絶望顔が見られます。乾杯チアーズの準備は宜しいですか? 》


「ふむ……。先輩、冷蔵庫のビールを取ってきますので、1分だけそのまま土下座していてください。ええと、スマホはどこに置いたかしら」


 てっめ、マジ殺すっ!!

 俺がどれだけの思いで生産をするのか分かっていねえようだな。よし分かった。これで失敗したらお前たちにトラウマをひとつだけ植えつける。それから来年の同じ日には祈祷を捧げさせるからな。これは統主リヒターとして絶対の命令だ。

 階段を慌てて下りているらしき雨竜を睨みつけ、それから俺は叫んだ。


「やれええ、ガイド君! そして俺に勝利をもたらせ! 鎧への加工を始めろオオッ!」


《分かりました加工を……おおっと! 》


 その声に、ドキン!と心臓が跳ねた。胸を打ち抜かれたような痛みがあって、目を開けていられない俺は土下座の姿勢でうずくまる。怖い、なんだかすごく現実が怖いんだ!


「どうなったのですか? 煙が多くて見えません」


 そう雨竜の冷静な声が響くなか、俺の耳にもブシューと煙を出す盛大な音が聞こえていた。いつもより大量に吐き出しており、爆発するんじゃないかって勢いだ。


 はあ、はあ、はあ……。


 自分の呼吸音しか聞こえないし、頭がぐらっぐらしてる。近くを流れる川の音も、まるで俺の心を落ち着かせてくれない。

 やがて煙を吐き出す音が途絶えると、周囲にはシンと静寂が満ちた。


 ゆっくりと目を開き、それから砂利まみれの顔を持ち上げる。

 瞬きするのもスローモーションに感じるほど、俺は全身全霊で祈っていた。さっきの「おおっと」はただの冗談で、無事に出来上がってくれることを。これまでの苦労が水の泡とならないことを。



 そこには、果たして――――。



 最初、鈍い輝きが見えた。それは銀色の装飾をした縁で、夕陽を受けた光沢を見せてくれる。基調色となるのはやはりギズモを表す闇色で、想像とはまったく異なる複雑な模様をしていた。ブランド品かと思うほどに。

 呼吸が徐々に早くなってゆくなか、頭の中で声がした。


《成功率69%の魔石加工に成功しました。重・闇礫の鎧ヘヴィ・バレットアーマーが具現化しました。おめでとうございます 》


 んんんあああーーーっ!

 両ひざで地面を突き、両手で天を仰ぐ仕草を俺はした。エイドリアーン!


 やったお、やったおおおーー! 俺はやったおおおおお!

 自然と涙がぽろぽろ出てきたけど、本当にそれくらいの重圧があったんだ。オールオアナッシングってのは心臓への負荷があり過ぎるからな。しかしそれらを全て跳ねのけて俺は成功をしたのだ。


「はあああーーっ、やった……えぐっ、えぐっ、やったーー……!」

「あら残念。お酒は晩酌に残しておきます」


 指を硬く握りしめて神への感謝を捧げてたというのに、こいつときたら適当なパラパラとした拍手をしやがって。今度会ったらスカートを頭のうえで結ぶからな!

 まあいいや。俺は成功したのだし勝者なのだ。まずはこいつの着心地を確かめないとなー。えへへ。


 これってサイズとかどうなの? 俺に合わないなんてことは無いよね?


《後藤用として生産をしたため、サイズは必ず合います。またデザインについては後藤のもつ個性が反映されます 》


 へえ、そうなんだ。まるでオーダーメイドだな。あーすごい革の匂いがする。新品で卸したての匂い。思わずくんくんしちゃう。

 だけどよく見たら胴体しか無いというか、腕と脚までは覆っていない。どうなってんだと思いつつ、きょろきょろ周囲を眺めてからおもむろに上着とズボンを脱ぐ。


「先輩……躊躇なく脱ぐのは人としてどうなんですか?」

「うるっせえなぁ、いまちゃんと躊躇しただろが。ったく、脱がなきゃ着れないに決まってんだろ? こんなの親にさえ見られなければ平気だっての」


 あっ、てめっ! カシャーってスマホ撮影しやがった! とんでもねえ意地悪女だよこいつは! 上等だ、今度会ったら絶対に剥いてやるからな!

 覚えていろよと怒鳴り散らしながら、そろそろと下着姿で鎧に片足を突っ込んでゆく。


 たぶん鎧としても変わっているんじゃないのかな、これ。もちろん本物の鎧なんてそう見ることは無いけどさ、背面に縦の亀裂があって、それが尻のあたりまで伸びている。


 触れてみた感触としては本革そのものだ。半ズボンのように下は短く、また袖も無い。ちょっと硬めのスクール水着、あるいは着ぐるみという表現が近しい。


 うんせうんせと手足を通すと、勝手に背後が閉じてゆくのにちょっとだけびっくりした。まるで着付けを手伝ってもらったように、ぎゅっぎゅっと腰や首を微調整してきたんだ。


「うへ、気持ち悪っ。なんか勝手に動いてんな!」


希少品レアのため最も防具として適した位置に調整をされます。通常品は手動です 》


 はあ、そうなの。なんか未来チックだなと感心していたら、おもむろにグイーッと身体を締めつけてくる。思わず「うふうっ」と変な声が出るレベル。

 あれだ、脈拍測定器の空気式のやつに似てる。ぎゅーっと締めつけたあとに、じわーっと戻っていくあれ。


「ぐう、フィット感がすげえ。だけどこの腕と脚はどうすんだ、剥き出しだぞ?」


 カシシッ!と瞬きする間に甲冑じみたもので覆われて、ちょっとびっくりした。はあ、現代版の鎧って凄い。ちゃんとデザインが新しい感じになってんのな。


 胸部はブ厚く、それでいて両脇は全開。下は小学生みたいな短パンだけど、要所だけきっちりと甲冑じみた部品で覆っている。どこからどう見てもコスプレだ。本当にありがとうございました。


「ええー、これって本当に防御力上がってるのか? ガイド君、ちょっとステータスを見せてみろよ」


 ヴンっという音と共に、四角い画面が浮き上がる。もうだいぶ暗くなってきたので、それが眩しく感じられた。



 ・HP  :56

 ・MP  :21

 ・攻撃力:34(7+0)

 ・AC  :5(2+0)→34(2+0)

 ・MC  :0→12(0)

 ※剣術士ソードマンの補正値はオフの状態

 ※カッコ内は武器防具を無視した数値と職による補正値。



 うーん、悔しいけど確かに上がってる。攻撃力と同じ数値だけど、補正値を考えると武器よりも数値が高いのか。

 あのさぁ、他になんか機能あったりする? この間みたく知らずに追加機能を使って、事故を起こしたくないんだけど。



重・闇礫の鎧ヘヴィ・バレットアーマー:希少品であるギズモの魔石から生み出された防具。劣化をしているため「羽」の使用は行えないが、適応進化をして生み出された「溶解液放射」を行える。有効範囲は使用者を中心とした半径3メートル。2分/日の使用が上限。また同種族の小手と組み合わせることでセットボーナスが発動し、強力な「爪」攻撃を行える 》



 へえ、説明が長くて驚いたけど、それより溶解液の放射ってなに? かなり悪者っぽい技なんだけど、この鎧を着て街を歩いても本当に大丈夫?

 いや、もしバレたら絶対に捕まるよな……。


 とりあえず組み合わせとして強化されるらしい小手を試したい。そう思った俺は、砂利道から上の歩道へ戻ってゆく。

 ちょっと脇の下がスースーするのが気になるけどさ、コスプレイヤー気分になって乗り越えないとな。あいつらすげえよ。こんな着心地だってのに、笑顔で写真に写ってんだもん。


 のしのし歩いてゆくと、夕陽を背後にたたずむ俺のバイクが待っている。

 えへへ、この渋さに鼻血が出そう。写真に撮りたい絵ってやつだ。


 バイクにはリアサイドバッグを取り付けてあって、当たり前だけど雨で濡れないようになっている。金具を外して開くと、そこにはさっき作ったばかりの小手があって、グローブのようにぎゅぎゅっと指を入れてゆく。


 へえ、こうなるのか。同化するように部品同士がくっつきあい、それからグググと爪が尖る。色も黒いせいか、ちょっとだけ小悪魔っぽい感じ。いや俺の場合だと「小」はつかねーか。


 さっき「爪攻撃」とか聞いたけどさ、このまま攻撃できるって意味かね。試しに近くにあった木に向けて、手を振りかざしてみる。すると意思をくみ取るようにジャキッと爪が伸びた。


「おほっ、カッケー。じゃあやってみるか……せいっ!」


 ざくっと斜めに爪で切りかかると、思ったほどの衝撃は無く、それでいて抉れた感触があった。

 へえ、ちゃんと人体を守るようになってんだな、と指への負荷の少なさに感心をする。


 深さとしては1センチ弱ほど削っているか。どこか熊の縄張りを示す印みたいになった気もする。本気じゃないし剣術士ソードマンを機能オフしているから、本当はもっと威力があるのだろう。


 何となく嫌な予感がし、指先をピンッと木に向ける。それからゆとり君のフロントガラスを破壊した時のように力を込めると、シュカッ!と爪が解き放たれ、大木へ突き刺さった。

 嫌な予感はやはり的中し、途端に大木からは「じゅわあーっ」と白い煙が上がり始める。


「おいおい、溶解液つきの爪まで射出できんのかよ。防御というより火力寄りの機能が多くねーか?」


 考えてみると素材の提供元はかなりの攻撃タイプだった気がする。そうなると防御寄りの敵から装備を作ったら、また違う性能になるのかもしれん。

 所持している弾丸バレットの数を調べると、きっちり一発分だけ減っていた。


「うーん、後は実戦でどれだけ使えるかだな」


 機能が多いのはなんか得した気になるけどさ、実戦で使えるかはまた別なのよ。多機能トイレみたいなもんで「シンプルな方が良い」って思う奴も、また逆に「多機能で嬉しい」って思う奴もいる。ま、人によりけりって奴だ。

 俺なんかは「面白そうだからみんな試したいなー」ってボタンをポチポチしちゃうタイプ。


 それと小学生みたいな短パンなので、普段はなかなか着れないことがやはり難点か。尻の下の線とかがさ、屈むと絶対に見えるぞ。だけど動きやすいし防御力もあるし、今みたいなギミックもあるから性能面への文句は無い。

 んーー、まあそのうち下に着込む服とかを考えるか。


 それから静かになった雨竜に気づき、振り返るとそいつはじっと正座をしていた。


「あれ、どしたの?」

「それで私の鎧はいつ作りますか? 明日ですか?」


 ……なに言ってんだこのアマ。これまで散々煽っておいて、実物を見たら手のひらクルーですか。

 ピキピキと血管を浮き上がらせ、睨みつけたけど雨竜はけろりとした顔で見つめ返してくる。

 ああ、こいつ頭の作りが残念だから、威圧とかまるで効かないんだったな。もうだいぶ暗くなった河原で、はあと俺はため息をした。


「欲しかったらギズモ狩りを手伝えよ。作ろうにも素材はほとんど底をついたし、たぶんこれからそんなに採れないぞ。俺だってあと靴と頭の装備が欲しいんだし」

「そうして聞くとひどいですね。狩場まで先輩が押さえているなんて。横暴です」


 ばーか。研究室の素材まで俺のもんだし、今のところは全市場の独占中だ。そう、俺が神だ。

 だけど今の雨竜の言葉はちょっと気になる。同じように感じている能力者はたぶんたくさんいるだろう。調子に乗るなよとちょっかいを出してきてもおかしくはない。


 まあいいや、人のことなんて構っていられる状況じゃないしさ。欲しいなら自分の頭を使って考えたら?

 んじゃ、これからさっそく実戦で試してみよっかなー。


 そう呟き、再び俺は河原に向けて歩き出す。

 陽は完全に落ち、徐々に夜としての気配が満ちてゆくのを感じた。


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『気ままに東京サバイブ②』は、11月29日発売です!
(イラスト:巖本英利先生)

表紙&口絵

コミカライズもコミックPASH!様にて11/27に掲載予定です。
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